招待

@whosui

第1話


 「夏休みに僕の故郷の村で夏祭りがあるのですが、一緒に来ませんか?」

 

 期末試験の最後の科目も終わり、出来はどうだか分からないがひとまずは安心していた私、吉川よしかわは友人の根津ねづにいきなり話しかけられた。

 根津は私達の高校からかなり遠い所の出身で、高校進学を機に都心に引っ越してきたらしい。

 根津は故郷への思い入れが強く長期休みになるといつも帰省している。

 今まで誘われたことがなかったので、少し驚いて聞いてみると高1の時も高2の時もいつも招待していた友達には今年は断られたらしく、先程から仲の良い人を招待して回っているらしい。

 しかし高校3年の夏休みという色々と大事な時期である。

 なかなか遊びにいく余裕がある人はおらず、私も誘ってみたという。

 正直、皆が断っているなかここで了承すると不真面目な暇人みたいではないかとは思ったが、ちょうど時期が塾の講習と被っておらず、実際真面目と言えるような性格をしていない私が家にいたとしても、勉強をするとは私自身到底思えなかったので、どうせ時間があるならと招待を受けることにした。


 夏休み、私は新幹線の駅を出て、今頃他の受験生たちはこんなに天気のいい中で塾やら家やらでひたすら勉強をしているのだろうと思いながら、雲ひとつ無い綺麗な青空を見上げた。

 「せっかく都心から離れて田舎に来たのにくそ暑いな」

 一緒に乗ってきた同じクラスの犬塚いぬづかが不躾に文句を言う。

 結局、あの後根津の誘いに乗ったのは意外なことに犬塚だけだったらしい。

 犬塚は同じクラスの中でもかなりうるさい方で、年中遊ぶことしか考えていないような奴だ。

 こういうと犬塚が来たのは別に意外でもなんでも無いように思えるかもしれないが、どちらかと言うと物静かでまともな方である根津は犬塚との相性が悪く、嫌っていると思っていたので、そもそも誘うとは思っていなかったのだ。

 「暑いなら早く乗れば良いでしょう」

 先に帰省していて、父親に車を運転してもらって駅に迎えに来ていた犬塚が、少し不機嫌そうな声で言う。

 村は山沿いで駅から遠く、車でも2時間以上かかるらしい。

 炎天下の中あまり立っていたくなかった、私と犬塚は言われたとおりに車に乗ることにした。


 「しっかし、田舎だなぁ」

 村への道中、車に揺られながら窓を開けて景色を見渡しながら犬塚が大声で言う。

 「ここ以外も、地方へ行けば大体こんな感じです。あなたが住んでいるところが都会すぎるだけです」

 先程よりも機嫌を悪そうにした根津が、後部座席に顔を向けながら強い口調で言う。

 どうやら根津は田舎と言われるのが嫌なようだ。

 正直、車の外には一面に水田が広がっていて、遠くを見ても山しか見えない場所はどう考えても田舎でしか無いと思うが空気を読んで何も言わないことにした。

 「なんもねぇな〜」

 しかし、犬塚は根津の様子には気が付かなかったようで、小笑いしながら言う。

 「都会はものが多すぎるんです。ここは一面緑でいい景色でしょう?」

 案の定、癪に触ったらしい根津はより一層不機嫌になりながら言う。

 だが、犬塚は景色を見るのは飽きたらしく、根津に返事もせずにいきなり目を瞑って寝始める。

 根津の額に青筋が浮かぶのが見えた。

 「私はうるさい方よりかは、静かで景色のいい方が好きだなぁ」

 あまり話すのは好きではないがこれ以上空気が悪くなっても困るので、私は代わりに応えることにした。

 「やっぱり、そうですよね」

 一転して嬉しそうな表情を浮かべた根津が私に言う。

 「犬塚みたいな奴とは違って、吉川くんは分かってますね」

 犬塚がまだ寝ているか分からないので、私はどう答えればいいか迷っていたが、根津は不機嫌なのが完全に治ったわけでは無いようで、これ以上車内で会話が起こることは無かった。


 夕暮れ時の村外の駐車場に、根津の父親が車を駐めた。

 「車で村に乗り入れることはできないことになってるから、ここからは歩いて行くよ」

 移動していただけだが、新幹線に車と長時間乗っていて疲れたので少し文句を言いたくなったが、どうやらすぐそこのようだったので、いまだに寝ていた犬塚を揺すり起こしてから車を降りる。

 根津に案内されて着いて行くとすぐに村には着いた。

 「この村は『根米村ねこめむら』って言うんです。名前に『米』の字が入っていることからもわかるように米で有名で、美味しいと評判なんです!駅から車で来る途中で広い水田が見えたでしょう!住んでる人も米農家がほとんどなんですよ!そしてみかんも・・・」

