怪盗BLACK:LADY

@kuro_neko0726

A stage and a private

アメリカ・ニューヨーク州・二〇二三年六月一日 日本時間 深夜十一時。あたりは日が沈んで暗くなり、数時間前からザーザーと音を立てて雨が降っている。その中で、女はある場所に向かっていた。ある場所とは西洋の宮殿のような外観をし、二万平方メートルもの巨大な展示スペースを有する美術館だ。

女は仮面舞踏会で付けるような仮面を付け、防犯カメラを避けながら美術館の裏口前に行き、そこには警備員が二人いる。彼女はなぜ仮面を付け、正面の入り口からではなく裏口から入ろうとしているのだろう。

「ティア、警備員二人やれるか? 」

女が耳に付けているインカムから、彼女の協力者らしき男がテノールの声で呼びかけた。すると、ティアと呼ばれた女はフッと笑みを浮かべ、

「問題ないわ。It,s piece of cake.(朝飯前よ。)」

赤い口紅を付けている上に色っぽい声で答えた。そして、眠り薬を指弾するとバタリバタリと警備員二人が倒れ、裏口の扉の前まで行くと立ち止まる。裏口の扉はカードキーをかざして開くようになっているためだ。だが、ティアは腰につけたウエストポーチから黒い革手袋をした手でカードキーを取り出し、扉を難なく開ける。

「さすが、キースね。カードキーを簡単に手に入れられるなんて。あなたの人脈の広さは尊敬するわ」

ティアの協力者らしき男の名はキースと言うらしい。

「はぁ、おだてても何も出ないからな。入る前に必ず赤外線スコープを付けるのを忘れるな。中は赤外線センサーが張り巡らされてる」

「分かってるわよ」

ティアは頭に付けていた暗視スコープをサファイアブルーの目に装着し、裏口の扉を開ける。そして、モデルのような体型に黒いボディスーツ、プラチナブロンズのロングヘアをなびかせながら、中へと入っていく。


美術館内に入ったばかりだが、四方八方に赤外線センサーが赤い線となってティアの暗視スコープから見える。

「目的の品は美術館中央付近の企画展示場にある。企画展示場に繋がってるバックヤードがあるからそこを使う。だから、まずバックヤードに向かえ」

「了解」

裏口からバックヤードまでは数十メートル離れている。この距離をどうやって移動するのだろう。彼女は

「こういう時に役に立つのよね」

と言いながら、先程カードキーを取り出したウエストポーチからピストルらしき物を出した。そんなものを何に使うのか。右手の黒い革手袋を外してピストルらしき物を右手に握った。そして、バックヤードの扉に向けて打つとフック付きのワイヤーが飛び出したのだ!!ティアは赤外線センサーを華麗に避けながら、あっという間にバックヤードの扉前に着いた。

「ここまで順調ね。今回も楽勝じゃない? 」

バックヤードの扉を開けながらティアが言った。

「だからといって油断は禁物だ。バックヤードにも赤外線センサーがあるから気を付けろ。ちなみに防犯カメラはないから安心しろ」

「分かったわ」

彼女はフック付きのワイヤーが出るピストル、ピストルガンを上手く使いながらバックヤードを突き進み、ようやく『目的の品』があると言う企画展示場に着いた。

「着いたわよ」

「よし。企画展示場内の赤外線センサーを三秒後に切る。一緒に防犯カメラの映像もすり替える。じゃあ行くぞ、三、二、一! 」

今まで目の前にあった無数の赤い線が一気に消えた。そして、ティアが目的の品−世界最大のジェダイトがあるガラスケースへ余裕綽々と向かおうと、企画展示場の床に足をつけたときだった。

『ギーギー』

何かの警報音が鳴り始めたのだ。

「ちょっと、キース!!何なのよこれ! 」

予想外の出来事に慌てふためいている。

「もしかすると、おれが事前に調べたときは付いていなかったが、急遽取り付けられた防犯装置があったのかも知れない。とりあえず、早くジェダイトを取って逃げろ、ティア」

彼女は全力で走ってガラスケースの前まで行き、ガラスケースをガバッと開けた。すると、また警報音が鳴ったが既に他の警報音が鳴ってしまっているため、気に留めなかった。そして、ジェダイトを手に取ったとしたとき、

警備員を引き連れたアッシュグレイの男が、どこからともなく現れた。その男は赤い瞳に真っ白な肌を持ち、アッシュグレイの髪を三つ編みにして前に垂らしている。歳は二十代後半、身長は百八十センチはある。その銀髪の男がこう言う。

