第35話 食事中の応酬

 料理が運ばれてきた後も、綾音と美咲の間で続く微妙な対抗意識は全く収まることなく、むしろさらに激しくなっていった。悠真が何を食べるか、どちらの言葉に応じるかで二人の関係が一層ギクシャクしていく。綾音と美咲のそれぞれが、自分の存在感を悠真に強くアピールするために、さりげない言動の裏に競争心を隠そうとするが、その火花は目に見え始めていた。


 まず、綾音が柔らかく微笑みながらスプーンを手に取り、悠真にケーキを差し出した。


「このケーキ、本当に美味しい! 日向君も食べてみてよ、絶対気に入ると思うの」


 彼女の表情は明るく、まるでケーキそのものよりも、悠真に自分の好意を示すことに価値があるかのようだった。彼女の優しい笑顔に、悠真は少しだけ照れながらスプーンを受け取り、ケーキを一口食べた。


「ありがとう、綾音。うん、美味しいな」


 悠真がそう言うと、綾音は満足そうに微笑んだ。自分の提案が受け入れられたことに、彼女は優越感を感じていた。だが、隣にいる美咲が黙っているわけではなかった。


「じゃあ、このサンドイッチも食べてみてよ。こっちの方がさっぱりしてて、バランス取れると思うから」


 美咲は、悠真の手元に自分の頼んだサンドイッチを差し出し、無言の対抗意識を見せた。綾音のケーキに負けないとばかりに、彼女も自分が選んだ料理で悠真に自分の存在をアピールしていた。


 悠真は、美咲から差し出されたサンドイッチに目を移し、少し戸惑いながらも、彼女の気持ちに応えようと手を伸ばした。


「うん、ありがとう、美咲。確かにさっぱりしてて美味しいな」


 悠真は少し笑みを浮かべながらサンドイッチを口に運んだ。その一言に、美咲は内心でほっとしつつも、綾音への軽い勝利感を抱いていた。自分が悠真に対しても優位に立てたと感じ、わずかに誇らしげな表情を浮かべた。


 しかし、その様子を見ていた綾音が、再び挑戦的な笑顔を浮かべながら行動に出た。


「日向君、やっぱり甘いものとしょっぱいものを交互に食べるのが一番だよ。だから、次はまたケーキを食べてみて!」


 綾音は再びスプーンにケーキを乗せて差し出し、さらなるアピールをしてきた。彼女は自分の提案が正しいと信じ、悠真にもっと楽しんでもらおうという意志を強く見せていた。


「……そうかもな。じゃあ、もう一口もらおうかな」


 悠真は再びケーキを口に運んだが、内心ではこの競争の激化に気づきつつも、どちらにも失礼にならないように振る舞おうと必死だった。しかし、その努力にも関わらず、二人の間の緊張感はさらに強まっていった。


 次に美咲が再び行動に出た。彼女は、悠真にサンドイッチをさらに勧めるために少し身を乗り出し、今度は自分で一口食べてから、あえて悠真に勧めた。


「ねえ、日向君。やっぱりサンドイッチの方が食べやすいし、これなら後でデザートを食べても胃にもたれないんじゃない?」


 彼女は食べ物に対する知識を披露することで、悠真に自分が気を配っていることを示したかった。美咲は、綾音の甘いもの攻勢に負けじと、健康的な食べ方をアピールしたのだ。


「そうだな、確かに……うん、バランス取れていいかも」


 悠真は、美咲の言葉に応じて再びサンドイッチを食べ、なんとか二人の間のバランスを取ろうとしていた。しかし、それでも二人の競争心は収まることがなかった。

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陰キャだけどざまぁの後にモテる生活が待っている。 白金豪 @shirogane4869

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