ゾンビーチク

惣山沙樹

ゾンビーチク

 世界は混沌を極めていた。

 人々が突如ゾンビ化、みるみる内にその数を増やし、ゾンビだらけになってしまったのである。

 枚方に住む広告代理店勤務の杏奈あんなは、自分のマンションの一室に立てこもり、不安な日々を過ごしていた。


 ――もうすぐ食料が尽きてまう。どうしたらええんよ。


 杏奈はネットでゾンビの情報を得ていた。ゾンビといえば頭部を潰すのがお約束である。しかし、今回のゾンビは頭部を破壊してもなお襲ってくるのだ。


 ――私もゾンビになってしまうんやろか。


 ぽたり、と杏奈の涙がこぼれたその時だった。


「ウォォォォォ!」


 唸り声が響き、ドンドンドン、とマンションの窓ガラスが叩かれた。杏奈は声にならない悲鳴をあげ、クローゼットの中に閉じこもった。ゾンビの来襲である!


「ウガァ……!」


 ゾンビは力任せに窓ガラスを破ると家に侵入! 杏奈が身を隠すクローゼットに近付いていった!


 ――あかん。私、もうあかん。


 杏奈が諦めかけたその時だった。

 ドン! ドン!

 二発の銃声だ!


「えっ……」


 おそるおそる杏奈がクローゼットの扉を開けると、うつ伏せになり動かなくなったゾンビの姿と……一人の渋い初老の男性の姿があった。


「ねえちゃん、大丈夫か」

「は、はい……!」


 男性は達雄たつおと名乗った。彼がゾンビを撃ち殺したらしい。


「でも……なんで? このゾンビは弱点がないんと違うん?」

「弱点はあるで。乳首や」

「乳首……?」

「せや。俺は乳首を的確に撃ち抜くことができる。ニップル・ショットや」


 達雄は動かなくなったゾンビを足で蹴って転がした。確かに乳首が破壊されていた。


「ねえちゃん、名前は」

「あ、杏奈」

「べっぴんさんにぴったりの名前やな。ええで、杏奈。着いてきぃ」

「達雄さん……!」


 達雄は杏奈を守りながら、荒れ果てた市街地を進んだ。達雄は一軒の空き家に入り、杏奈にカップ麺をふるまった。


「うっうっうっ……生きて食べるご飯……美味しいですぅ……」

「杏奈には見込みがある。ニップル・ショットの極意。授けたろうか?」

「私で……私でええんですか?」


 その日から杏奈は達雄の弟子になった。ゾンビの二つの急所。そこを的確に狙い撃つ訓練を始めたのだ。

 訓練は長く厳しかった。しかし、杏奈はニップル・ショットをマスターした。


「達雄さん、今度は私がゾンビから人々を守ります!」

「よう言うた。今の杏奈やったら大丈夫や」


 ポンポン、と達雄は杏奈の頭を撫でた。それは、祖父が孫娘にするようなものではあったが……杏奈の胸中は違った。

 恋である。


 ――私の命があるんは達雄さんのおかげ。ずっと、ずっと着いていきますから……。


 静かな夜だった。二人とも油断しきって熟睡していたその時!


「グァァァァァ!」


 何体ものゾンビが二人を襲った!

 達雄の動きは早かった!

 銃を握ったまま眠っていたのである!

 ドン、ドン、ドン、ドン!

 立て続けにニップル・ショット!


「危ない! 達雄さん!」


 杏奈は絶叫をあげた!

 達雄の死角から、一体のゾンビが飛び出してきて、達雄の肩に噛みついた!

 ドン! ドン!

 ニップル・ショットを撃ったのは杏奈だった!

 達雄を襲ったゾンビは動かなくなった。杏奈は達雄にすがりついた。


「達雄さん……!」

「見事なニップル・ショットやった……実戦で使えるて証明できたなぁ……俺はもうあかん……約束、守れるな、杏奈……」

「はい……はい……私が人々を守ります!」

「ええ子や……」


 達雄は自らの乳首に銃口をあてた!

 ドンッ!

 ドンッ!


「達雄さんっ……!」


 そう、達雄は自らの意識を保てている内に自死を選んだのである。


 ――泣いてなんていられない。


 杏奈は達雄の手から銃を抜き取り、腰にさした。そして、師であり愛した男の骸を背に、歩き出した。

 夜明けはまだ遠い。

 しかし、ニップル・ショットを極めた女が立ち上がったのだ。

 人類は、まだ希望を捨ててはいけない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ゾンビーチク 惣山沙樹 @saki-souyama

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