第2話


ドレスというより、おめかし用の華やかなワンピースを作ることにして、生地や色を決めていく。


行きつけのブティックに伝統的な既製デザイン形があるので、それに色々と付け足す。このアレンジこそが個性。この世界、おそらくありとあらゆるデザインは出尽くしていて、どれも色や形を少し変えて流行るだけだ。


だからこそ、どんな色でどんな生地で、どんなリボンや飾りで表現するかに個性が出て、人のドレスを見るのも楽しい。


じわじわと成長で変化していく体型に合わせて、少しだけゆとりを持たせて作ることにして、着られなくなったら生地を再利用してポーチやバッグに変えてもらうつもり。


園遊会の前日に出来上がったドレスは、スカートの片側にだけ緑のレースと黄色と白と黒のパターンの布を交互に重ねてフリルにし、詰め襟でトラディショナルな形のワンピース。フリル部分を取り外せば、普段着に使える。色は目立たない紺色にした。


「お母さま!私このワンピースがとても好き」


「そうね、よく似合っているし素敵」


「明日の園遊会が楽しみになってきた」


「みんなと久しぶりに会うものね」


ワンピースを大事にしまい、それに合う靴とバッグを決めたら、後は明日早起きするだけ。


「あの子、来るかな?」


「アッシャーのことかしら」


「うん、そんな名前だった気がする」


「さあ、どうかしらね」


「明日会えたら、あのときのことを謝る」


「そう」


「うん」


「会えるといいわね」


□  □


ぐっすり寝て、朝から入念に支度をし、園遊会へと向かう。


久しぶりに来た城は少し古くなったような印象を受けるけれど、記憶のまま特別な場所のような気がした。


回廊を進み、母の知り合いがいるたびに挨拶をしたりして時間をかけてゆっくり奥へと進んでいく。


少し曇った空の下、あちこちに設けられたテーブルや席。昔のようについついピクニックシートを探してしまう。


あの頃の私たちと同じような年頃の子供たちがおやつを食べたり、走り回ったりしているのを見て、なんだか楽しい気分になった。

しばらく会っていない同年代の園遊会仲間だけれど、数人は同じ学園に通ったり、親戚だったりして繋がりは切れていない。


女子グループを見かけ、思わず凝視して知り合いを探すもわからず、通り過ぎる。


そこで母の友達と出会い、お互いに話が弾みだした。


頃合いを見て、その場から失礼する。

知り合いが見つけられないなら、それでもいいか。


カウンターで飲み物を注文して受け取り、日陰の小さい席に1人で座る。

お城で作られたカフェオレはとても美味しくて、おかわりしようと決めた。


周りを見渡すと、女子グループと男子グループに分かれていて、お互いに意識しているようにチラチラと視線を交わしているのに、交わることはない。


私とケヴィンのようなものかな。

客観的に見ているとなんとも歯がゆいような、納得するような相反する気持ちがこみ上げてきた。


1人でつい口元が緩んでしまうのを隠すためにしばらく下を向く。にやにやしていたら気持ち悪いよね。


にやにやがおさまって、顔を上げると男子が1人立っていた。


知り合いだったかな?と顔見つめていると、プイっと顔を背けてしまう。そのくせその場からは動かない。


「えーっと・・ごめんなさい。私のことを知っているのかな?」


そう尋ねると


「・・知ってる」


ぶっきらぼうな返事が返ってきた。


「お名前を教えてもらっても?」


「・・・アッシャー」


「あなたがアッシャーなのね!今日あなたに会えたら謝ろうと思っていたの」

思わず立ち上がる。


「謝る?」


「昔のことになるけど、あの時は失礼なことを言ってごめんなさい」


「きっ、君が謝る必要なんてない」


「でも・・生意気だったし」


「生意気だったのは俺のほう」


「ふふ。そうね、お互いに生意気だったかも」


似たような性格だからぶつかったのかもしれないし。そんな風に思う。


