壊れゆく関係

 学園祭の最後の花火が夜空に打ち上げられる中、私は校舎の裏手で静かに息をついた。心臓が激しく鼓動しているのが、自分でもわかる。涼君に告白した直後、彼の返事を待つこの時間は、永遠に続くかのように感じられる。

 彼の表情、言葉、その全てが頭の中をぐるぐると巡る。こんなにも緊張することがあるなんて思ってもみなかった。

「美優……」

 涼君が静かに私の名前を呼んだ。その声には、いつもの優しさとは異なる温かさが感じられた。

 私は胸の前で拳をぎゅっと握りしめた。

「涼君……」

 涼君は一瞬だけ目を閉じ、深く息を吸った後、真剣な表情で私を見つめた。

「美優、君の気持ちを受け止めたよ。でも、正直に言うと……」

 その瞬間、私の心臓は一度止まったかのように感じた。返事を聞くのが怖かった。でも、彼の言葉を聞かないわけにはいかない。涼君の返事は、二人の関係にとって重要な一歩だから。

 涼君は続けた。

「君のことを大切に思っている。でも、俺自身もまだ整理がついていない部分があって……、それに凛が気まずい思いをするんじゃないか……?」

 やはり涼君は三人の関係を気にしているようだった。

 一瞬、失望の表情を浮かべたが、すぐにそれを隠そうと微笑んだ。

「確かに凛ちゃんも大切だけど……」

「でも、美優の気持ちは嬉しかったよ。ありがとう。だけど返事はちょっと待ってほしい。必ず答えを出すから」

 私は深く頷いた。

 




 十月三日――。

 凛ちゃんが久しぶりに登校してきたその朝、教室はいつも以上に賑やかだった。

 彼女の体調が良くなって本当に良かったと思いつつ、私は心のどこかで少し落ち着かない気持ちを感じていた。涼君に告白してからというもの、彼の返事を待っている時間が長く感じられたからだ。

 授業の合間に友達と談笑していると、凛ちゃんがこちらに向かって歩いてくるのが見えた。彼女の姿を見た瞬間、私は自然と笑顔になった。

「凛ちゃん、久しぶり! 体調はどう?」

 私は元気な声で彼女に話しかけた。

「ありがとう、ミユちゃん。もう大丈夫。でも……少し話があるの」

 凛ちゃんの表情はどこか真剣で、彼女は私の手を取り、少し離れた場所へと誘った。

 二人きりになったところで、凛ちゃんは深呼吸をしてから切り出した。

「ねえ、ミユちゃん……リョウくんと付き合ってるってクラスの子が話しているの聞いたんだけど……本当なの?」

 その言葉に一瞬驚き、どう返答しようか迷ったが、正直に話すことにした。

「ううん、まだ付き合ってないよ。気持ちを伝えただけ……」

「どういうこと?」

 凛ちゃんの目が不安そうに揺れているのを見て、私は続けた。

「実は学園祭の日に、私、涼に告白したの。凛ちゃんの代わりに白雪姫やって、劇もうまくいって、それで気持ちが抑えられなくなって……。でも、涼君は少し考えたいって言って、そのまま返事を待っている状態なの」

 凛ちゃんの表情が一気に険しくなった。

「私が体調崩して休んでいる間に、そんなんことがあったんだ……。ミユちゃん、私もリョウくんのことが好きなの、前話したから知ってるでしょ? リョウくんに言う前に私に言ってほしかったよ……。ずるい……」

 凛ちゃんの目には怒りとともに涙が浮かんでいた。

「凛ちゃん、そんなつもりじゃなかったんだよ……。凛ちゃんがいない間になんて考えてたわけじゃなくて、本当に気持ちが抑えられなかったの! それに……そもそも凛ちゃんが学園祭休まなければこんなことにならなかったんじゃないの!?」

