本来の関係
四月十二日――。
四月の朝、春の柔らかな陽射しが校舎の窓から差し込んでいた。新しい学校、新しいクラス、新しい環境に緊張しながらも、私は期待を胸に抱いていた。教室の前に立ち、ドアの向こう側で待っている新しいクラスメートたちのことを思いながら、深呼吸を1つした。
「皆さん、静かにしてください」
担任の先生の声が教室から聞こえ、ざわついていた生徒たちの声が次第に静まっていくのがわかった。私は心臓が高鳴るのを感じながら、ドアを開ける準備をした。
「今日から新しいクラスメートが加わります」
その言葉に、教室の中が少し緊張感を帯びた雰囲気になった。私は緊張しながらも先生の合図で教室のドアをゆっくりと開け、一歩前に進んだ。
教室の前に立つと、全員の視線が一斉に私へと向けられたのを感じた。冷や汗が背中を流れるのを感じながらも、微笑みを浮かべて自己紹介を始めた。
「初めまして。水沢美優です。よろしくお願いします」
その瞬間、教室内に軽いざわめきが広がった。新しい顔に対する興味や期待が、みんなの表情に現れていた。特に一人の男子生徒が私をじっと見つめているのに気づいた。彼の鋭い視線に一瞬戸惑ったが、すぐに目をそらした。
「水沢さん、あそこの空いている席に座ってください」
先生が指し示した席は、その男子生徒の隣だった。私は少し緊張しながらも、彼の隣に歩いて行った。彼の隣に座ると、彼が微笑んで話しかけてきた。
「こんにちは、水沢さん。俺は有馬涼です。よろしく」
彼の笑顔は優しく、声もまた優しいものだった。思っているよりも優しそうと感じ、少しだけ緊張がほぐれた。彼は短い黒髪に鋭い目つきをしていて、その中にどこか優しさを感じさせる雰囲気を持っていた。制服がきちんと整えられており、真面目そうな印象を受けた。
「こんにちは、有馬君。こちらこそ、よろしくお願いします」
私は彼の優しい笑顔に少し救われた気がした。
教科書やノートを取り出し始めながら、周囲の視線を感じていた。新しい学校生活がどんなものになるのか、不安と期待が入り混じる中で、これからの日々が特別なものになる予感を抱いていた。新しい学期、新しいクラスメート、新しい出会い。私の二年生の春が、こうして幕を開けたのだった。
初めての昼休み、私はまず隣の席の有馬君に声をかけることに決めた。彼は朝から静かで落ち着いており、話しかけにくい雰囲気を醸し出していたが、私は勇気を出して声をかけてみた。
「有馬君、今日は一緒にお昼ご飯を食べてもいいですか?」
有馬君は少し驚いた顔をしたが、すぐに優しい笑顔で答えてくれた。
「もちろん、いいよ。ところで、水沢さん、なんで君はそんなに丁寧に話すの? 普通に話しても大丈夫だよ」
その言葉に、私は少し恥ずかしくなりながらも、心が軽くなるのを感じた。
「ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えて」
有馬君は少し近づき難い雰囲気をしているが、話してみるとそんなことはなくとてもフランクな感じだった。クラスメートもそんな彼の性格を知っているのか、みんな普通に話かけている様子で、”隠れ人気者”のようだなとその時私は思った。
それから毎日のように、有馬君と一緒にお昼を食べるようになった。彼との会話は自然で、落ち着いた雰囲気が心地よかった。彼の冷静さと穏やかな口調は、私の新生活の不安を和らげてくれた。
ある放課後、私たちは教室で宿題をしていた。その時、クラスメートの白石さんが近づいてきた。彼女はとても明るくて、活発な雰囲気を持っている子で転校初日の私に有馬君の次に話しかけてきてくれていた。
そんな彼女は有馬君と一年生の時同じクラスだったそうで、とても仲が良かった。
「ねえ、二人とも。今日は一緒に帰らない?」
有馬君は笑顔で答えた。
「いいね、水沢さんも一緒にどう?」
私は少し戸惑ったが、白石さんの明るい笑顔に引かれてうなずいた。
「うん、いいよ」
三人で学校を出て、夕方の街を歩きながらたくさんの話をした。有馬君は冷静で落ち着いた口調で、学校周辺のおすすめの場所を教えてくれた。その姿がとても頼もしく見えた。白石さんは面白いエピソードをたくさん話してくれ、私たちの笑い声が絶えなかった。私はその二人との時間を楽しみながら、次第に心を開いていった。
次の日の放課後、白石さんがまた三人で遊びに行こうと提案してきた。
「今日はカフェに行ってみない? 新しいデザートメニューが出たらしいよ!」
私は少し照れくさそうにしながらも、楽しそうにうなずいた。
「それ、いいね。行ってみたい」
三人でカフェに行き、美味しいデザートを楽しみながらたくさんの話をした。
有馬君はかなりの甘いもの好きらしく、その中でもチョコレートが好きらしい。常に冷静で、どんな話題でも落ち着いて対応してくれるいつもの姿からは想像できないギャップに、私は少し彼が可愛いなと思った。と同時に、私が彼に段々と惹かれているのだなと感じた。彼の優しさが、私の心を温かく包んでくれた。