「じゃあ、許してくれる?」


「い、いや・・許してもらうのは俺のほうで」


「んー・・じゃあ!一緒にお茶でも飲みましょう?」


「あ、ああ」


「これ、すごく美味しいの。おかわりしようと思っていたから、良かったらあなたの分も取ってくる」


「いや、俺が」


「大丈夫!しばらく座っていたから少し動きたいし。あなたはこの席をキープしておいて」


「いや、困る。レディにそんなことをさせられない」


「あら」


「ん?」


「ずいぶんと古風な考え方だなと思って」


「・・・そうかな」


「んー・・私はどっちでもいいけど、今は本当に少し立ち上がって体を動かしたい気分だったの」


「そうか」


「ええ。だから私に行かせてもらえると嬉しい」


「いやでもそれだと失礼になってしまう」


「いやだから!失礼じゃないって言ってるんだってば」


「それだと俺の気が済まない」


「それならまだ納得できるわ。うん。レディに失礼だの言われるとすごく古くて気分が悪いけど」


「どういうこと?」


「なんかこう世間体とか、こうすべきだからとかで動かれるとすごく気持ちが悪いけど、単にあなたが私に礼を尽くしたいっていう理由なら、私も意地を張る必要がないってこと」


「・・・」


「わからない?」


「・・・」


「まあいいわ。こんな私と一緒にお茶を飲みたくないでしょうし、これで失礼します」


「あ・・」


「何?」


「・・嫌じゃない」


「え?」


「飲み物は君が持ってきてくれていいし、話したい」


「!!」


あの『ブス!』と言ってきた子が、自分から折れて話したいって言うことに驚いた。


「なんだよ」


「んっ!えーっと・・・わかったわ。少し待ってて」


アッシャーは成長したのね。それに比べて私はどうだろう。相手の言い分が気に入らないからってストレートに不快だと伝え、立ち去ろうとさえしたわ。


これじゃ可愛くない。


ほんと、嫌になるぐらい可愛くない。


だからケヴィンにも避けられる様になったのかもしれない。ケヴィンのことはもういい。この先出会えるかもしれない大切な人に対して、もっと優しい自分でいたいなあ・・なんて思いながら飲み物を手にして席に戻った。


「はい」


「ありがとう」


「あの・・さっきはごめんね」


「いや、君が謝るようなことは何もない。改めて、自分が古い価値観に囚われていると思い知らされただけだから」


「確かにそうだとは思うけど、それを認められることがすごいと思う。私はなかなか気の強さとストレートな物言いが修正できてないことに気がついたの。だから、ごめんなさい」


「君の言葉は俺の心に真っ直ぐ伝わってくる」


「そう?」


「だから・・・変わらなくてもいい」


「ふふ。ありがとう」


ちゃんと変わるつもりでいるけれど、変わらなくていいと言ってもらえるのは想像以上に心が温かくなった。


「あの・・」


「うん?」


「あのとき大好きだったケヴィンとは今も?」


「仲は悪くないと思うけど、別に将来を約束していたわけではないし、最近は遊んでもらえないから卒業した」


「今は好きじゃない?」


「初恋のお葬式は済ませた」


「初恋のお葬式?!」


「ふふ。変だよね」


「どんなことをしたの?」


変に誤解されないようにありのままを伝えた。


「それですっきり心は片付いたのか?」


「うん。私にとって初恋って、恋愛っていうより愛着みたいなものだった気がする」


「・・・愛着じゃない」


「うん?」


「お、俺は愛着なんかじゃない!」


「あ、もちろん私以外の誰の大切な初恋を愛着の一言で済ませるつもりなんてないよ」


「久しぶりに会えてやっぱり君に惹きつけられたし、記憶のままで今日だってすぐに見つけたし、あの時は『もらってやる』なんてことしか言えなかったけど、俺なりにずっと変わろうとしてきて、それで・・」


