深まる関係

 九月五日――。

 夏休みが終わり、新しい2学期の初日がやってきた。教室の窓からはまだ夏の名残を感じさせる青空が広がっている。教室内は休み中の出来事を話す生徒たちの声で賑やかだったが、担任の佐藤先生が教室に入ってくると、徐々に静かになった。

「皆さん、夏休みは楽しめましたか?」

 佐藤先生が笑顔で問いかける。

「はい!」という元気な返事や、楽しそうな笑い声が教室中に響いた。私はふと隣を見ると、涼君はいつも通りの様子で黒板を眺めており、凛ちゃんは彼女の前の席の女の子と楽しそうに話していた。

「さて、今日は新学期の始まりということで、大事なお知らせがあります。2学期といえば、恒例の学園祭ですね。今年の学園祭のテーマとクラスの出し物について話し合います」

 佐藤先生が黒板に学園祭の日程とテーマを書き込むと、教室内は一斉にざわめいた。私は興奮しながら、黒板に目を向けた。

「今年の学園祭のテーマは『文化と創造』です。それでは、出し物について皆さんの意見を聞かせてください。どんな出し物がいいと思いますか?」

「お化け屋敷がいいと思います!」

 クラスの男子が元気よく手を挙げた。

「それも面白そうだけど、メイド喫茶も面白そうでいいんじゃない?」

 今度は別の女子が提案する。

「演劇もいいかも。自分たちでシナリオを書いて演じるのはどう?」

 また別の生徒が意見を出した。

 クラス全体が盛り上がり、様々なアイディアが飛び交った。私は涼君と凛ちゃんに目を向けて、小さな声で話しかけた。

「私たちも何か提案しない?」

「そうだね。何がいいかな?」

 私の声に涼君は考え込む。

「お菓子の屋台とかどうかな? 自分たちで作って売るのも楽しそうだし、みんなで協力できると思う」

 そう言って涼君はお菓子屋台を提案した。

「いいね! それなら、いろんな種類のお菓子を作ってみんなに楽しんでもらえるよ」

 凛ちゃんは涼君の案に賛成した。

「お菓子の屋台、私もいいと思う!」

「じゃあ、そのアイディアを先生に伝えよう」

 涼君が決意を込めて言った。

 私たちは佐藤先生に提案を伝え、他のクラスメートたちにも意見を求めた。しかし、お化け屋敷やメイド喫茶のアイディアも根強い支持を受け、クラス内で議論が続いた。

「やっぱり演劇が一番みんなで楽しめるし、達成感もあると思う。自分たちでシナリオを書いて演じるなんて、すごくいい経験になるよ」

 演劇を提案した生徒が再び主張した。

 その意見にクラスメートたちは頷き始めた。私は確かに演劇なら全員で協力できるし、みんなで1つの作品を作り上げるのは楽しそうだと思いつつあった。

「そうだね。みんなで1つの舞台を作り上げるのは素晴らしい経験になると思う」

 涼君も私と同じように思っていたらしく、演劇を提案した生徒に対して意見を述べていた。

 その後十分ほど議論されていたが、最終的に、クラス全体の多数決で演劇が選ばれることになった。佐藤先生も「では、今年の学園祭の出し物は演劇に決定です。これから役割分担やシナリオ作りを進めていきましょう」とまとめた。

