ツンツン男子は愛で育つ・・かも
ブリージー・ベル
第1話
四季が穏やかで平和な星。国同士で争うって何?なんて笑い合うことのできる、のどかな世界のとある国のお話。
おとぎ話のように残った貴族という身分。
「由緒ある家なのですね」
「あなたの家は先代が事業を興しそれをさらに拡大して、国民の生活を便利にするものをたくさん生み出しているではありませんか。我が家は細々と農園を営んでいて、華やかなことは何もなく真面目だけが取り柄です。古いだけの家名などなんの価値もありません」
こういう会話を本音でかわせる世界。血統や家柄、なにそれ美味しいの?
貧富の差はあれど、身分によって不自由なことが発生することはない。
誰だって好きな人と結婚できるし、誰だって豊かになるチャンスがある。ただ、好きな人に同じ好きを返してもらえるか、物質的に豊かでも心は豊かになるかは別として。
そんな恵まれた世界でも、肌の色や、家系などの優劣にこだわり続ける人もいる。自分たちが「優れている」もしくは「劣っている」ことに固執する人というのはどんなに平和でも存在している。
王家の人でさえ、一般人と恋に落ちて家庭を築いているのに。
そんな頑なな人たちが手放さずに続けていくこの園遊会という伝統。そんなに頑なにならなくてもと生温かい目で見つつ、優しさから中立的に参加する人が多い伝統でもある。
高貴な身分同士で婚姻すべしと参加させる家は少なく、ほとんどの家がのんびり昔の文化を楽しもうと着飾って楽しむ。
由緒正しい家だろうと参加しなくてもい良いし、功績はあるが歴史は浅い会社経営者も招待されている。
大人は満開を迎えた花木の下に並べられたテーブルで談笑し、暑くなれば室内へと移動。子供たちは外でピクニックシートの上でおやつを食べたり、虫を探したり。
思春期の複雑なお年頃の少年少女はお互いを意識しながら、少し離れて集っている。
自分たちも通った青い道を今は懐かしい思いで眺める大人。
そんな和やかで楽しい園遊会。広大な敷地の隅に広げられた緑とピンクのタータンチェックのラグシートの上に、数名の子どもたちがいた。
「俺がお前をもらってやってもいいぞ」
「お断りしましゅ!」
偉そうにもらってやってもいいぞと言ったのが件の『家柄に拘る』家、ベネディクト家の長男アッシャー。
きっぱりと断ったのが由緒あるダンリ伯爵家のアメリア。
どちらも成長が楽しみな顔立ちに、ぷっくりした頬が可愛らしいお年頃。
「私はケヴィンと結婚するのでしゅ」
舌っ足らずな可愛らしい声と喋り方で、しっかり強めに宣言した。
「なんだと!?」
「そんなふうにしゅぐに怒るような人はお好きではありませんでございましゅ!」
この1週間、姉と母と特訓したお上品な言葉をここぞとばかりに披露できて、内心ではワクワクしながら胸を張っている小さなレディ。
なんだか私、お話の中のお姫様みたい。でもこんな偉そうな王子様は嫌。ケヴィンは幼馴染で、ぽっちゃりしていて抱きつくとふわふわで、いつも優しい私の王子様だもん。
「そいつを連れてこい!」
「ここにはいないでございましゅの!」
「じゃあ、そいつを見つけて殴ってやる」
「大嫌い!消えて!ケヴィンをいじめたら私があなたをお仕置きしましゅなの!」
「な、なんだと」
「誰だか知りませんでございましゅけど、私とケヴィンを邪魔しゅるのなら、私に蹴られた後に石に頭ぶつけてしまうかもでいっぱい痛くてしゅっごく大変な目にあいましゅのことよ!」
「ぐぅ」
なんだかとてもひどいことを言われた気がするけれど、言い返す言葉が浮かばず唸るアッシャー。
大きな声で喧嘩していたために、大人が数人やってきた。
「アメリア、どうしたの?」
「お母しゃま!この意地悪な子が私とケヴィンの邪魔しゅる!」
「お前たち、何があったんだ?」
周りの子達の親がそれぞれ尋ねる。
「あのねー、あの男の子がアメリアと結婚したいんだって」
「アメリアが断ったのー」
「そしたら怒って」
「アメリアはケヴィンが好きなんだって」
ああ、そういうことかと親たちは困った反面、微笑ましいとも感じてみんなで顔を合わせる。
怒りでぷるぷると震えるアッシャーが
「もういい!お前なんかもらってやらない。ブス!」
そう捨て台詞を吐いてダスダスと足音を立てて去っていく。
「あらまあ」
「お母さま、私・・・ブシュなの?ブシュってなに?」うるうると涙目になるアメリアに