「わ、私の話?」


「そうだよ?!君以外の話はしていない。ずっと変わらず好きなんだ!」


「・・ありがとう」


私の何が一体そんなに好きなのか不思議でしょうがないけれど、好きだと言ってもらえるのが嬉しくて、心からありがとうと言えた。


「なんか・・・照れるね」


ありがとうとお礼を伝えた後、どうしたらいいのかわからず、ただなんとなく恥ずかしくて出た言葉がこれ。


お母さま!私はお母さまのようなレディには程遠いようです。


つい大げさに心の中で叫んでしまった。


「結婚を視野に交際してほしい!」


「えっ??」


「ダメかな?」


「いやなんか・・結婚ってすごいね」


「ダメかな?」


「ダメとかそういうのじゃなくて、単にわからない」


「どうしても無理なら解消してもいいから、婚約だけでもしよう」


「・・・」


「毎日は無理でもせめて月に1度は会って、それからデートして、あとはおそろいのアクセサリーをつけて」


「いや無理!!」


「なんで?!」


「あなたの気持ちはわかった。でも、私・・・あなたのことを好きって言ったっけ?」


「言ってない。大丈夫」


「え、何が?」


「君の分、俺が君を好きだからカバーできる」


「カバーできるもの??」


「少しずつでも好きになってくれるように頑張るから」


「片方の頑張りだけで人の気持ちってどうにかなるものじゃないと思う」


「それでも!」


「お、落ち着いて。そうだね、今の私には好きな人はいない。でもあなたと婚約できるほどの愛情も何も持ってない」


「だから」


「はい、とりあえず聞いてね」


「う」


「婚約はできないけど、たまに会って遊びましょう?」


「遊ぶ?」


「お話したり、ご飯食べたり」


「でもそれじゃ」


「私もあなたも、他に好きな人ができたりできそうになったりしたら報告し合うことにして、お互いに誠実でお互いに縛り付けない」


「・・・」


「あなただって、これから私より大切な人に出会うかもしれないし」


「ない」


「まあまあまあ。んーと・・そうやって会うだけでも、今までよりはかなり良いかもしれないでしょう?」


「それは・・」


「お互いのことをもっと知ることから始めましょうよ」


「・・・うん」


「返事と顔が一致してないね」


返事は柔らかく、顔は硬い。


この数年、もしかして私のことを想い続けてくれていたとして。

そして、変わろうと努力を続けてくれていたとして。


だけど、私のことを確保したいという欲求を隠したり抑えたりするのは苦手なようで。


そのことがなんだかとても可笑しいと思ったけれど、笑い飛ばすなんて失礼で。

だからつい、口元は緩んでしまうけれど


「ありがとう」


心からこの言葉を伝えることができる。


私を好きになってくれて、私を好きでいてくれて、今日も私を見つけて側に来てくれて、変わろうと努力してくれて。


そこには幼くてもたくさんの愛がある気がして、本当に嬉しくなった。


「ねえねえ」


「うん?」


「今、観たい映画があるんだ」


「俺もある」


「じゃあ、せーので言ってみよう」


「わかった」


「せーの!」


「水虫の恋」

「たっ・・水虫の恋?」


「やった!一緒だね」


「い、や・・う、うん」


「水虫アドベンチャーの3D、できるだけ大きいスクリーンで観たいなあ」


「水虫を?!」


「うん!・・・あれ?」


「・・チケット用意させて」


「ダメだよ。そこはやっぱり二人で相談して決めようよ」


「あ、うん」


「映画の後はコラボカフェに行こう!」


「み、水虫コラボ・・」


なんだかボソボソと言っているけれど、一応全部聞こえている。


たぶん水虫の恋なんて映画、知らないんだろうな。


私も知らないもの。


今度会うのが楽しみ。


二人は知らない。こうやってアメリアがアッシャーの古いものを壊していくことを。


必死でアメリアのために変わろうとしていくアッシャーが、こんなにもアメリアを楽しく満たしていくことを。


□  □ 


数年後


「ねえ、今度は『水虫が旅に出たら』を観たいなあ」


「水虫は旅に出まくってるんじゃないのか?」


「うーん・・旅に出たいと思って出てるんじゃなくて、単に気がついたら他所の足に居て増えちゃった、って感じかも?」


「じゃあ、自発的に旅に出る映画なのか」


「そうなるね」


「土曜に行こうか」


「公開は来月なんだよね」


「ほんとにあるのか」


「なんか言った?」


「いや。じゃあ来月行こう」


