祀る






 八重を祀ろう、と、最初に言い出したのは誰だっただろう。




 日々の作業の合間に、世間話を交わすときに、集会が開かれる都度。里のものが顔を合わせる度に話し合われ、気付けばそれは里の総意となった。


 木彫りの像を彫ろうか、それとも木を植えようか。何を依り代として祀ったものか、と皆で膝を突き合わせて、一番相応しく永く残るものを、と知恵を絞った。


 誰かが口に出したのだ。「八重は御山に行ったのだから、御山から石を頂こう」と。一度聞いてしまえば、それより他に相応しいものはないと思えた。


 男衆は揃って、冬の手前の御山に入った。長くて丈夫な棒を二本と、頑丈な縄を持って。皆であちこちと相応しい石を探していると、誰かが「おおい」と声を上げた。


 集まった先には、白くて丸みを帯びた、手頃な大きさの石があった。成程、これが相応しい。石の白さが、あの日八重が纏っていた着物と、巫女の持つ清らかな雰囲気を思い起こさせた。


 男衆は棒に石を括り担ぎ上げ、代わる代わる交代しながら里に石を運んだ。据える場所はもう決めてある。里の田畑を一望できる、見晴らしの良い一等地に。八重に、ずっと実りを見守ってもらおう、沢山実る様を見てもらおう、と、話し合ってそこに決めたのだ。


 藁たわしで石を丁寧に磨いて苔や土を落とし、注連縄しめなわをかけた。「寒くないように」と言って女衆が八重の着物から仕立てた頭巾も被せて。


「八重は泉に行ったのだから、もう濡れないですむように」と、小さな祠を築いた。木を磨いて、柿渋を塗って。


 八重の御石の前には、皆が思い思いに手を合わせに訪れる。礼を言いに来る者もいれば、日々の何気ない話を語りに来る者も、ただ黙って石を撫でに来る者もいた。八重を祀るためだったのに、そうすることで、どこか自分たちが救われてゆく気がした。




 毎日誰かが訪れる。そんな御石の前には、いつからか干し柿がひとつ、供えられていた。




§




(もうすぐ、もう少しだよ)


 里の皆に向けて、八重は心の中で語りかける。残る守護神は三柱と、それから白陽に仕える二柱と。そして――


 きらきらと信仰心の残滓煌めく中、八重は目の前の大御神に見入った。全ての神々が目覚めた暁には、きっと白陽が目覚めるのだ。


 あの髪がさらりと垂れて、身を起こして。声音で聴く通りに、あの唇が笑みを浮かべたら。


「八重」


「はっはい!」


 鼓動が跳ねて、八重はぴんと姿勢を正した。頬は赤らみ、胸が高鳴る。白陽は八重の様子に柔らかな笑い声を上げて、言葉を続けた。


「私の巫女。ここに来たのがそなたで、本当に良かった」


「はい……!」


 八重は喜びに胸を震わせて、白陽を見つめる。あの瞼が開いたら、そうしたら、白陽の瞳はどんな色をしているのだろう、と心をときめかせながら。



 月の光に 雪は白く

 眠れ眠れよ 芽生えを待ちて――





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