牛守との農作業
「さあて、では、やるとするか!」
脱穀が終われば、翌日には種籾の選別を行った。まずは真水で軽い種籾を除く。その後は
選別を終えて、溜めた塩水はどうするのだろう、と思ってみれば、
重い水を扱う作業は、
翌日には、溜め池に沈めていた種籾を引き上げ苗箱に蒔いた。苗を育てている間は田起こしだ。「さあ」と
驚いて八重は
田起こしは前とは比べ物にならないはやさで終わる。八重はふうと息をついて額の汗を拭い、岩清水を飲んだ。ナズナはそんな八重の周りで嬉しそうに舞っては花を散らす。
「その
「はい、嬉しいことに、ずっと一緒にいて、助けてくれるのです」
「名を付けてもろうたか。そうかそうか、それは良かった」
手の上で興奮したように弾むナズナに、
「
「ああ、簡単な言葉しか話さぬが、意志は伝わるぞ。巫女殿もいずれ聞けるようになるだろう」
「まあ……! それはたのしみです!」
八重は
「さて、巫女殿。畑には何を植えようか?」
「はい、今は何が植えられるのでしょうか」
上天はいつも春のように暖かく、どの季節の野菜を植えたものか、と八重は首を傾げた。
「何でも良いぞ。人の世と違い、ここではいつでも何でも育つ」
「まあ、そうなのですか」
「うむ。同じように思えるが、違う存在なのだ。人の世の作物のように育つわけではない。そも、神気を糧に育つのだからな」
「神気……」
「この上天の、大気や光、水、大地に宿る万物のもとである気だ。我らもそれを糧とするし、物を食うというのはすなわち食物に宿る神気を食う、ということだ」
「信仰心とは、また別なのですか?」
「神気があれば存在し続けられる、といったものだな。神としての力は信仰心なくしては大して振るえぬ。特に人の世に対しては」
成る程、と八重は納得し、田畑を眺めた。深い眠りについてもいずれは目覚める、とはそういうことなのだろう。神気を糧に目を覚ますのだ。そしてそれには、信仰心を得るよりも遥か長い時がかかる。――そして。
「不思議に思っていたのです。肥料もなく、知識もない私が育ててなぜ神米があんなに立派に育つのか、なぜ年に四度も米が実るのか……」
里で肥料といえば、灰であったり、藁や籾殻を発酵させたものであったり、それから、肥溜めに溜めて熟成させた糞尿であった。
八重はじっと、自分の手の爪を見つめる。爪は、ある程度から伸びなくなった。髪もそうだ。身体の肉付きは良くなってきたが、肥えたというよりは健康な状態に戻ろうとしているように感じられる。そして、一度も不浄を必要としない。
最初は、力の湧く特別な岩清水しか摂らないからだろうか、と不思議に思った。だが米を食べても、山菜や海藻を食べても、川魚を食べてもそれは変わらなかった。人の世とは違うものを食べていたのだ。月の障りも止まっているが、日々働くに便利だ、程度に思っている。
「やはりここは、神の御座す処なのですねえ……」
「上天であるからな。さあ巫女殿、何が食いたいか?」
「はい、では大根と、胡瓜と、里芋と――」
旬を問わず、何でも作れるなど夢のようだ、と思いながら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます