宝物の関係

 七月二十一日――。

 一学期最後の登校日。私は凛ちゃんに涼君へのことについて話したいと思い、二人だけで帰ることを提案した。

 放課後の校舎を出て、夕焼けに染まる帰り道を二人で歩いていた。夏の始まりを告げるかのような爽やかで涼しい風が頬を撫で、私たちの間に漂う緊張感を少し和らげてくれている。

 学校の正門を抜けたところで、私は足を止めて振り返り、凛に声をかけた。

「凛ちゃん、ちょっと話したいことがあるんだけど……」

 私は勇気を振り絞って口を開いた。

 凛ちゃんは私の方に顔を向け、少し驚いた表情を見せたが、すぐにその意味を理解したように頷いた。

「どうしたの?」

 私は深呼吸をし、心を落ち着けながら言葉を選び始めた。

「涼君のこと、だよ……。私、涼君のことが好き……なんだと思う。彼と一緒にいると、本当に幸せな気持ちになるの。でも、凛ちゃんも涼君のことが好きでしょ……?」

 凛ちゃんは一瞬黙り込み、歩みを少し遅くした。

「私がリョウくんのこと好きってバレてたの!? それにミユちゃんもリョウくんのことが好きなの!? 情報が追いつかないや……」

「涼君と一緒にいると、彼の特別な存在になりたいって思う自分がいて……。でも、どうしたらいいのかわからなくて……。凛ちゃんもそうじゃない?」

 私たちはしばらく無言で歩いた。夕焼けが空をオレンジ色に染め、長く伸びた影が私たちの前を延々と続いている。その静けさの中で、私は心の中で自分の気持ちを整理しようとしていた。どうしても涼君への気持ちを伝えたいと思いつつも、それを涼君に伝えれば三人の関係が壊れてしまいそうで怖かった。

「私たち、どちらかが涼君と一緒になると、もう一方が傷つく……よね。でも、私たちの友情も大切にしたい」

 私は凛ちゃんとの関係を大事にしたい思いを込めて言った。

 凛ちゃんは立ち止まり、私の手をそっと握った。

「ミユちゃんが友達で私は本当によかったよ。リョウくんのことを考えながらも、私たちのことを気にかけてくれてる。でも、私はリョウくんへの気持ちを諦めるつもりはないよ」

 彼女の手の温もりが、私の心を少しだけ安心させてくれた。

「私も。私たち、正直に気持ちを伝え合ったから、これからもお互いを大切にしながら進んでいけると思う」

 再び歩き出した私たちは、ゆっくりと街の風景の中に溶け込んでいく。道端の木々が夕陽を浴びて金色に輝き、時折吹く風が葉をさらさらと揺らしていた。周りの景色は変わらないのに、私たちの心には少しだけ違う何かが芽生えていた。

「ミユちゃんとこうやって話すことができてよかった」

 凛ちゃんが小さな声で言った。

「うん、私もそう思う」

 私は彼女に微笑みかけた。

「でも、どうしても涼君への気持ちは消えないんだよね」

「私も同じだよ」

 凛ちゃんは少し俯きながら答えた。

「リョウくんも、きっと私たちのことを理解してくれる」

 夕陽が沈むにつれて、私たちの影はさらに長く伸び、2つの影が1つに重なる瞬間があった。それはまるで、私たちの友情がさらに深まった証のように感じられた。

「凛ちゃん、これからもよろしくね」

 私は彼女の手を強く握りしめた。

「うん、ミユちゃん! こちらこそ」

 凛ちゃんも同じように私の手を握り返した。

 私たちはしばらく歩き続けたが、心の中ではお互いの気持ちを理解し合っていた。夕焼けがますます赤くなり、周囲の景色が幻想的に変わっていく中で、私は凛ちゃんとの友情がさらに強くなったことを感じた。

「ミユちゃん、リョウくんのこと、どうする?」

 凛ちゃんが突然真剣な表情で聞いてきた。

「正直、まだわからない」

 私は正直に答えた。

「でも、お互いに気持ちを伝え合ったことで、少しは楽になった気がする。涼君も、私たちのことを大切に思ってくれてるから、きっと何かいい方法が見つかると思う」

「そうだね。リョウくんは優しいし、私たちのことをちゃんと考えてくれる人だから」

 凛ちゃんは微笑んだ。

 私たちはその後も、涼君との関係やお互いの気持ちについて話し合いながら歩き続けた。時間が経つにつれて、私たちの心の中のモヤモヤは少しずつ晴れていくように感じられた。

「ミユちゃん、これからも三人の時間を大切にしていきたい!」

 凛ちゃんが最後にそう言ったとき、私は彼女の言葉に深く共感した。

「うん! 涼君との時間を大切にしながら、私たちの友情ももっと深めていこう」

 私は彼女に微笑みかけた。

 その日の帰り道、私たちはお互いの気持ちを確認し合い、友情を再確認することができた。これからも、お互いを尊重しながら涼君との関係を築いていくことを決意した。そして、それが私たちの友情をさらに強固にするための第一歩であると信じていた。




 七月二十五日――。

 夏の夜、私は涼君と凛ちゃんと一緒に花火大会の会場へ向かっていた。頭上には色とりどりの提灯が連なり、ほのかな明かりが夜空に浮かんでいる。道沿いには屋台がずらりと並び、焼きそばやたこ焼きの香ばしい匂いが漂ってくる。金魚すくいや射的の屋台からは子どもたちの楽しそうな声が聞こえ、祭りの雰囲気に心が弾んだ。

「わぁ、すごい人!」

 私は振り返りながら言った。

「どこから見る?」

 凛ちゃんんも子どものようにはしゃいでいるのがわかる。

「まずは花火がよく見える場所を探そう」

 涼君が提案し、凛ちゃんも同意して頷いた。

「あの大きな木の下あたりなら少し空いてるかも」

 私たちは人混みをかき分けて進み、屋台を見ながら木陰にある少し広めのスペースにたどり着いた。涼君が持ってきた敷物を広げ、私たちはそこに腰を下ろした。周囲には家族連れやカップル、友人同士が楽しそうに話している姿が見える。夜空には星が瞬き、川辺からは涼しい風が吹いてきて心地よかった。

「ここなら花火がよく見えるね」

 凛ちゃんは満足そうに言った。

「うん、いい場所だね」

 私は同意しながら、周囲の景色に目をやった。遠くの方には屋台の明かりがちらちらと見え、まるで小さな灯台のように輝いている。

「あっちで金魚すくいやってる! 後で行ってみようよ!」

 少し遠くに見えた屋台を指して私は少し興奮気味に言った。

 祭りの賑やかな雰囲気に包まれ、心の中ではすでに楽しさが膨らんでいた。

「行きたい! 行きたい!」

 凛ちゃんは私が指した方向を見ながら元気に言う。

 涼君そんな私たちを見て笑顔で頷いた。

「もちろん。みんなで楽しもう」

 しばらくして、大きな音とともに夜空に花火が打ち上げられた。最初は1つ、次に2つ、次第に多くの花火が次々と打ち上げられ、夜空に大輪の花が咲いた。色とりどりの花火が夜空を彩り、その美しさに見とれてしまった。周囲からは歓声が上がり、みんなが一斉に見上げていた。

「きれい……」

 凛ちゃんがつぶやく。

「本当にすごいね。こんなに近くで見るの、初めてかも」

 私は感動しながら言った。花火の音が胸に響き、その輝きが目に焼き付いた。

 私は心の中で、涼君と凛ちゃんと一緒にこの瞬間を共有できることに喜びを感じていた。涼君はいつも優しくて頼りになるし、凛ちゃんも明るくて楽しい。二人と一緒にいると、自然と笑顔がこぼれる。

 涼君も二人の反応を見て優しい笑顔を浮かべていた。

「みんなで来られてよかったね」

「「うん!」」

 私と凛ちゃんの返事がシンクロした。

 花火が終わると、私たちは再び屋台の方へと向かった。道端にはまだまだ賑やかな屋台が並び、子どもたちの笑い声や親たちの楽しそうな会話が聞こえてきた。綿菓子の甘い香りが漂い、焼きそばのソースの匂いが食欲をそそる。

「金魚すくいやってみよう!」

 私はさっき見つけた金魚すくいの屋台に駆け寄った。

 二人も笑顔でついてきた。

「どれだけ取れるか、競争だね」

 凛ちゃんが挑戦的に言った。

「負けないよ!」

 私は笑いながら返した。

 楽しい夜はまだまだ続いていた。心の中では、この楽しい時間がずっと続けばいいのにと思いながら、三人一緒に過ごすこの瞬間を大切に感じていた。




 夏休みの期間中、涼君と凛ちゃんと一緒に過ごす日々が続いた。毎日が新しい冒険のようで、楽しい思い出がどんどん増えていった。

 ある日、私たちは近くのショッピングモールへ行くことにした。外は暑いけれど、モールの中は涼しくて快適だった。まずはカフェで冷たいドリンクを買って、一息つくことにした。