 私たちは協力して素晴らしい舞台を作り上げることを楽しみにしながら、学園祭の準備に向けて新たなスタートを切った。




 学園祭の準備が本格化し、クラス全体が演劇の題目『白雪姫』に向けて動き始めていた。役決めをするために集まった教室は、期待と不安が交錯する空気に包まれていた。

「じゃあ、くじ引きで役を決めるよ! 誰が何役になっても文句は言わないことね!」

 クラスの委員長が元気よく言い、みんなが順番にくじを引いていく。自分がどんな役になるのかを想像し、緊張しながら自分の順番を待っていた。

 クラスのみんながくじを引いていく中、涼君の出番がやってきた。

 涼君は流れ作業のように箱に手を入れてくじを引いた。

「有馬くんは……、王子様だね!」

 委員長が涼君のくじを見てそう言った。これは絶対白雪姫役を引きたい……! 私は心の中で強くそう思った。

 涼君本人は気付いていないが、クラスの女の子の中で涼君は結構モテていて、涼君が王子様役になったのでクラスのほとんどの女の子が私と同じよう静かに燃えていた。

「ええっ、本当に? 俺でいいの?」

「文句は言わないでくださいねー」

 少し嫌そうにしている涼君に、委員長は無理やりくじを握らせ席へと戻した。

 そして私の出番がやってきた。私は目を閉じて箱の中の一枚を握った。

「おねがい……!」

 私は小声でそう呟いていた。

「えーっと、美優ちゃんは……小人のひとりだね!」

 委員長からそう告げられ私はゆっくり目を開けた。開かれた紙にはしっかりと「小人3」とかかれてあった。

「そっか……」

 少しがっかりしながらも、私は微笑んだ。小人の役でも、クラスのみんなと一緒に演劇を作り上げることが大事だと思い直した。役が決まる度にみんなが一喜一憂している中、凛ちゃんがくじを引く番がやってきた。

「凛ちゃん、白雪姫だよ!」

 委員長の声に私は思わず振り返る。

「わあ、すごい! やったー!」

 凛ちゃんは笑顔で喜び、その瞬間、私の胸が少し締め付けられるような感じがした。涼君が王子様で、凛ちゃんが白雪姫。二人が舞台で共演する姿を想像すると、なんだか少し羨ましく思えてしまう。

「おめでとう、凛ちゃん……!」

 私は心の中の小さな嫉妬を押し殺して、凛ちゃんに声をかけた。凛ちゃんはにっこりと笑い返してくれた。

「ありがとう、ミユちゃん。私、頑張るね!」

「うん、応援してる……」

 私はその笑顔を見て、自分も頑張ろうと決意を新たにした。たとえ小人の役でも、全力で演じることで、クラスの一員として演劇を成功させたいと思ったのだ。

 主役のくじが引かれたことで、残りのみんなは一瞬で引き終わった。

「次は、衣装合わせと台詞の練習だね」

 委員長はそう言うと、教室の後ろから段ボールを持ってきた。

「二人はこの衣装ね! 演劇部から借りてきたやつだから汚さないでね」

 段ボールから出てきたのは王子様と姫の衣装だった。

「着てみようか」

 涼君はそう言いながら王子のマントを羽織った。二人は教壇中央へと向かった。二人が並んで立つ姿はまるで本物の王子と姫のようで、私はその光景に見惚れてしまった。

「やっぱり、涼君と凛ちゃんはお似合いだな……」

 私は少し切ない気持ちを抱えながらも、二人を応援しようと心に決めた。自分も一生懸命に小人の役を演じよう、こんな個人の感情で劇を台無しにしたくない、と思った。

 それから一週間後に練習が始まり、涼君が王子様としての台詞を読み上げる。彼の声ははっきりと体育館全体に響き渡り、その存在感に思わず引き込まれる。他の生徒たちも、涼君の演技に真剣な眼差しを向けている。

「次、白石さん、準備して!」

 指導役の先生の声が響く。凛ちゃんが舞台に上がり、涼君と対峙する。彼女の表情は真剣そのもので、まるで本物の役者のようだ。

 私は心の中で凛ちゃんを応援しながら、二人の演技に注目した。凛ちゃんが台詞を言い終わると、涼君が一歩前に出て、感情を込めた台詞を返す。その瞬間、二人の間に何か特別な空気が流れたように感じた。私はその光景を見て、胸がドキドキするのを感じた。同時に何とも言えない感情があった。

「二人とも、すごく真剣だな……」

 私は少し羨ましさを感じながらも、その情熱に感動していた。自分も何かにこんなにも真剣に打ち込めるものがあれば、どんなに素敵だろうと思った。

 練習が終わり、涼君と凛ちゃんが笑顔で会話しているのを見て、私は微笑んだ。彼らの努力が報われる日が楽しみでならない。

「私も、何か頑張らなきゃな……」

 私は小さく決意を固めた。そして、クラスメートたちが次々と自分の役に挑戦する姿を見ながら、自分もこの一員としてしっかりと役割を果たそうと心に誓った。

 体育館を後にする頃には、私の心には新たなやる気が芽生えていた。王子様と白雪姫の物語が、彼らの手によってどんな風に紡がれていくのか。私はその一部として、精一杯演じることを決意していた。




 九月二十八日――。

 学園祭当日、学校は活気に満ちていた。教室や廊下には様々な装飾が施され、笑顔と楽しげな声が溢れていた。私はクラスメートと一緒に準備をしながらも、心のどこかで落ち着かない気持ちを感じていた。

