エルフのマエルの根絶譚

ヘイ

第1話 追われる身

 

「もし、そこの方」

「……? 俺ですか?」

 

 深緑のローブを来た青年はとある街に訪れていた。そこは山麓の街、フォーン。自然に囲まれた街である此処ではゆったりとした時間が流れている様に思える。

 

「エルフでございましょうか?」

「……ええ、まあ。一応エルフですが」

「もし宜しければ息子の怪我を診てもらってもよろしいですか?」

「そう、ですね。構いませんよ」

 

 顎を撫でながら彼は答える。肩から掛けていた鞄がひとりでに揺れた様に、声を掛けた街の男性には見えていた。

 ただ見間違いだろうと、先程の光景を否定する。

 

「エルフの方が街にいらっしゃるのは珍しいですね」

「アハハ……エルフは閉鎖的ですからね」

「そうですよね。因みに、ええとエルフの……」

「俺はマエルです。気軽に呼んでください」

「ではマエルさん。マエルさんは何でこの街に?」

「まあ……色々と。旅の途中でして」

 

 マエルの表情はローブのフードに隠れて窺い知れない。

 

「私も運が良かった。こうして魔法に優れたエルフの方に出会えるとは」

「……人間にも魔法使いはいらっしゃるのでは?」

「マエルさんの方がきっとそこらの人間の魔法使いよりも優れているでしょう」

 

 エルフなのですから、と言う褒め言葉に対してマエルは「どうですかね」と曖昧な返答をして笑う。

 

「そんな謙遜なさらず」

「……俺はまだ魔法使うところ見せてませんし」

 

 マエルは彼、アルフレッドの案内に従い目的の家まで歩く。

 

「こちらです」

 

 扉を開け、部屋まで案内されて目に入ったのはベッドの上で苦しむ少年の姿。

 

「失礼しますね」

 

 マエルはそっと少年の額に触れる。

 

「……魔力溜まり、ですかね」

「魔力溜まり……」

「こう言ったのは未成熟の子供には稀にある事です。原因としては……何かそう言う魔力の濃い場所に行ったとか、憶えありませんか?」

「……私も仕事がありますし、そこまでのことを把握できてるとは思いませんから」

 

 アルフレッドには見当がつかない。

 

「この街に、神殿はありますか?」

 

 マエルの問いに「聖遺物を奉納しているという神殿が近くにあります」とアルフレッドが言う。

 

「聖遺物……」

「何でもアルギルと言う方の遺骨だとか」

 

 マエルは目を伏せて考え事を始める。

 

「あ、あの?」

「すみません。先ずは息子さんですね」

 

 魔力溜まりの解消方法は実に単純。

 体内にある濃度の高過ぎる魔力を体外に排出させる事。

 

「すぅー……すぅ」

「これで大丈夫です」

 

 マエルが少年の頭を撫でながらアルフレッドに告げた。

 

「あの、幾ら払えば……」

「大丈夫ですよ。俺は魔法とか使ってませんし。お金を貰うような事じゃないです。それに子供が無事で良かった」

 

 処置を終えた彼は直ぐにアルフレッド宅を後にして、街の聖遺物を奉納しているという神殿に向かう。

 

「────お前とは無関係だけどな」

 

 揺れる鞄に向けて言う。

 

「俺もそこそこのクソだけど、流石に無関係な人にも影響及ぼすってんなら対処はするよ」

 

 言いながら彼は鞄を撫でた。

 神殿に着いて直ぐに感じ取れたのは濃密な魔力。

 

「にしても……奉納されてるって言うか、封印ってのの方が納得いくね」

 

 お前と同じだ、と今度は鞄を叩く。

 

「何だったら破壊してくか。どうせ追われてる身だし、多分大差ないでしょ」

 

 マエルは言いながら神殿内部に踏み込む。アルギルの遺骨に近づくほどに、空気中の魔力は段々と濃くなっていく。

 

「これがアルギルの遺骨。何だってこんなのを人間の街が……って、想像はつくんだよね」

 

 アルギルの右腕は人間の物とは思えないほどの異形であった。禍々しく、鋭利な爪の伸びたソレを人間の遺骨と思う者は居ないだろう。

 

「大方、いざという時の兵器に……って奴だと思うけど」

 

 それで守るべき街で被害が出たのだから元も子もない。

 

「エルフの長老よりはマシな考えか。まだ理解できる分ね」

 

 マエルは魔法を編み込んでいく。

 形式は矢、属性は光。対象はアルギルの右腕、その遺骨。

 必要な情報を書き込んだ魔法陣がマエルの前に現れる。

 

「……ディバインアロー」

 

 放たれた一矢はアルギルの腕を容易く貫いた。

 

「片付いたな。さっさと退散しよう」

 

 マエルはフードを直し神殿を後にする。フォーンの街を碌に見ずに。彼は街を出た所で鞄を開く。

 

「お待たせ、マーリン」

 

 鞄の中に納められていたのは女の頭部だ。紫色の髪の、病的なまでの白肌の女の。

 

「もっと早く出せ、中々苦しいんだ」

「……数千年も暗闇に居たとか言ってたくせに、たった数時間鞄の中に居ただけでそんなに言うなよ」

「うるさい。私は……暗闇は、もう懲り懲りなんだ」

「いや……ごめんて」

 

 マエルは一度黙り込んでから「折角出れたんだ。行ってみたい所とかある?」と彼女に尋ねれば「そう言うのを聞くのは、せめて胴と両足が揃ってからにしろ」と不機嫌な声が返ってきた。

 

「それもそっか」

「……マエル、西に行け」

 

 マーリンの指示に対し「そっちにあるんだ」とマエルが確認を取る。

 

「海があるんだ」

「……海、ね。マーリンは海に行きたいのか?」

「別に……森を出られたと実感したいだけだよ」

 

 それ以上の理由はない、とマエルは思っていたのだがマーリンは「道中に砂漠がある。そこには多分、私の胴体があるんだ」と言った。

 

「それがあれば、私も外に出られるだろ」

「足はないのに?」

「うるさい。お前が運べば良いんだ」

 

 はいはい、とマエルは適当な返事をした。

 

「マエル」

「うん?」

「……私の身体が戻るまで死ぬなよ」

「言われなくたってな。俺だって長生きしたいさ」

「こんな生き方を選んでおいてか」

 

 常に誰かに追われるという休まらない生き方だ。

 

「……ちょっとでも後悔しない生き方をしたかっただけだから」

 

 彼はこれがマシな生き方であると、信じているのだ。

 

「よし、行こうか。西に」

 

 エルフのマエル、彼は歴史上でも最悪の悪党として語り継がれる事になる。

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