「そこまでですよ、怪盗BLACK:LADY。さあ、ガラスケースにその宝石を置いて手を肩の上まで上げなさい」

怪盗BLACK:LADYとはティアの『真の正体』である。ティアこと怪盗BLACK:LADYは仕方ないわねと呟きながらガラスケースにジェダイトを置き、銀髪の男達へ向き直った瞬間、

『ボムっ』

真っ白な煙幕が展示場を埋め尽くした。そう、ジェダイトと置くために銀髪の男達に背を向けた際に、煙玉をくすねて置いたのである。煙幕が消えた頃には怪盗BLACK:LADYはピストルガンを使って去っていた。

「逃がしてしまいましたな、フィディック君。 ですが、宝石を守り抜いてもらえただけ良かったよ。さすが、わしが見込んで雇った探偵だけあるな」

後からやってきた美術館のオーナーが言った。フィディックとは銀髪の男の名前である。

「お褒めいただきありがとうございます。ですが、次会う時には捕まえるつもりですよ、オーナー」

にっこりと笑ってフィディックが言いながら、(お前を監獄にぶち込んで家族の仇を打ってやる。待ってろ、怪盗BLACK:LADY。いや、エリーナ・ヒューズ。)と思い浮かべた。

エリーナ・ヒューズとは怪盗BLACK:LADY、ティアの本名だ。なぜこの男が彼女の本名を知っているのだろう。


翌日 日本時間 早朝五時、ニューヨーク州マンハッタン地区高層マンションの一室。リビングの高級感が漂うふかふかした真っ赤なレザーソファに腰を掛け、ワイングラスを手に持ち、リキュールであるティア・マリアを嗜むティアの姿があった。

「あぁ、昨日は散々だったわ。何故か切ったはずの防犯装置が作動したり、銀髪の謎の男が現れたりするんだもの。更に、目的のジェダイトを盗めなかったなんて最悪よ」

日系の顔をし黒髪の短髪のキースが

「そういうこともあるだろ。そんなに気を落とすなよ。また次に成功させれば問題ない」

とワーキングデスクに座りパソコンを弄りながらティアを慰めた。

「まあ、今まで一度も失敗しなかったことの方が可笑しいのかも知れないわね」

彼女が怪盗として盗みに失敗したのは今回が初めてのようだ。

「そうだ、ティアの怪盗のユニフォームに仕込んでた小型カメラに映ってた、銀髪の男について調べておいた」

「あら?もうできたのね。ホント、仕事が早くて助かるわ。流石私の相棒さん」

ワイングラスを持ちながら、キースのワークデスクに近づいて言う。

「あぁ、身元を調べるのは簡単だったからな。調べてるうちに分かったんだが、ティアが引っかかった防犯装置も奴の仕業みたいだ」

そう言うと、ティアは苦い顔をして

「最悪ね」

と呟いた。

「あの男の名前はフィディック・ハンプシャー。元刑事で今は私立探偵をしている。つい最近、ティアが忍び込んだオリヴァー美術館のオーナーに雇われて警備に加担しているらしい」

「だから仕掛けられた訳ね」

なるほどと腑に落ちた顔をして言った。

「そう言えば、今日、これから映画の撮影があるんだよな? 」

映画の撮影とは何のことだろう。ティアはそうだったわねと言いながらワイングラスをキースのワークデスクに置き、キースの耳元に顔を近づけて

「私、昨日のことで色々と疲れちゃった体、撮影休みたいのよ。だから、監督に体調不良で休みますって連絡して欲しいの。お願い、キース? 」

と言った。

「おい、今回は主役じゃないからって副業扱いの怪盗の仕事を言い訳にサボろうとするな。はぁ、今度お忍びでお前が行きたがってた店に連れて行ってやるから、ちゃんと行ってくれ」

そう、ティアには二つの顔があるのだ。彼女の本名はエリーナ・ヒューズ。年齢は不明。表では演技力と持ち前の美貌で人気を博している大人気ハリウッド女優だが、裏では女怪盗 怪盗BLACK:LADYの実行役を務めている。普段呼び合っているティアはコードネームだ。

「まあ嬉しい。楽しみにしてるわね。じゃあ、準備するから手伝って頂戴、キース」

そう言って自室へ向かった。

キース、そんな彼にも二つの顔がある。彼の本名はルノワール・キリッシュ。年齢は二十歳前後。ティアの付き人をしている。洗濯や料理などの家事から身支度と言った身の回りのことまで世話を行う。怪盗BLACK:LADYの計画・ナビゲーション役も務める。キースと言うのもコードネームである。

「準備くらい自分で出来るようになってくれよ。あぁ、一々面倒臭いな…」

ブツブツと言いながらパソコンを閉じ、ティアの背中を追った。窓からは朝日が差し込み、少しずつ街が目を覚まし出した。

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