「美優ちゃん! ちょっと来て!」

 クラスメートの一人が私を呼んだ。彼女の顔には不安の色が浮かんでいる。私はすぐに駆け寄った。

「どうしたの?」

「凛が体調不良で欠席するって……」

 凛ちゃんが欠席? 驚きと同時に、彼女の体調を心配する気持ちが湧き上がった。しかし、すぐに現実に引き戻された。クラスのメインイベントである劇の主役がいなくなってしまったのだ。

「どうしよう……」

 一瞬の躊躇の後、私は決心した。凛ちゃんの代わりを務めることができるのは、今ここで私しかいない。

「私にやらせて……!」

 その言葉にクラスメートたちは安堵の表情を浮かべた。

「美優ちゃんの役はどうしよう……?」

「私の役はそんなにセリフも多くないし、裏方の誰かでもできると思う。それか、出番が被っていない人とかにやってもらうしかない」

「オッケー! そっちは任せて! 美優ちゃんは練習してて大丈夫だから!」

 そう言って彼女は走っていった。

 残された私はすぐに凛ちゃんの衣装を手に取り、台本を確認した。頭の中でセリフを反芻しながら、心を落ち着かせる。

 別のところで準備をしていた涼君が、知らせを受けて私のところまで駆けつけてきた。

「凛の代わりを君がするんだね」

「……うん。今から覚えられるかな……」

 やるとは言ったものの、一気に不安と緊張が押し寄せてきた。

「美優、大丈夫だよ。君ならできる」

 心配する私に涼君は優しく声をかけてくれた。

「劇は昼からだし、まだ時間はある。練習しよう」

 涼君はそう言うと私の手を掴んで、誰もいない空き教室まで引っ張っていってくれた。

 それから数時間後、本番の時間がやってきた。

 舞台に立つと緊張が走るが、私は深呼吸をして気持ちを整えた。凛ちゃんのために、クラスのために、最高の演技をするんだ。

 幕が上がると、観客の視線が一斉に私へと向けられ、舞台の照明が一斉に私を照らし出し、観客席のざわめきが一瞬にして消えた。心臓がドキドキと激しく脈打つのが感じられる。凛ちゃんが演じるはずだった白雪姫。今、その役を私が務める責任の重さが一層感じられた。

 最初のシーンが始まった。私は心を落ち着かせようと深呼吸をし、第一声を発した。セリフが口から滑り出すたびに、少しずつ緊張がほぐれていくのを感じた。それでも、観客の視線が鋭く感じられ、ミスをしないようにと集中力を高める。

 ステージ上では、セットや衣装、音楽が一体となって、まるで本当の物語の中にいるかのような錯覚を覚える。私の動きやセリフが、物語を進める歯車の一部であることを実感し、その役割を全うしなければならないという使命感が募る。

 中盤に差し掛かり、私の心は少しずつ安定してきた。凛ちゃんがここにいたら、きっとこのシーンではどんな表情を見せるだろう、と彼女の演技を思い浮かべることで、自然と自分の演技にも深みが出てきた気がする。

 王子役の涼君が舞台に登場するシーン。彼の顔を見ると、一瞬で安心感が広がった。彼の真剣な眼差しが私に向けられ、それが私を支えてくれるように感じた。

「美優、大丈夫だよ。君ならできる」

 涼君のセリフが頭に浮かび、私の心は一層落ち着いた。

 涼君との掛け合いが続く中、私たちの息が合っていることを感じ、自信が増していく。彼の存在が、私にとって大きな支えであり、彼と一緒ならどんな困難も乗り越えられると思えた。

 クライマックスのシーン。緊張のピークに達しながらも、私は全身全霊で演じることに集中した。観客の反応が直接伝わってくる中、私の心は1つ1つのセリフに込める感情で満たされていく。凛ちゃんのために、クラスのために、私はこの瞬間を全力で生きていた。

 そして、最後のシーン。王子様が白雪姫にキスをするシーンで、私は静かに目を閉じ、心の中で「ありがとう」とつぶやいた。その瞬間、観客からの拍手が響き渡った。

 劇が終わり、幕が下りると、観客席からさらに大きな拍手が響き渡った。私は舞台の袖に戻りながら、その拍手に包まれた達成感で胸が高鳴った。舞台裏に入ると、クラスメートたちが私の方に駆け寄ってきた。