 根津は意気揚々と村の自慢を始めいきなり五月蝿くなり、それに興味が無いらしい寝起きの犬塚が適当な方向を見てぼーっとしているのを横目に、私は別のものに気を取られていた。

 「猫だ」

 村にはたくさんの猫がいて、地べたに座ったり寝転んだりと気ままな格好で私たちの方を見ている。三毛猫も黒猫も白猫も、色々な猫がいる。

 「根米村のことをもっと知りたいですか?」

 猫と根米村を聞き間違えたらしい根津が食いつく。

 「違う。“猫”」

 根米村よりたくさんの可愛らしい猫たちが気になっていた私は、根津の聞き間違いを訂正した。

 「ああ、猫ですか。もとは猫好きの村人が大量に飼っていたのが野良猫になったらしいです。ほらこの村は『ねこめ』村でしょう?『ねこ』って入っているのと、米を食べる鼠を獲ってくれるということで村人が野良猫を大切にしたので、今では村のどこでも猫が見れますよ」

 「いい村だ」

 思わず呟く。

 猫たちを見てみると痩せてたり、体調の悪そうだったりする猫がいないことがわかり村人が猫のことを本当に大事にしているのがわかる。

 それに私は猫がとても好きなので猫がたくさんいるだけでも嬉しい。

 本心からいい村だと思える。

 「そうですよね、そうですよね!犬塚はどうですか?」

 私の言葉に根津が機嫌を良くする。

 そして調子に乗ったのか、何も話を聞いてなかったであろう犬塚に話しかける。

 「俺は猫より犬の方が好きかな。それにやっぱり都会がいい」

 空気が凍る。

 根津がほんの少し前までのテンションが嘘に思えるほど、無表情になり黙り込む。

 私が思っていたより話は聞いていたらしいが、やはり空気が読めない犬塚は無神経に話し出す。

 「より、疲れたから早く夕食を食べて、寝たいな」

 これ以上は悪化しないだろうと思えた雰囲気がさらに悪くなる。

 地獄だ。

 こんだけ相性が悪いのになんでわざわざ根津も、犬塚を誘ったんだ。

 「そ、そういえば私たちが泊まる場所を用意してくださったそうで。案内していただけますか?」

 そろそろ険悪なムードに耐えられなくなってきたので、根津の父親に案内してもらって、さっさとこの場から移動することにした。

 「あぁそうだったね。ちゃんと用意してあるよ。元々住んでいた家に私達も泊まるんだけど広くて部屋も多いから適当な部屋に泊まればいいよ。じゃあ案内するね」

 根津の父親も辟易としていたのか早口で言うとすぐに足早に歩き始めたので、私は気持ち早く、犬塚は眠そうにしながら、根津はずっと口を閉ざしたまま着いてった。


 根津の父親に案内されてついた家は、木造の昔ながらの平屋で大きいと言うよりは広いという表現がピッタリな家だった。

 家にお邪魔させてもらうと、鼻につく芳香剤のような強い香りがして、私も犬塚も思わず顔を顰めた。

 全くと言っていいほど家の雰囲気にあっていない。

 不思議に思い、根津に聞くとまださっきのことを引きずっているようで、むすっとしたまま「雰囲気にあって無いから良かったんです」と返された。

 「僕が小学生の頃、この家の夜が怖くて1人で眠ることができなかったので、明るい感じを出すために、ハーブを焚き始めたんですよ」

 結局怖がらなくなった後もハーブに嵌って、庭では10種類以上のハーブが植っているそうだ。

 とりあえず荷物を置くために、根津にそれぞれが泊まる部屋に案内してもらう。

 途中通った廊下は薄暗く、不気味な雰囲気を醸し出していて、犬塚はまるで気にした様子がなかったが、私は少し恐ろしかった。

 荷物を置いた後は、根津に家を案内してもらい、トイレや風呂の場所を教えてもらったが、根津は今だにご機嫌斜めで、犬塚はとにかく眠いらしく、私もあまり話すのが好きでは無いのでほとんど会話がなかった。

 最後に居間に案内されると、3人分の夕食の準備がすでに整っている。

 根津の両親は私たちが来る前に夕食は済ませてしまったそうだ。

 正直、私は3人での夕食は息苦しいものになるだろうと思って憂鬱だったが、幸いにも犬塚が眠気にやられてほとんど喋らなくなったことで、根津の機嫌もようやく直ったらしく、夕食の美味しさも相まって合流してから1番いい雰囲気だった。

