夜闇 領主ボーデン
ふくよかな領主ボーデンは、軍の遠征式典のために、領土の端、グワルディンリバーの小さな伯爵領土にきていた。パシェたちの住む“アヴの街”に都市の中枢機能を集めていたが、女性が多くいる彼の家系と、彼が末子であることもあり、彼はひどく臆病で、周囲の顔色を窺ってばかりいる性格だった。
〈ドンドンッ〉
〈ビクッ〉
待機している彼にあてがわれた部屋も粗末なものだったが、彼は天性の性質からそれに文句もいえなかったし、その性質は、物音ひとつにもいかんなく発揮され、ドアを叩く音におびえていたが、すぐに呼吸を吸い込み、整える。その彼の頭には、親友であり、側近中の側近、周囲から“大側近”と呼ばれる近衛兵長のボーグの顔だった。彼は常に仮面をしており、近しいものにしかその姿を見せない。その一人が、領主だった。
〈ニヤリ〉
と笑い、落ち着きを取り戻す。その男は正体を隠しているが、彼こそが、真の英雄であると、ボーデンは信じていた。魔王戦争が終わったあとも、領主の側近として素晴らしい仕事をしていたし、いつも適切な仕事のアドバイスをくれた。身の回りの事にかけても、宗教行事に関しても彼がいつも上手である。
そのため、領主ボーデンがボーグに操られているただの傀儡だという見方さえ広まるが、そんな事はない。なぜなら、彼の力とは、いかにダメに見える人間でさえ、その能力をみきわめ、適切に補助する力そのものだからだ。
「失礼いたします」
「ああ」
みるとこの城の侍従らしい、食事やこの後のスケジュールなどを細かに説明され、この汚い部屋をあてがってしまって申し訳ないと謝罪をしてきた。
「君も苦労しているのだな」
皆まで言わないが、侍従は理解したようで、それから少し掃除をしてくれたのだが、古さこそどうにもならなかったが、蜘蛛の巣も埃も取り払われ、魔法によって、装飾や明るい壁色や、真新しくみえる木の床のツヤまでよみがえってきて、ずいぶん過ごしやすくなった。
「もしこまったら、私のところへきなさい、君は素晴らしい部下になるだろう」
「ははあ、ありがたきお言葉」
彼がたちさったあと、領主はボーグへと通信を送る。球体ドローンがホログラムでボーグへを映し出す。
「陛下、お変わりは?」
「ああ、それよりそちらはどうだ?“予言”通りに事は進んでいるか?」
「ええ、ですがもっとも困難なのは、民衆の納得でしょう、ガシュフィック・トゥループはいかに考えているのか」
「かまわん、ともかく重要なのは、道化になることだ、やがて道を違えるとしても、我々の目的は騎士として、英雄の残した“遺産”を間違った使い方がされないように監視することだ」
その夜街では、夜の闇に紛れて、人影が人目を忍ぶように街を歩きまわっている。それらは悪事をするわけではなく、ポスターをあちこちにはりつける。明日の朝、それに気づくものが現れるだろうが、その意味を悟ることが出来るのは、それほど多くの人数ではないだろう。
「流浪物のアオハネのギルドか、国や領地に根差す“正式なギルド”か、正式なギルドが狙われている」
その幻想的な対立は、ただの宣伝文句でつくられた。人は自分の理想や信念、価値観を指し示すのに、抽象的であいまいで、もっとも単純な形へと知性を墜落させる。価値観を示す言葉や表現、伝えるべき事柄や考えるべきことがらが大きすぎる故か
、話題が巨大であればあるほど、人々は錯乱する。
現に、その夜にポスターを照らした警察官の一人は、感化されて仲間にこのことを言いふらした。
「争いが起きる!!僕らは街を守るべきだ!!我々は、国と街を守るべきだ!!」
ガウルはその夜、警戒のために使われていない建物の屋根に上り街を観察していた。その隣に、ロジェがいた。
「まずいな」
ガウルがつぶやくとロジェも頷いた。
「困ったね、ネーネ」
ネーネ、それはロジェが操る土の女性だ、彼の手のひらより生じて、彼女もそれに答えた。
「動きづらくなるわね、ガシュフィック・トゥループとしては、でもこれも、予言されていたんでしょ?」
斜め上のガウルを振り返りながら見つめるネーネ。しかし、ガウルは微動だにせず、ネーネにとっては巨大なこの街が、まるで巨人の住処のような、建物や外壁、壁さえも生活の意味よりも、ただ自分を見下するためにあるようなそれでも荘厳な光景が、ただ、ネーネの事を威圧していた。
「ごめんなさい、それは……私からは」
「ネーネ、なんで誤るの、ガウル、どうなんだい?」
ガウルは、答えなかった。
「予言は完璧じゃないってことか……」
「そうだ、あるいはただ、全ては告げないのかもしれない、予言者も人間だ……生物学的な意味じゃない、知的レベルが同等だということは、策略や組織の思惑がある」
「でも僕たちは従うしかない、僕らの立場は弱い、まるで籠の中の鳥のように、彼らを試しているようでいて、常に僕らはためされている」
ロジェが落ち込むと、ネーネはロジェのほほをなで、抱きしめるように手を広げて体を寄せた。
虚の使い手ガウル ボウガ @yumieimaru
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