「このフラペチーノ、美味しいね!」

 私は一口飲んで感想を述べる。

「夏にぴったりだよね」

 涼君も同意しながら、ストローを口に運んだ。

「今日の目的は?」

 凛ちゃんが尋ねた。

「夏休みの宿題もあるし、文房具を見に行きたいな」

「それなら、文具店に行こう。俺も新しいノートが欲しいし」

 私たちはカフェを出て、モール内の文具店に向かった。店内にはカラフルなノートやペン、かわいいステッカーが並んでいて、どれも魅力的だった。私は涼君と凛ちゃんと一緒に、どのノートが一番かわいいかを話しながら選んだ。

「このノート、デザインが素敵だね」

 凛ちゃんが一冊のノートを手に取り、見せてくれた。

「本当だね。これにしようかな」

 私はそのノートを手に取りながら言った。

 その後は服を見に行ったり、カフェで甘いものを食べて休憩したり、屋上庭園にも行ったりした。

 また別の日、私たちは町の図書館に行った。夏休みの課題を終わらせるために、静かな場所が必要だった。

 涼君と凛ちゃんと一緒に机へ座り、それぞれの課題に取り組んだ。

「涼君、ここが分からないんだけど、教えてくれる?」

 私は数学の問題を指さしながら尋ねた。

「もちろん。ここはこうして……」

 涼君は丁寧に教えてくれた。

 彼はテストでは毎回学年トップ3に入るほどなので、私たちの中だとかなう人はいない。

「ありがとう、おかげで解けそう!」

 私は感謝の気持ちを伝えた。

「リョウくん……、私にも教えて……」

 凛ちゃんは勉強があまり得意じゃないようで、うなだれながら問題とにらめっこをしている。それでもあきらめずに頑張る姿はいつもすごいなと感心するし、涼君に教えてもらってわかったときにぱっと明るくなる表情は、まさに凛ちゃんらしい。

 図書館の静かな環境は集中するのに最適で、私たちはお互いに助け合いながら(主に涼君がだが)課題を進めた。窓から差し込む柔らかい光が心地よく、時間が経つのを忘れてしまうほどだった。

 また別の日には私たちはプールへ行くことにした。夏の日差しが強く、涼しい水の中がとても気持ちよかった。凛ちゃんは運動が得意なので、プールの中をスイスイと泳いでいた。涼君も楽しそうに泳いでいて、私たちは水の中で遊びながら笑い声を響かせた。

「三人で競争しようよ!」

 凛ちゃんが自信満々に言う。

「いいよ!」

 私はあまり泳ぎが得意な方ではないが、楽しそうにしている凛ちゃんを見て断るという考えは起こらなかった。

 涼君は少し渋めの顔をしていたが、それでも何も言わず凛ちゃんについていく姿を見て、改めて涼君の優しさを感じた。

「先に向こうの壁にタッチした人が勝ちね! ビリの人は一位の人に何か奢ること!」

「そんなの俺が奢るの確定したもんだよ」

「そんなのわからないよ! リョウくんが一位になるかもしれないし!」

 始める前からあきらめている涼君はなんだか珍しいなと思いつつ、私はどうして涼君がビリになるのかわからなかった。

「私も泳ぎ苦手だから私の可能性もあるよ!」

「ありがとう美優。俺も頑張るよ」

「じゃあいくね! よーいドン!」

 凛ちゃんの合図でそれぞれが泳ぎだした。私は必死に泳いだが隣のレーンの凛ちゃんが凄いスピードで離れていくのがわかる。

 私が壁をタッチしたとき、凛ちゃんは既にゴールしていて、暇そうにしている様子だった。

 涼君もいるのかなと思い、反対のレーンを確認してみると、涼君はいなかった。それどころか遥か手前でまだ泳いでいた。

「……え?」

 私はびっくりして言葉が出なかった。

「リョウくんは勉強ができても、運動能力はほぼゼロなんだよ!」

 凛ちゃんが教えてくれた。

「……知らなかった」

 新しい涼君を見ることができて私は嬉しく思った。

 こうして、私たちの夏休みはあっという間に過ぎていった。毎日が楽しくて、新しい発見や経験がいっぱいだった。三人で過ごす時間は、私にとって何よりも大切な宝物になった。

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