生まれた処
ナズナと共に山を歩く八重を、見張るものがいた。まるで付け狙うかのように後を追い、音も立てずにじっと八重の動向をうかがい続ける。
笑ってナズナをつつき、あちらこちらへと何かを採って歩く八重はその視線に気付かない。ただいつも通りに、白陽様に、と山菜を摘んでいる。
「ッチ」
八重を見張っているのは
白陽からは呼び出され、「憤りを向ける先を、間違えてはいけないよ」と叱られた。井守と家守は顔を合わせる度に「八重殿は日々誠実に勤めていらっしゃる」「八重殿の人となりを見られよ」とくどくど言ってくる。
屋敷に戻れば、従僕たちに「
「俺は騙されんぞ、災厄に連なる娘め」
あの日。上天の全てが深き眠りに落とされた日。目を閉じれば鮮明に思い出す。突然上天を襲った災厄を。何処より突如噴き出して、白陽に襲い掛かり全てを奪おうとした怨念。その核にあったのは確かに人の子で、そして八重からは、災厄にとてもよく似た――濃い血縁の匂いがした。
何も知らず飢饉に見舞われた人の子らを、
そもそも、災厄の血縁がここにいること自体が出来すぎているのだ。悪しき手引きをしようとしているのかもしれない。何故ならあの災厄は、未だ――――
「俺は、騙されんからな」
怒気を孕んだ唸声が
§
八重は何も知らず、山から下りて、採ってきた山菜を井守に預けた。その足で田んぼに向かい、
「干し椎茸ができたのでな、今日はその出汁を使って椀物を拵えたのだ。八重殿のお口に合うと良いのだが」
「まあ、それは楽しみです!」
八重は笑みこぼれて返事をする。土間に漂う香りは、どこか懐かしく芳しかった。干し椎茸の出汁で作った汁物は、里でもよく食べていたものだ。
八重は白陽の元に運ぶ膳を持って、足取り軽く歩き始める。膳から漂う椎茸の良い香りが心を弾ませた。
夕餉を楽しみに土間に戻った八重は、さっそく膳の前に座って両手を合わせる。膳に並ぶのは塩むすびと、蕪と胡瓜の浅漬け、筍の炙り物、そして、昆布出汁に干し椎茸の出汁を合わせたすまし汁だ。
塩むすびを喰み、浅漬けを齧る。そして八重はどこか愛おしむような眼差しで、そっと汁物の椀を持ち上げた。
すまし汁には、粗く潰した米で作られた団子と出汁に使った椎茸を細く切ったもの、それから大根と大根菜が入っている。
そろり、と口に含んだ汁物は、昆布の出汁に椎茸の旨味が合わさった、奥深い味がした。米団子は柔らかくもちもちとして、出汁の旨みをよく吸っている。粒の残った食感もおもしろく、とても上品な味わいだった。
(ああ、こんなにも)
八重の眼尻からひと粒の涙が零れ落ちた。
(こんなにも――――違う)
里で食べていたのは、こんなに繊細なものではなかった。もっとなんもかんも入れてごった煮にして、塩気も濃くて。八重は黙々と汁物を食べ続ける。大根は歯触りがいい。里で食べたものはもっと煮込まれていて、歯ごたえなんて残っていなかった。
似ているようで、全く異なる味わいに、郷愁の念が込み上げる。八重は料理が出来なかった。やんわりと、煮炊きから遠ざけられていたから。だから、もう二度とあの味を味わうことはないのだろう。
「どうかされたか?」
しんみりと汁をすする八重に気付いて、家守が顔を覗かせた。八重は目尻をそっと拭って柔らかく微笑む。
「いえ、とても美味しいです」
「そうか? それは良かった」
家守はにっこりと笑って土間の奥に戻っていく。八重はそれを見送って、また椀に口を付けた。
あの日、塩むすびを食べて泣きに泣いた次の日に、八重はここで暮らしていくと心に誓った。別離はもう受け入れたのだ。先日
八重は椀の中身をひと口ひと口大切に味わいながら飲み込んでいく。これからは、この椀物が『いつもの味』になっていくのだろう、と思いながら。
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