秋の章 一巡
広がる、希望
朝、歌の奉納を終え朝餉を摂り、田んぼへ向かった八重を迎えたのは、緑の面積を広げた田畑と
「おお、巫女殿」
「おはようございます、
八重は首を大きく反らし、
「きっと、田んぼや小屋の主は
「いやなに」
「田畑も道具も、丁寧に扱ってくれていた。儂が眠っていたばかりに、苦労をかけたな。有難う、巫女殿」
「いえ、勿体ないお言葉でございます」
「それで今後のことなのだが」
「はい」
八重は神妙な面持ちで頷く。田畑の正当な持ち主が目覚めたのだ。八重は米作りについてどうしていくべきか、聞かなくてはならないと思っていた。
「米は、今後も巫女殿に作ってもらいたいのだ。引き続き苦労をかけるが、請け負ってもらえるだろうか」
「はい、もちろんのことでございます」
八重は
「これはな、『奉納』に関係するのだ。人の子が育て、刈り取る稲こそが奉納となる。更に神に仕える人の子――
「献上……でございますか?」
「神から神への貢ぎ物だな。敬う気持ちはあれど、信仰心は含まれぬ」
神米に宿る信仰心。それこそが、八重が稲穂の奉納を通して白陽に奉じていたものだったのだ。そして、
「人の世で捧げられた祈りは大気に宿り、奉納品に込められた信仰心は社に宿る。大きな社の祭事であろうと、道端の小さな祠に供えられた花ひとつでもそれは変わらぬ。それを上天に届けるのが、
人の世には、信仰心を束ね送る祭事を執り行う
「その、
「儂にも、正確に何があったかはわからぬ。いずれ白陽様よりお話があると思うのだが……」
「そうですか……」
「信仰心は我らの力となり、人の世に恵みをもたらす源となる。我らは常にここに在り、深く眠ろうともいずれは目覚める……だがそれでは、人の子はとても保たぬだろうな」
深き眠りから自然に目覚めるには、時間がかかるのだ。飢饉の兆しから半年。それだけの期間で、八重は困窮した。その後の冬を思えば、どれ程苦しかったろうと胸が締め付けられる。それ以上など、とても保たない。
「巫女殿」
拳で胸を押さえ俯いた八重に、
「儂が目覚めたのだ。安心すると良い、『豊穣』こそ我が権能。――さあ」
「実りをもたらそうぞ、上天にも、人の世にも! もう食うに困らせたりはせんぞ、穀物も、豆も、野菜もだ!」
「……はい!」
「あちら側にもう一段、畑があるのを知っておるか?」
「はい、段畑になっているのは知っておりました。降りたことはないのですが……」
「儂と共に眠っていたであろうからなあ。ともあれあちらも今後は使える。儂は主にあちらで、麦や大豆を育てよう。巫女殿はこちらで米を。こちらの畑は、共に野菜を育てるとしよう」
「かしこまりました」
「米を一人で作らねばならんと気負うことはないぞ。相談にはいつでも乗ろう。それに多少手助けをしたところで問題はない」
太い声で呵呵と笑う
「はい! よろしくお願いいたします!」
「うむ」
それに、と八重は今の話でひとつ気になることを思い付いた。人が供えたものには信仰心が宿り、巫女が奉じることで神の力となる。それならば、毎日の夕餉はどうなのだろうか、と。
「早速ではございますが、ひとつお尋ねしてもよいでしょうか」
「ああ、なんなりと」
「私はいつも、山に入り山菜や魚をとるのですが――」
八重は
その全てが、同じ方向を向いている。
「……はい!」
八重は満面の笑みを浮かべた。日々の頑張りに、更なる意味と希望が宿った気がした。
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