 「夏祭りは明日の夕方からだから、僕はお祭りの手伝いでいませんが、午前中は好きな様にしていてください」

 根津は話し始めたが、犬塚はもくもくと夕食を食べ続け、すぐに風呂へと席を立ってしまう。

 私は犬塚がまた根津の機嫌を損ねたのでは無いかと恐る恐る、根津の顔色を伺ったが、意外なことに特に気にしていない様だった。

 「さっきはごめんなさい」

 安心した私がゆっくりと夕食を食べすすめていると、根津に突然謝られた。

 なぜかと思い私が食べる手を止めたが、根津はそのまま話を続ける。

 「空気を悪くしてしまったでしょう。犬塚とは前々から中々反りが合わなくて」

 「なんで誘った?」

 初めからずっと思っていたことだが、なぜ仲の悪い犬塚をわざわざ誘ったのか?

 流石に気になりすぎて普段は、人の事情はあまり気にしない様にしているのに思わず聞いてしまった。

 「1番の理由は、犬塚を誘った時点で吉川くん以外に都合の合う人がいなかったことですかね。他にも理由は無いことは無いですが、人にわざわざ言う程では無いものです」

 別に隠す様なわけも無かったらしく、普通に答えてくれる。

 特段、期待していたわけでは無かったが、特に面白味の無い答えだったので興味を引かれず食事を再開する。

 その後も犬塚が戻ってくることも無く、平和に私は食事をしたり、根津がたまに話すのに相槌を打ったりしていた。

 「吉川くんは猫が好きですか?」「勿論」

 夕食もそろそろ食べ終えそうな頃に、根津が当たり前のことを聞いてくるので食い気味に答える。

 「そ、そう。それなら大丈夫だろうけど猫にはくれぐれも優しくしてね」

 何を当然のことを、と思ったが別に反対する必要も無く、むしろ大賛成できる内容だったので軽く頷いておく。

 食べ終わった後、犬塚はもうとっくに寝ているらしく、風呂が空いていたので私も入浴し、すぐに部屋にあった布団に入る。

 布団の中でもしばらくは明日の予定などを考えていたが、予想以上に疲れていたらしく、いつの間にか眠りに落ちてしまった。


 次の日、朝起きて目を覚まして外を見ると、天気は快晴で昨日と同じ清々しい青空だった。

 疲れも完全に取れて良い気分でいると、昨日は怖かった廊下も、無駄に強い匂いも気にならなくなってくる。

 朝食は根津の両親も交じって5人で食べることになった。

 朝食も夕食と同じくとても美味しく、おもわずほとんど無言で食べてしまった。

 朝食の後は暇になるので外出しようと思い、犬塚を誘ったが暑い中外に行きたくないと断られてしまった。

 夕方になって少しは暑さが治って、祭りが始まるまでは部屋でスマホゲームなりなんなりをするつもりらしい。

 昨日言われたように、根津は祭りの手伝いで忙しく、すぐに家を出てしまっていた。

 仕方がないので1人で村を周ることにする。

 外出の準備をしていると、根津の母親が昼食として大きな丸いおにぎりを2つ持たせてくれた。

 おにぎりをリュックに入れ、きっとこれも美味しいのだろうとテンションを上げながら家を出た。


 村には昨日と変わらず猫がたくさん好き勝手に過ごしている。

 私のような猫好きには堪らない、天国のような村である。

 この村の猫たちは人に慣れているのか私が近づいて行っても、逃げないでむしろ寄ってくる様な猫もいた。

 可愛らしい猫たちに感動して、可愛がるために近くでしゃがみ込む。

 しかし、撫でようとする時に限って、猫が逃げて行ってしまう。

 これはどの猫も同じで、諦めきれない私が何回も挑戦していると、見かねたのか近くにいたらしい村の人が話しかけてきた。

 「うちの村の猫は触られるのには慣れてない」

 その人によると、根米村の人は猫を大切に餌をあげるなどはするが、触ることはほとんど無く、家で飼っている人もいないという。

 その人は特別気にしたことは無かったらしいが、根米村の人は皆そうなので猫には触らないらしい。

 人に慣れてる猫がいるのに撫でないなんて、私には信じられなかったが、猫たちが嫌がることをするわけにはいかないので、諦めて眺めるだけで満足することにした。

 昼時になって、昼食を食べるのにちょうど良いところを探して歩くが、いかんせん猫が多すぎる。

 撫でさせてはくれないくせに、近づいてはくるので少し邪魔なのだ。

 ついには急に足元に出てきた猫を避けようとして、後ろに転んでしまった。

「あぁ」

 思わず落胆の声を出す。

