衛を司るものたち
「巫女殿は何も知らぬというに、なあ」
可哀想に、と
「いいえ、いいえ、そのようになど思いません」
ほう、と愉悦めいた
「ならば許してやってくれるか。無辜の子を責め立てた愚かな神を」
「許すなど、畏れ多いことにございます……!」
八重は弾むように顔を上げて叫んだ。立ち上る湯煙で先が見えない。今自分がどこに居て、何をしていたかも朧気になってゆく。
「何を詫びれば良いかも知らぬ無知を申し訳なく思いこそすれ、悪しざまに思うことなど」
頭が上手く回らない。辺り一面が白く染まる中響く
「神の怒りを買ったのであれば、許しを乞うべきは人です……!」
必死に言葉を紡ぐ八重の眼前に、霞の中からぬうと
「良いな、実に良い」
鼻先が触れる程近くから八重を覗き込むのは、黒き黒き双眸。まるで眼孔に磨き抜いた黒曜石を嵌め込んだかのように、
「そなた心底よりそう思うておる」
瞼を閉じて、再び開いた
「『魔除け』こそ我が権能。確かめずにはおられんのじゃ。許せよ」
また話そう、と大口を開けて笑い、
風呂場の湯煙は晴れ、いつの間にか湯当たりしたようなふらつきも治まっている。ぴちょん、と雫の落ちる音が風呂場に響いた。
八重の何かを、神に試されたのだ、と気付いて八重は得心する。
「…………すごかったねえ、ナズナちゃん」
ナズナはふわりと浮かんで、八重の頭の上に乗り左右に揺れる。許すもなにも、神が試すというのであれば人の身に否やはない。八重はほっと息を吐いた。
明るく快活で人好きのする顔と、心の奥底を覗き悪心を探る顔。どちらが彼女の真の顔である、というものでもないのだろう、と八重は感じた。
八重は感嘆したように、またほうと息をついた。
§
「
静かな夜の山に、
「なんだ」
木の枝に寝そべっている
「そんな所で拗ねていないで、屋敷に帰ればいいだろう」
「うるさい」
「
「何故だ!! あれは災厄に連なる娘だ! お前も気付いただろう、あの匂いに!!」
勢い良く身を起こし、
「当たり前だ」
「ならば何故!!」
「巫女殿は何も知らない」
「何故分かる! 人は嘘を付く生き物だろう!!」
「俺を何だと思っている」
納得がいかぬと苛立つ
「
親兄弟がいるかも知らぬそうだ、と
「それに――可怪しいとは思わないか。何故人の怨念如きが白陽様に襲い掛かれたのだ。あれは、何を喰った」
「それは」
「そもそも、あんなもの一朝一夕に生まれる怨念ではない。いつから、何処に巣くっていたというのだ」
人の世であれ、悪しき怨念など大きな災いとなる前に祓われるはずだ、と
「分からぬことばかりだ。問いかけるべきは白陽様なのだろうよ」
「……」
黙り込む
「それでも巫女殿に疑いを持つのなら、
特に『
「それでも、俺はまだ納得がいかぬ……」
意地っ張りな性分のせいだ、と理解している。それでもまだ、今は。
「納得がいかぬのだ……」
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