「こんなに可愛らしい子にブスなんてね」
「あなたはとびきり可愛いわよ」
「アメリアは私の可愛い娘よ」
「大丈夫よ、あなたは今も可愛らしいし、大人になってもきっと可愛いわ」
口々に大人が慰めてくれて、
「良かった」と涙も乾く。
それを見ていたアメリアの母であるルリミアが
「あなたはとても可愛らしいけれど、ブスと言われたからってブスがダメなことのように思わないでね。大事なのは見た目の美醜ではなく、心がブスか美しいかよ」
「私、心はブシュ?」
「ううん。でもそうならないように気をつけて生きることが大事なの」
「わかった!気をつける!」
「では、今みたいに誰かにひどい言葉をぶつけられても、ちゃんと愛の部分、美しい部分を受け取れるようにしましょうね」
「あい?部分?」
「そうね・・・さっきの男の子。あの子はきっとアメリアのことを可愛いって思ってくれたわ。これは愛情よね?」
「うん」
「でもアメリアはあの子の好きに応えられなかった」
「うん!ケヴィンのほうがしゅきだもん」
「そうね。それは仕方がないこと。だけどあの子は傷ついたの」
「ごめんなさいなの?」
「ううん。あなたは何も間違ってない。ただ、あの子はとても傷ついた。泣くことだけが傷ついた心の表現じゃないの。心が大きくなってないと、怒ったり悪口で表現しちゃうこともあるのよ」
「やっぱりごめんなさいなの?」
「ふふ。あなたはとても素直で優しい子ね。悪口を言われたり、怒ってきたりされても、怒り返さずに汚い言葉はさらっと流して、傷ついちゃったのかなあ?って思うぐらいでいいのよ」
「うん?」
「少しずつ、相手ができるだけ傷つかずに済むような言葉や態度ができるように工夫しましょうね」
「工夫?」
「そうね・・・誰かに好きになってもらうのはとても嬉しいし素敵なことよね?」
「うん!ケヴィンが私のことを好きなら嬉しい」
「その嬉しい部分はちゃんと受け取って、それでも『あなたの気持ちには応えられない』を伝えなきゃならないの」
「うーん・・?」
「また一緒に考えてみましょうね」
「はい!わかりましたです」
このやりとりを見ていた子供達は真剣な表情で。親たちはなんだかとても優しい気持ちになって微笑んだ。
応えられない好意を、どこか罪悪感を持ちつつ断るのは違うと、適齢期には毎日のように求婚されたルリミアは思っている。断っても断っても相手の気持ちに相当する愛情を返せないことが辛くてしょうがないときもあった。
その結果、好意に感謝をしてから毅然と断るという技を習得したのだ。これは口で説明しても伝わりにくく、アメリアなりの方法を掴んでほしいと思っているので、その都度丁寧にアドバイスだけすると決めている。
ただ1人、愛する人から愛を返してもらえば人生がきらめく。誰とも付き合うことがなくても、家族や友人、ペットや自然からの愛を感じていれば満たされていく。
そんな風に思うけれど、自分の価値観を押し付けて、せっかくのアメリアの世界に母としての色、アメリアが必要としない色を塗りたくない。
「さあ、難しい話はおしまい」
軽くパン!と顔の前で手を合わせ、
「アメリアはまだ遊びたい?それとも帰りたい?」
「うーん・・・ケヴィンに会いに行きたい!」
「そうね。じゃあ寄って帰りましょう?連絡しておくわ」
「うん!」
母の手を取り、少し引っ張るようにして庭を進んでいく。
「あら。可愛いレディはみなさんに別れの挨拶をしたかしら?」
「あ!忘れたなの」
くるりと振り返り、一生懸命覚えたカーテシーを誰に向けてではなく、その場で披露した。
少し遠くなったタータンチェックのラグにいた大人も子供もこちらを見ていたので、母も会釈をしておく。
「これで良し」
小さい花がたくさん開いたような華やかさをまとい、弾むように歩くアメリアはきっとケヴィンのことでも考えているのだろう。
クロークで上着を返してもらっている間に、柱の後ろの小さな影を見つけたルリミアが
「お父さまと先に車に乗っていてちょうだい」
とアメリアに声をかけて見送り、そっと柱の後ろを覗いて見ると、俯いてじっとしているアッシャーがいた。
「アメリアがごめんね」
そう声をかけるとビクッとしてから、真っ赤になった目を向ける。
「あなたたちはこれから何度でもチャンスがあるの。別の人を好きになるチャンスも、アメリアに何度でも告白するチャンスもね」