 リュックの中を見てみると、後向きに転んだせいでせっかくのおにぎりが1つは少し形が崩れただけだったが、もう1つは完全に潰れてしまっていた。

 とても楽しみにしていただけに、残念だった。

 しかし、味には影響は無く美味しく食べることができたのは良かったと思う。

 その後も適当に村を散策していたら、いつの間にか日が傾いてきたので、そろそろ祭りが始まる頃かと思い、根津の家に戻って2人と合流することにした。


 合流しなければ良かったと、少し後悔した。

 日中ずっと屋内にいた犬塚は、無駄に元気が有り余っているらしく、大声でずっと根津に一方的に話しかけている。

 犬塚が鬱陶しいのか根津が非常に嫌そうな表情になっているのに、犬塚は気にせずに話し続けるので、さらに表情が険しくなる。

 この中に入っていくのは気が進まなかったが、ずっと家にいてもどうにもならないので話しかけることにする。

 「合流できたから祭りに行こう」

 根津はやっとかという思いを顔に滲ませながら、犬塚は楽しそうに移動を始める。

 「ここでお祭りをやっています」

 気を取り直した根津が案内をする。

 祭りは、根米村の人が皆集まっているらしくとても賑やかで、屋台も結構出ている。

 「俺は好きに周りたい!」

 祭りに来て更にテンションが上がったらしい犬塚がうるさい声で言う。

 「せっかく一度合流したけど、各自で周ることにしない?」

 どうせまた犬塚と根津が一緒にいると、よくない雰囲気になる。

 それは避けたいので、私は犬塚の言うことに乗っかることにした。

 「好きに周ってもらうのは構わないのですが、1つ絶対に行って欲しいところがあるので一緒に来てください」

 根津も犬塚からできるだけ離れたいと思っていて、提案に乗ると踏んでいたので予想外ではあったが、根津の機嫌が保たれるのならば反対する必要はないので着いて行くことにした。

 犬塚は早く屋台に行きたかったのか、しぶしぶ了承した。

 根津はどうやら山の方に向かっている様で、草木が鬱蒼と生い茂る道へと入っていった。

 早く遊びたい犬塚が何回も文句を言うが、その度に根津は足も止めずに「もう少しです」と言って進んでいく。

 「ここらへんかな」

 あとちょっとで山という場所で根津が止まり、辺りを見渡す。

 「少し待っていてください」

 目当てのものが見当たらなかったらしく、根津がキョロキョロとしながら言う。

 しかし、少しも待ちたくないらしい犬塚が根津の言葉を無視して帰り始める。

 また根津の機嫌が悪くなると考えて、犬塚を引き止めようとしたが、今度は犬塚の機嫌を損ねるだけだと思い、私は何もできずに止まってしまった。

 

 その時だった。

 いきなり周りの薮からガサガサと音が鳴り始める。

 薮から出てきた音の原因であろう何かは、警戒して立ち止まった犬塚に向かって飛びかかってきた。

 —————猫だった。

 驚いて尻餅をついた犬塚が上に乗った猫を抑えると、猫はただ「ニャー」と鳴く。

 なんだ猫か…

 「いや、おかしい」

 どこか違和感を覚えた私は呟いた。

 「なんで猫に触れているんだ!」

 私は触れなかったのに!

 思わず猫を驚かせないくらいの大きさの声で叫んでしまう。

 そんな私の勢いに若干引いた様子で、猫を上に乗られていた時の姿勢のまま前から抱え上げた犬塚が立ち上がる。

 「そんなに触りたいなら、触れば良いだろう」

 犬塚が私に向かって猫を差し出すので、犬塚の方へ向かおうとした瞬間、猫の顔を見たらしい犬塚の顔が強張った。

 いきなり猫を横に投げ捨てる。

 猫が地面にぶつかる。

 「何してんの!」

 思わず今度は声の大きさを気にする余裕もないまま叫んでしまった。

 「よく見てください」

 猫に駆け寄ろうとすると、いつの間にか隣に近づいてきていた根津に止められる。

 猫の方を見ると、ちょうど体勢を整えて立ち上がったところだった。

 猫が顔を上げて、犬塚の方を見る。

 私にも猫の顔が見えた。

 —————悍ましいとしか言えない姿がそこにはあった。

 猫の目が人の目になっている。

 言葉で表すとこれだけだが、それを見ると気色が悪いとか、気味が悪いといった思いばかりが浮かんでくる。

 コラ画像で動物に人の目が当てられてるのは見たことはあったが、実物は比べられないほど気持ちが悪い。

 怖いと言うより生理的嫌悪感がすごい。

 顔を見た後には、これを直視してしまった、目が合ってしまったであろう犬塚には同情心しか湧かない。

 