白石さんの明るくて楽しい雰囲気に包まれて、私も次第に笑顔が増えていった。
数ヶ月が経つ頃には、私たちはすっかり仲良くなっていた。放課後はいつも一緒に過ごし、休日には遊びに行くことも増えた。涼君と凛ちゃんのおかげで、新しい学校生活が楽しいものになった。
涼君の冷静さと優しさは、私が困った時や悩んでいる時にいつも支えてくれた。彼はどんな状況でも落ち着いていて、周りを冷静に見つめて判断する力があった。ある日、私は宿題に行き詰まってしまった時、涼くんに助けを求めた。
「涼君、この問題が全然わからないんだけど……」
涼君は私のノートを見ながら、私に優しく説明してくれた。
「ここはこう考えるとわかりやすいよ。ほら、こうして……」
彼の説明は丁寧でわかりやすかったんだと思う。でも説明してくれる横顔が私にはとても魅力的なものに見えていた。
「美優……?」
私のペンが動いていないことに気が付いて涼君が私の顔を覗き込んできた。一瞬目が合ったが恥ずかしくて私はすぐそらし解いてるふりをした。私は涼君にますます惹かれていった。
ある日の放課後、凛ちゃんが私たちを映画に誘ってくれた。
「今日、映画を見に行かない? すごく面白そうな映画が上映されてるんだ!」
私は少し緊張しながらも、楽しそうにうなずいた。
「うん、行ってみたい」
私たち三人は映画館に行き、楽しい時間を過ごした。映画の後、涼君と凛ちゃんは映画の感想を楽しそうに話していた。涼君の冷静な分析と凛ちゃんの明るい意見が交わり、私はそのやり取りを聞きながら笑顔になった。しかしその笑顔は心からのものではなかった。楽しそうに話す凛ちゃんの表情や仕草は、恋する人のそれであった。彼女の想いに気付いてしまった私は、複雑な感情でうまく笑えていなかったかもしれない……。
涼君と凛ちゃんと一緒に過ごす時間が増えるにつれて、私たちの友情はどんどん深まっていった。涼君の冷静さと優しさ、凛ちゃんの明るさと楽しさが、私の新しい学校生活を特別なものにしてくれた。
ある日、ふと気づいた。こんなに楽しい毎日を過ごせるのは、涼君と凛ちゃんのおかげだと。心から感謝の気持ちを抱きながら、これからも二人とたくさんの思い出を作っていこうと、そしていつか涼君には私の気持ちを伝えると決意した。
七月二十日――。
季節はいつも間にか夏になり、夏休みが近づいてきていた。私はそんな楽しみでいつもより少し浮かれ気分だった。
「ねえ、涼君、凛ちゃん!」
二人は呼びかけに振り向いた。涼君の表情は少し驚いたようだったが、すぐに優しい笑顔に変わった。その笑顔は、まるで太陽のように暖かくて、私の心を和ませた。
「ん? どうしたの、美優?」
涼君が尋ねる。
「ミユちゃん今日はご機嫌だね!」
「そうかなぁー」
私は少し息を整えながら、話を続けた。
「今度の週末、花火大会があるんだけど、二人とも一緒に行かない?」
凛ちゃんの表情が一瞬変わったのを私は見逃さなかった。驚きと期待が入り混じったような瞳で凛ちゃんが私を見つめ返した。その瞳は澄んでいて、私はその中に少しの不安も感じ取った。
「花火大会? 懐かしいな。いつぶりだろう」
凛君は少し昔を思いふけている様子だった。
私は大きく頷いて続けた。
「そう! すごく大きな花火大会でね、毎年すごい人が集まるの。それで、すごく綺麗なんだよ!」
私は手を広げて、その大きさと美しさを表現しようとした。
涼君は少し考え込んでいる様子だったが、やがて彼の目が凛ちゃんに向けられた。
「花火大会か、いいね。凛、どう?」
その声には、どこか優しさと期待が混ざっていた。
凛ちゃんは涼君の目を見つめ返す。その瞬間、私は二人の間に流れる特別な空気を感じ取った。凛ちゃんの顔に微笑みが浮かび、その微笑みはまるで花が咲くように美しかった。
「うん、行ってみたい。リョウくんと一緒なら、もっと楽しそうだし」
私はその言葉を聞いて、少し複雑な気持ちになった。でも三人で見に行けるということはとても嬉しいことだった。
「やった! じゃあ決まりだね! 集合場所と時間は後でメッセージで送るね!」
私は二人に向かって言った。
涼君は微笑みながら頷いた。
凛ちゃんも楽しみにしているようで、スマホでその花火大会のことを調べ始めていた。
「ありがとう、美優。楽しみにしてるよ」
その涼君の笑顔は、本当に心からの感謝と期待が込められていて、私の心に温かいものを残した。凛ちゃんも頷きながら、少し照れくさそうにして「ミユちゃん、誘ってくれてありがとう」と言った。
私はその言葉を聞いて、二人の気持ちが私の提案で少しでも明るくなったことに嬉しさを感じた。私は満足げに頷き、「じゃあ、また明日ね!」と元気よく手を振りながら去って行った。
帰り道、私は心の中で、涼と凛と私の三人が花火大会でどんな時間を過ごすのか、どんな風に関係が深まるのかを想像しながら歩いていた。その想像は、私にとっても素敵な思い出の一部となる予感がしていた。
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