 私はハッとなり凛ちゃんの顔を見た。言ってから自分が言ってはいけないことを言ってしまったと後悔した。

 凛ちゃんの目から涙がこぼれた。

「もういい。私たちもう終わりだね」

 凛ちゃんは溢れる涙を拭いながら、背を向けて教室へと戻っていった。

 私はその場に立ち尽くし、胸の中で重い感情が渦巻いていた。凛ちゃんを傷つけてしまったことに対する後悔と、涼君への気持ちが交錯し、涙がこぼれ落ちそうになった。

「どうすればよかったんだろ……」

 私はその場に座り込んだ。

 それから私はしばらく学校を休んだ。涼君はきっと凛ちゃんから私の事を聞くだろう。

「ほんとに私は自分勝手で最低だよ……。やり直し……、できないかな……」

 私は三人で過ごしてた楽しい記憶を思い出しながら、布団にうずくまり泣いた。




 夜の静寂の中、私は目を覚ました。周りは見慣れない風景だった。薄暗い光の中にぼんやりと浮かび上がるのは、古びた神社だった。木々に囲まれたその神社は、まるで時間が止まったかのように静まり返っていた。

「ここはどこ……?」

 私は自分の声が異様に響くのを感じながら、ゆっくりと歩き出した。足元には小さな石段が続いており、その先に朱色の鳥居が立っていた。何かに引き寄せられるように、鳥居をくぐった。

 神社の境内には、不思議な静けさが広がっていた。古びた灯籠がぼんやりと光を放ち、その光が自分の足元を優しく照らしていた。本殿の木造建築は年月を感じさせるもので、その屋根には苔がびっしりと生えていた。

「どうしてこんなところに……?」

 私は自分が夢の中にいることをぼんやりと自覚しながらも、この場所に引き込まれるような感覚を覚えていた。私は本殿の前に立ち止まり、祈るように両手を合わせた。

 その瞬間、冷たい風が吹き抜け、周囲の木々がささやくように揺れた。

 その時、背後からかすかな足音が聞こえた。振り返ると、そこには一人の老人が立っていた。彼は白髪で長いひげを蓄え、古びた和服をまとっていた。彼の目は優しさと知恵に満ちていて、私をじっと見つめていた。

「あなたは誰……?」

 老人は微笑みながら、私に近づいてきた。そして、穏やかな声で語りかけた。

「フォッフォ、わしはこの神社の守り人じゃ。ここは、おぬしの心の中にある場所。おぬしが抱える思いが形となって現れたところじゃぞ」

 私は驚きと戸惑いを感じながらも、その言葉に引き込まれていった。

「私の心の中……?」

 老人はゆっくりと頷き、美優の手を取り、優しく握りしめた。

「そうじゃ。おぬしの心には、多くの疑問や不安が渦巻いておる。しかし、その答えはすべておぬしの中にあるのじゃ。ここへ来たのは、それを見つけるためじゃ」

 老人はそう言うと手に持っていた古びた時計を私に見せた。

「おぬしはこれが何かわかるかのう?」

 私にはその時計がただの古びた時計にしか見えなかった。

「……時計ですか?」

「いかにも、ただし、普通の時計ではないぞ。これはおぬしが今望んでおることを可能にするかもしれん時計じゃ」

「私が今望んでいる……?」

 老人は美優の手を軽く握り返し、優しく微笑んだ。

「大切なのは、他人の期待や意見ではなく、おぬし自身の思いじゃぞ」

 老人がそう言うと神社の風景が徐々に薄れ、再び現実の世界へと戻っていくのを感じた。

 私は老人を引き留めようと声を出そうとしたが、喉にな中が引っかかっているような感覚でうまく声が出せなかった。

 次第に老人の姿も見えなくなり、あたりは真っ暗になった――。





 目を覚ました時、私はベッドの中にいた。夢の中の体験は現実のように鮮明で、心の中に新たな決意が芽生えていた。

 ベッドの横の机にふと目をやると、夢の中で老人に渡された古びた時計が置いてあった。

 私は不思議とその時計の使い方が理解できた。

「私が今望んでいること……。三人の壊れた関係を戻すこと……」

 私は時計を手に持つと、針を動かし、裏蓋を開けて中で輝いている結晶に触れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

君の時間に触れるまで マチノン @MachiNon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