目覚めと希望






「まあ、種はそのように取るのですか?」


「ああ、見ておれ」


 畑の野菜が終わりを迎えた。少し残した蕪と大根は茎を長く伸ばし、花を咲かせている。胡瓜は一足先に終わって、もう牛守うしのかみが始末を終えていた。


 牛守うしのかみは花に手を伸ばし、まじないの言葉を唱える。


「実よ実よ実れ実り落ち、種と成りて我が手に来たれ」


 まるで早回しに時が過ぎたかのように、花をつけていた野菜は実を熟し枯れ落ちて、牛守うしのかみの手の中に種を残した。八重は手で口を押さえ、感嘆の声を上げる。


「なんとまあ……! このような御業を目にできるなど!」


「はっはっは、これから幾度でも見せてやろう」


 牛守うしのかみは胸を張って大声で笑い、それから田んぼに視線をやった。稲は実り頭を垂れて、収穫のときを待つばかりだ。


「米もそろそろだな」


「はい!」


 稲は風に揺れて黄金に輝く。新たな神の目覚めは、もうすぐそこだった。


 そんな会話を交わした幾日か後、八重は黄金に埋もれて稲を刈っていた。一束稲を束ね、八重はふうと頭を上げる。


(ああ本当に、神米は凄い……)


 一面に広がる黄金の光に、八重は感嘆の息をつく。信仰心をつぶさに感じ取れるようになって、野菜を育てて、宿る光を目にして。八重はその違いを身をもって体感していた。


 いくら野菜は牛守うしのかみと育てているとは言っても、それでも宿す光の格が違う。神米は黄金のうねりだった。以前牛守うしのかみが、神米は神気を蓄える力が別格なのだ、と言っていたが、それだけではないのだろう。神米はまるで、神気と八重の信仰心からなった実であるかのように、どこまでも黄金に清く光を放っていた。


 八重は腰を下げて、丁寧な手つきでまた稲を刈り始めた。白陽様の御力になれますように、神々がお目覚めになりますように、人の世が豊かになりますように、と、一心に祈りを込めて。神米はその祈りに応えるように、風に揺れて黄金の光を散らしていた。




「稲穂を、白陽様に奉納致します」


 八重は稲穂を積み上げ、白陽に向けて額づいた。


「ああ、受け取る」


 稲穂は光の渦となって掻き消える。白陽の指先が眩く光を湛えた。


「八重、手を出しなさい」


「はい」


 八重は頭を上げて、両手を差し出す。燦然と輝く光が空中に集まり、雫となって八重の手のひらの上に落ちる。しゃん、と清く高い音が空に響いた。


「八重、此度は三柱、兎守うのかみ羊守ひつじのかみ鶏守とりのかみを目覚めさせなさい。兎守うのかみは恋愛成就を、羊守ひつじのかみは火消しを、そして鶏守とりのかみは火を司る」


「恋愛、成就…………」


 思いがけない権能に、八重は目を瞬いた。火消しと火はわかる。どちらも生活に必要で、とても大切なものだ。だが恋愛成就が命に関わることだと思えず、八重はきょとんと白陽を見つめる。


 白陽は八重の様子に柔らかい笑い声を上げて、優しく語りかけた。


「八重、此度の件が終われば、残る守護神は三柱。それぞれ子孫繁栄、財福、祈願成就を司る」


「それでは……」


 命の守りは、今回で終えるのだ。あとは人が、豊かに栄えるための恩寵を残すのみ。八重は頬を紅潮させて目を輝かせた。


「よく頑張ったね、八重。子孫繁栄を司る鼠守ねのかみを起こす前に、兎守うのかみを起こしてあげておくれ」


 出来るだけ、人の子が幸せに繁栄できるように、と白陽は八重に言葉をかける。八重は満面の笑みを浮かべて大きく頷いた。


「はい、行って参ります!」


 八重は立ち上がり、町へ向かって駆けていった。




 町を走る。半数が色を取り戻した町に、八重の足取りはいっそう弾む。


(もうすぐ、あと少しで)


 八重は駆け抜けた町を振り返り、鳥居の下に座した。


 瞼を閉じて、拍手を打つ。清き鈴の音がしゃんと響いた。


「上天に御座す兎守うのかみ羊守ひつじのかみ鶏守とりのかみに、かしこみかしこみもうす。白陽様より預かりし御力、献じます。目覚め給え、祓え給い、清め給え」


 合わせた手が光り輝く。しゃん、しゃんと鈴の音が鳴り響く。一際大きな音が鳴った瞬間、光が弾けた。吹き抜けた風に瞼を開けると、目の前には二柱の女神と、一柱の男神が姿を現していた。


 長く垂れた茅色の柔らかな髪、まるくつぶらな黒い瞳をした女神は、乙女色に勿忘草の柄をした着物を身に纏い、頭にはぴんと立った長い耳を持っていた。もう一柱の女神は生成色のくるりと巻いたくせ毛に長く垂れた耳、麻の葉紋様の着物を身に纏っている。そして男神は墨色の着物に、頭部の左右は短く刈り込まれ中央部分だけ残された、まるで鶏冠のような赤い髪をしていた。


 神々が手を打ち鳴らす。手元から、清めの火が噴き上がるように、煌めき溶けていくように、清い波動が発される。八重の視界の先で、屋敷が三軒、色を取り戻した。


 守護神らは揃って八重の頭上に手をかざす。加護の光が三粒、八重の頭に落ちて弾けた。


「礼を言う、巫女殿」


「そなたのおかげで目覚めることが出来ました」


「本当に、ありがとう!」


 八重は額づき、喜びを噛み締める。残す守護神はあと三柱。人の世の復興が、すぐ手の届くところにあると思えた。





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