「美優ちゃん、最高だったよ!」

「凛の代わりをあんなに見事にやり遂げるなんて!」

 皆の笑顔と称賛の声が、私の心に温かく染み渡った。クラスメートたちが一人ずつ私に抱きついたり、手を取ったりして、感謝の気持ちを伝えてくれる。

「水沢さん、本当にありがとう。君のおかげで劇は大成功だったよ!」

 クラスのリーダーがそう言いながら、私に深く頭を下げた。私は少し照れくさくなりながらも、笑顔で彼に応えた。

「ううん、私一人の力じゃないよ。みんなが協力してくれたからこそ、こんな素敵な劇になったんだよ」

 その言葉に、クラスメートたちは一斉にうなずき、再び大きな拍手が起こった。私はその場で立ち尽くしながら、改めてクラスの団結力を感じた。

「凛ちゃんもこの劇を見られたら、きっと喜んでくれるよね」

 その言葉に皆が同意し、凛ちゃんの体調が早く良くなることを願った。そして、舞台から降りてきた涼君が私に向かって言った。

「美優、君が白雪姫を演じてくれたことで、この劇は本当に特別なものになったよ。ありがとう」

 その言葉に、私は胸が熱くなった。凛ちゃんの代わりを務めることは大変だったけれど、こうして皆からの称賛を受けることで、努力が報われたことを実感した。

「私も、このクラスの一員でいられて、本当に幸せだよ。ありがとう、みんな」

 そう言いながら、私はクラスメートたちと共に、喜びを分かち合った。劇の大成功を祝い、私たちは笑顔と笑い声に包まれながら、その瞬間を心から楽しんだ。

 この学園祭の一日を通して、私は自分の成長と仲間たちとの絆を深く感じることができた。この学園祭は最高の思い出だ。




 劇は無事成功し、私は教室でクラスのみんなと片付けをしていた。

「美優ちゃん」

 クラスメートの一人が小声で話しかけてきた。

「どうしたの?」

「美優ちゃんは有馬君と付き合ったりしてないの?」

 私はドキッとして思わず大きな反応をしてしまった。

「そ、そんなことないよ!」

「えー、そうなの? 二人お似合いだと思うけどな……。劇でも息ぴったりだったし!」

 私はそう言われてうれしかったが、凛ちゃんに悪い気がしていた。

「学祭、有馬君と回っておいでよ! 片付けは私たちがしとくからさ」

「それは……みんなに悪いよ……」

「大丈夫! ちょっと女子全員集合!」

 彼女がそう言うと、教室に散らばっていた女の子が全員私たちのところにやってきた。

「美優ちゃん、今から有馬君とハネムーンするので」

「いや、しないよ! ちゃんと片付けするって!」

 しかしクラス女の子たちの意見は全員一致だった。

「そんなの私たちに任せて行っておいでよ!」

「もうこのまま付き合えば!?」

「応援してる!」

「有馬君はいま体育館の方にいるから!」

 この場に凛ちゃんがいないということと、劇で白雪姫を演じられたこと、さらにクラスの女の子たちの後押しもあり、この日くらいいいかなと思い始めていた。

「……うん!」

 私はそう言って教室を飛び出した。

 体育館に入ると、次の出番の人たちが準備をしている中、涼君が自分たちのクラスの道具を運んでいる姿があった。

 私は涼君の下へ駆け寄ったが、そこで自分が何を言うか準備していなかったことに気が付いた。

「……」

「美優……?」

「あ、あの! えと……」

 涼君はそんな私を見て優しく微笑みかける。

「美優、この後時間ある? 一緒に学祭回ろうか」

 私が言おうとしていた言葉をかけてくれた。

「うん!」

 私は嬉しくて思わず周りが振り向くほどの声で返事をしてしまった。



 

 涼君と一緒に学園祭を回ることになった私は、少し興奮気味だった。代わりを務めたプレッシャーから解放され、学園祭を楽しむことに心が弾んでいた。

 涼君と一緒に校舎を出て、賑やかな校庭に足を踏み入れると、色とりどりの屋台や装飾が目に飛び込んできた。焼きそばやたこ焼きの匂いが漂い、学生たちの楽しげな声が響いていた。