 「やっぱり気持ち悪いですよね〜あれ」

 私と犬塚が固まっていると、根津が平気そうに何事もなかったかの様な声色で言う。

 思わず根津に詰め寄って、あれについて何か知っているのか問い詰める。

 「詳しいことは知らないですけど、父はあれをただ『目』と呼んでいました。今僕たちがいる山と村の間でよく見られるそうです」

 興奮しているのか普段より早口で、愉快そうに大声で根津が話す。

 「人が吉川くんしか集まらなくて、気の迷いで犬塚を招待してしまったのを初めは後悔していましたが、せっかくだしこの機会を活かそうと思って、普段から空気の読めないうざい奴に灸を据えてやろうと思ったのです。実際、相当魂消たのか今も硬直したまま動かないでしょう。吉川くんは巻き込んでしまっただけです。申し訳ない」

 更に早口で、もう半分笑った様な状態で根津が話を続ける。

 少しも反省の意が見られないその様子に怒りが沸々と湧いてくる。

 ついに堪忍袋の尾が切れて怒鳴ろうとした。

 しかし、根津がいきなりあれに指を指したことで気が逸れる。

 「なんだよっ!」

 苛立ったままあれを見るとそこにはただの猫がいた。

 猫の目をしたただの猫だ。

 「人の目が消えたんです!」

 根津が驚いた様子で言う。

 怒られたくない根津が、たまたまいた別の猫を指して誤魔化そうと思っているのだと私は思ったので、ますます怒りを募らせ拳を振り上げる。

 「にゃ〜」

 気の抜ける声が聞こえた。

 それを発したのは先ほどからずっと固まっていた犬塚だった。

 呆気に取られて犬塚の方を見つめていると、犬塚がいきなり地面に手をつく。

 何をしているのかと近づくと、そのまま四足で走り出して薮の中に入っていってしまった。

 もう何が何だかわからない!

 私は唖然としながら犬塚の走り去った薮を見ているしかなかった。


 その後の話だ。

 あの後、私が呆然としている間に根津が大人を呼びにいって、大人が山を探し回ることになった。

 祭りの日には夜中まで見つからず、一度切り上げることになったが結局、次の日の朝に根米村に戻ってきていたのが見つかったらしい。

 あの人の目をした猫は、人の目が本体で村では『』や『人目ひとめ』と呼ばれているという。

 動物に取り憑いて記憶を見てその通りに身体を操って、取り憑いた動物のふりをしているらしい。

 強い衝撃を与えられると憑依が解けてしまうことがあり、周りに何もいなければ元の動物の身体に戻るが、近くに別の動物がいるとそちらに取り憑くこともあって、今回はそれで犬塚が憑かれた。

 直前まで猫の真似をしていたので、犬塚の身体で猫みたいなうごきをするという、おかしなことになってしまったらしい。

 犬塚は取り憑かれている間も意識はあって、猫の動きのまま無茶な機動をしたせいで、木にぶつかり『目』が剥がれた時に別の動物に移ったらしく、身体を動かせる様になって帰って来れたと言っていた。

 2学期になった今、普通に学校に通っているが、根津にあれだけ言われたのに性格は全く変わっていない。

 本来は人に憑いた『目』は無理やり出して猫に移すそうだ。

 そのため、根米村の人は取り憑かれていることがあるかもしれない猫には触らない様になったという。

 村に大量にいる猫は身代わりの役目があって、村の名前も『猫目ねこめ村』だったのが、化け物が由来なのがすぐにわかってしまうのは嫌だということで、同じ読み方の『根米ねこめ』が当てられたらしい。

 根津は『目』について取り憑いていることなど詳しくは知らなかったことや、犬塚が無事に戻ってきたこともあって相当怒られたらしいが、悪戯だったということで済んだと言っていたと聞く。

 正直、根津が『目』について詳しく知らなかったというのは嘘だと私は思っている。

 取り憑かれていた猫が投げ捨てられた時に、根津は私が近づくのを止めた。

 これは『目』が剥がれて近くの動物に取り憑くのを知っていたからだと思う。

 そしてこれが一番の理由だが、犬塚が取り憑かれて走り去っていく時、見間違えで無ければ私は確かに見たのだ。

 根津がを浮かべているのを。

 きっと根津は全て知っていて、思い通りになる様に実行したのだろう。

 嫌いな相手にここまでするというのは、私には理解できない。

 残り2学期という短い間だ。

 私が根津と話すことはもうほとんど無いだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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