「・・・」
「今日の『アメリアをもらってやる』という気持ちをありがとう」
そう言ってアッシャーの頭をポンポンと撫でてから立ち去った。
悔しくてしょうがなかったアッシャーの頭の中に、何かはわからない種が落ちてきた気がする。
何の種なのかはわからなかったけれど。もう涙は出てこなかった。
□ □
月日は流れ、アメリアは11歳になった。最近は無性にイライラしたり、ケヴィンがかまってくれなくて悲しかったりして、情緒が忙しい。
「しょうがないのよ。体がどんどん変わっていく年齢だから、成長に大事な物質が体でたくさん作られていて、それがイライラの原因になることがほとんどよ。・・でも、今の時期に気をつけるのなら、他人の気持ちや都合をコントロールしようとしないってことかしら」
腕組みをして、片方の手のひらを頰に当てて困ったように微笑むお母さま。
「コントロール?」
コントロールなんてしようと思ってないけどなあとアメリアは思う。
「ええ。例えば、ケヴィンにもっと優しくしてほしいと思うのだってコントロールとも言えるわ」
「なんで!?そんなの願望で無理強いなんてしてないのに!」
「まず、他人の気持ちは自分の思い通りになんてならないとしっかり認識することね」
「う・・ん。それはだって・・ちっとも相手してくれないし、優しくもないし。お願いしたことならあるけど」
「あなたが優しいと感じるものと、ケヴィンが優しくしているつもりでいることや行動が違うのは理解できる?」
「うーん・・・はい」
「そうねえ・・例えばあなたがとびっきり甘く優しくしてほしいのなら、ケヴィンじゃ無理なこともあるのよ」
「ええーー!」
「難しいわよね。でも、それが成長だし青春よね、うんうん」
何が楽しいのか、ニコニコしながら去っていってしまった。
「ケヴィンは私の王子様じゃないってこと?」
そう呟いてみると、ケヴィンじゃないと嫌!っていう気持ちはいつの間にか薄くなっていることに気がつく。
「初恋って期間限定だったりして」
まあいいか。とにかく今は自分があれこれと悩むことが多く、余裕がないし。
ケヴィンはいつの間にか男の子達としか遊ばなくなり、ふわふわしていた体は引き締まってしまい、昔のように優しい印象ではなくなってしまった。
「初恋のお葬式しちゃう?」
ずーっと握りしめてきた想いは、何か手放す儀式でもないと報われないのではないかと思ったけど、さすがにこの年齢になると他人の目というものを意識するようになっている。
コソコソと庭の片隅で黒い服を着て、思い出の品を埋めていたら何かの呪いの儀式かと疑われそうだし、そんなことをしている自分もちょっと気持ち悪い。
なので、ケヴィンとの思い出の品をすべて破棄してしまうことにした。
二人で集めた四葉のクローバーも、誕生日にもらったぬいぐるみも、全部捨てるのだ。
そう思いついたら、なんだかすぐに行動したくなって、部屋のあちこちにある思い出の品を全て探し出して集めることにした。
あれも、これもと2日かけて大きなバスケットに放り込んでいく。
物に罪はない。思い出の品でも大切に使ってきたものはやはり簡単には捨てられそうにない。まだ使えるペンやハンカチなどは使えなくなるまで使うとして、それ以外のものは思い切って捨てる。
本当は全部捨てたかった。だけど、思い出は自分の一部であるように、物質も今の自分とともにある。
「捨てることにこだわりすぎるのも逆に執着かもしれないし」
自由な母に育ててもらっているおかげあって、自然と柔軟な考え方ができている。そのことに気がついているのは家族と友人だけで、本人は全く理解していない。
広い庭で燃やせるものは燃やし、寄付できるものはまとめて箱にしまう。
ぬいぐるみや一緒に読んだ絵本は全て箱に入れた。
全て自室から消えた後に戻ると、なんだか部屋がすっきりピカピカになった気がしてワクワクする。嬉しくなって、お母さまを探す。
「というわけでいっぱい空きもできて掃除もして、ピカピカなの」
「そう、じゃあまた新しい思い出を作りましょうね」
「うん」
「そろそろ園遊会だけど、今年は参加してみる?」
「うん」
「じゃあ服のデザインを一緒に考えてみましょうか」
「うん!」
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