「その日はお泊りできちゃうよー」


「え?」


「ね」


「え?」


「ね」


「もう1回言って」


「うーん・・やだ」


片方の頬を膨らませて窓の外を向くアメリアの頬を、テーブル越しに両手で挟む。


「アメリア」


「なに」


「どこからどこまでが冗談?」


「最初から最後まで本気」


お互いにどこか不安そうな目が合う。


「大丈夫。水虫の映画はもう制作済みだから」


「え」


「制作期間3ヶ月」


「作ったの?」


「力作」


だから。初めて一緒に泊まろうって言ったのも、冗談なんかじゃないんだよ。


そんな風に思いながらアッシャーの目を見つめると。


「婚約してくれる?」


そう真剣に訊かれた。


「ふふ。そこは変わらないんだね」


思わず笑った私の頬をほんの少し抓るように、でも優しく掴んで


「婚約してくれなきゃ映画も観ない」


なんて言われた。


3ヶ月もかけた力作なのに。


「・・わかったわよ」


「じゃあこれ」


何かが絶対に入っているであろうジュエリーボックスを差し出された。


「え、なにこれ怖い」


「怖がるようなものじゃない」


「・・本当に?」


「うん」


「家に伝わる家宝の指輪だとか、母から渡された未来の嫁に渡す宝石だとかじゃない?」


「だ、大丈夫」


「・・・裏に名前が刻んである呪いと誓約のジュエリーとかでもない?」


「・・大丈夫」


「ちょっと口が引きつったように見えたけど」


「少し迷った」


「何を」


「名前入れるの」


「そういうことね」


「うん」


「あ、開けるわよ?」


「うん」


指輪のケースにしては少し大きいような気がするそれを、恐る恐る開けた。


「!!」


「どう・・かな」


「これ」


「デザインしてみたんだ」


取り出してみたそれは、落ち着いたプラチナカラーの


「水虫」


初めて行こうと誘った嘘の映画。それを後で「水虫くんはこんな姿でね。好きな子に胞子の花束にしてプレゼントするの」とイラストにして、それを二人で「移る」「移っちゃうのよねー」なんて笑ったあのイラストの


「水虫くん。ほら、ブローチとしても指輪としても使えるよ。本当は半分に割ってそれぞれ持っていられるようにして、君のには僕の言葉を、僕のには君の言葉を刻もうと思ったんだけど。やめといて良かった」


「ふ」


「・・・?」


「ふふふ」


「可笑しい?気に入らない?」


「・・最高!!」


嬉しくてつい、席を移動して抱きついてしまう。


「アメリア?」


「あのね。これを覚えていてくれて、それをこんなふうに渡そうと準備してくれて。家宝なんて嫌だ、名入れも嫌だと我儘を言うであろう私のために、入れたい文字も我慢してくれて、本当に嬉しい」


「婚約成立でいい?」


「うん」


「本当の本当に?」


「約束する。私を好きでいてくれてありがとう。私もあなたにいっぱい愛を返す」


「う、うう」


「泣いてるの?」


「泣いてない」


「じゃあその瞳がキラキラしたまま、キスをして」


「え!?」


「だって、誰もいないよ?」


「うん」


「個室だよ?ここ」


「う、うん」


「10、9、8、7」


「え?え?」


「6!」


「え?!」


「ごー」


「あ、」


「よーん」


「初めてはロマンチックにって思ってたのに!」


「さーーん」


ちゅ♡


焦ってぶつかるように急いだキスは、唇の端っこ。


アッシャーらしくて心に残る。


「初めてがロマンチックじゃないとダメだなんて、そんなの誰が決めたの?」


「女の子ってそういうものかなって」


「私も「そういうもの」かな?」


「・・違うね。また固定概念だった」


「うん。最高の思い出になったよ」


「そう、そうか」


「うん」


ギュッと抱きしめられて思う。


家の方針で、まだまだアッシャーにはたくさんの概念があるのかもしれないけれど、私といればきっと大丈夫。


全部ぶち壊して新しい幸せの形になっていく。


アッシャーの腕の中で少し悪い顔で笑う私の頬に、アッシャーの心臓の音が太鼓叩いてるみたいに響いてきた。


幸せの形って、自分たちで作るものでしょう?

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ツンツン男子は愛で育つ・・かも ブリージー・ベル @breezy-bell

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