死後は異世界で

@wkuht

この世界の自己紹介のような

 水族館のような巨大水槽がある。

 キラキラと輝く魚といっしょにジンベイザメも泳いでいる。そんな巨大水槽の中をチューブ型のエスカレーターで登っている。静かな動作音がしていて、そこは生きていた頃と変わらない。厳密には生きているんだけどね。此処は保険会社が用意した電脳空間、アクアスフィアという異世界だ。異世界の定義はいくつかあるけど、此処は電脳世界の異世界だから現実世界もある程度干渉するけど、ほとんどはメンテナンスぐらいだ。メンテナンスと言っても外部インターネットとはアクセスを完全に遮断している。医療型ネットワークだ。端末同士がダイレクトに接続されていて、不正アクセスが不可能に近い。アクセスコードが生体脳の脳波シグナルなので、個人を脳波レベルで複製してアクセスする方法は安いハッカー如きが持っているわけがないし、それこそその方法は国家レベルで持ちたいものだ。予算にして三億。それも、年ではなく一ヶ月。ゲームの開発ですら億が掛かる時代で三億は安いかもしれないと思うが、これは年なのだ。年で三億、まぁ、まだ安いかもしれないがそう簡単に出せる金額でもなく、月々の保険料は十万を考えると、まだ破格の金額だ。しかし、娘に十万を毎月、そして、意識が残るのが確定でないことを考えているとなると保険会社も被保険者もギャンブルだ。しかし、親とはギャンブル性よりも意識がずっと残ってほしいというの願う生き物だ。それが娘だろうと息子だろうと変わることなく無限の愛を注ぐものだ。だが、其の金額は現実的に可能なのはまだ富裕層のみで、今のところ大企業の会長職の人や政治家やアメリカのイーロン・マスクあたりしか出来ない。

 そうすると他の人はと思うけど街にはNPCが居るからほぼゲームみたいなものだ。会話のボキャブラリーは人間のほうがまだ多いが、それでも令和に比べたら自然な会話ができるし、ボキャブラリー数は百万語を超えて、ユーザーの世代や年齢に応じて適切な回答が可能になっている。だから、令和のように会話の矛盾でAIかどうかなんて至難の業だ。

 私の場合は人に会わないから会話の必要がない世界だった。

 父さんが私を溺愛してくれたのが幸いしてこの世界には私しか居ない。魚は皆生成AIで現実にいる魚の事細かな描写や生体を学習して、それが個体ごとに生成されている。つまり此処にいる魚は本物ではないけど、現実の海にいる魚や水族館の魚を模して、そしてその生態や個体差をそれぞれのAIが学習して個体差を出している。だから餌を食べる仕草もタイミングも、餌を取れずに逃した個体も、上手に餌を取れる個体も居るわけで、そういう意味では彼らは生きている。

 ただ生き物の最終定義が細胞を有して、自発的に呼吸呼吸をしていることだから、呼吸も細胞もない彼らは生きていないことになる。

 そして人格の定義。人格は外界の刺激に対して喜怒哀楽を有した感情反応とそれに伴う会話の有無、もしくは反射反応の有無をもって意識とする。だから私は時折ある医師との面談でも明確な会話ができるし、父とも会話できるから、現実には意識がなくとも此処では意識がある。

 私の脳は大脳皮質に三センチ以上の腫瘍があり、それが原因で意識障害が頻発して、警察からも運転が困難だと判断され、控えるよう指示された。

 その後、腫瘍の痛みも増し、とうとう余命宣告されるようになってから保険会社のパッケージ『電脳空間移住プラン』に参加した。

 これには加盟料一千万円と高額だ。一応庶民向けに一万円と年会費十万があるが、それでも同じサーバーである。ただ使用制限年数が五年とあり、五年毎に意識の延命が必要な場合また加盟料を払う必要があり、経済的負担を後五年も愛によって負担するか、諦めて涙を流すかになる。究極の選択では何にせよ、厳しい選択で悩む人も多い。それでも更新する人が最初の三年は多いが、五年後十年後となると半数まで減り、更に六年後となると七割以上になる。政府信用度が低い日本で経済負担は素直な将来不安に繋がり、年数を追うごとに愛だけでは超えられない不安が現実味を増すと、どうしてもこの保健医療は負担になり、自然死を選ぶ人が多い。

 簡単に言うと延命処置をせず、自然な死を迎えさせることだが、最初、このような介護施設入居時の契約のような決断にもやはり数日悩む人も多く、それほどまで日本人にとって死はまだ重い問題だ。

 永劫の命というのは存在しない。それが答えだ。

 カネさえ払えばこの世界ではある程度可能だが、その金もまた人の感情で左右されるのが資本主義経済だ。永劫を保証できない経済でいつまで金があるかわからない世界で私は延命されている。

 「今日も来たの? アタナ物好きだね」

 「クラゲが好きなんだ。加茂水族館で令和の時見たけど、あの後事故死してね。結局、生前の水族館があれだけだったんだ。お姉ちゃんのバーチャルは有料だから綺麗だから見に来たんだよ」

 彼は最近仲良くなった男の子のヒロキだ。

 バーチャル広場で会った。その頃はこの子も生きていたけど、事故で死んでから生前意識保存パッケージで多少の記憶の前後はあるにしてもあの頃のままの少年に会うことができる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

死後は異世界で @wkuht

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