「まずはどこに行く?」

 受付でもらったパンフレットを見ながら涼君が尋ねる。

「うーん、どうしようかな……あ、あそこに綿菓子がある! 食べたいな」

「綿菓子か、いいね。行こう!」

 涼君と一緒に綿菓子の屋台に向かい、ピンク色の綿菓子を手に取ると、甘い香りが鼻をくすぐった。一口食べると、ふわっと溶ける感触が心地よかった。

「涼君、これ美味しいよ。食べてみて」

 私の食べかけを涼君は気にすることなく食べる。

「ありがとう、いただきます」

 涼君が綿菓子を一口食べ、笑顔を浮かべた。

「本当に美味しいね。次はどこに行こうか?」

「そうだね、あっちのゲームコーナーも楽しそうだよ。射的とかあるみたい」

「射的か、挑戦してみる?」

「うん!やってみたい!」

 射的の屋台に向かい、銃を手に取る。涼君も隣で銃を構え、目の前の的を狙った。私は一生懸命に狙いを定めたが、なかなか当たらない。そんな時、涼君は優しくアドバイスをくれた。

「美優、ちょっと肩の力を抜いて、ゆっくり引き金を引いてみて」

 そのアドバイスに従い、私は再び狙いを定めた。そして、引き金を引くと、見事に的に当たった。

「やった! 当たったよ!」

「おめでとう、美優。上手だったね」

 涼君の言葉に、私は嬉しくなった。彼と一緒にいると、どんなことも楽しめる気がした。

「次……これなんてどう?」

 私はパンフレットのメインステージと書かれてあるところを指さして言った。

「面白そう。見に行ってみよう!」

 ステージに向かうと、ド迫力な音楽とともにダンスパフォーマンスが始まっていた。涼君と並んで座り、リズムに合わせて体を揺らしながら、パフォーマンスを楽しんだ。

「美優、次はお化け屋敷に行ってみない?」

 涼君は少し楽しそうに提案した。

「お化け屋敷? ちょっと怖そうだけど……楽しそうだね。行ってみよう!」

 お化け屋敷の前には、入場を待つ学生たちの列ができていた。順番が来て、私たちはドキドキしながら中に入った。薄暗い通路に足を踏み入れると、冷たい風が肌に触れ、心臓が一気に高鳴った。

 お化け屋敷の中では、暗闇や突如現れるお化けに対して、私は無意識に涼君の手を握っていた。それでも、次々と現れるお化けや驚かせる仕掛けに、私は何度も叫び声を上げてしまった。涼君はその度に私を守るようにリードしてくれた。

「本当に怖かったよ……。でも、涼君が一緒だったからなんとか大丈夫でした!」

「俺も楽しめたよ。美優の反応が可愛かったし」

 涼君の言葉に、少し恥ずかしくなりながらも、心の中に喜びが広がった。彼と一緒にいることで、学園祭の楽しさが一層増しているのを感じた。

 次に軽音部の演奏を聴きに行くと、私の心は音楽のリズムに合わせて揺れ動いた。バンドの演奏が始まると、バスドラやベースの重低音が心臓に響き、感動と喜びが交錯した。音楽室の中で、涼君と一緒に音楽を楽しむ時間が、私にとって特別なひとときとなった。

「すごい! みんな本当に上手だね」

 私が感嘆すると、涼君もうなずいた。

「うん、本当に迫力がある。こういう生演奏って、やっぱりいいね」

 涼君の言葉に共感しながら、私は音楽に浸り、心が解放されるのを感じた。演奏が終わると、大きな拍手が沸き起こり、私たちは笑顔で拍手を送り、ステージを後にした。

 カフェに向かい、温かい飲み物を手に取りながら、今日の出来事を振り返ると、心に充実感が広がった。劇の成功やお化け屋敷、軽音部の演奏といった1つ1つの経験が、私の心に深く刻まれていくのを感じた。

「涼君、ありがとう。今日は本当に楽しかった」

「こちらこそ、美優と一緒に過ごせて本当に良かった」

 涼君の言葉に胸が温かくなり、彼と一緒に過ごす時間の大切さを改めて感じた。彼の存在が、私にとってどれほど大きな支えとなっているかを実感した。

「もうこのまま付き合えば!?」

 ふとさっきクラスの女の子に言われた言葉が頭で再生される。

「……このまま……。ねえ、涼君……」

 私は感情の高ぶりでを押さえることができなかった。

「私、涼君のことが――」

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