えげつない戦法で蹂躙するモブ量産機乗り

聖家ヒロ

第1話 INVOKE その①



 戦争に英雄ヒーローはいない。



 仮に英雄を気取った兵士がいたとしたら、そいつはやがて消える。



 だって戦場は、ヒーローのように勝ち星をあげて、みんなからチヤホヤされるような生温いところでは無いからだ。




 紺碧の宇宙そらを駆けるは、数十メートルの巨体を誇る人型兵器――〈ゲイズチェイサ〉。


 薄い紺色の装甲を纏い、フルフェイスを被ったような頭部を持つスリムなフォルムと鮮やかな翡翠色のバイザータイプの複眼から、洗練された軍人らしさを醸し出す機体。

 

 初の実戦投入以降、数多の機種が造られてきた〈ゲイズチェイサ〉であるが、この機体は極めて最近造られたもの。


 ”ウィルペイン”――それが、宇宙を駆ける漆黒の兵士に与えられた名だ。



 機体が駆ける宙域には、デブリも宇宙ゴミも見当たらない開けた空間。

 ビームサーベルを振っても引っかからず、ビームライフルを撃っても、盾になるものはないからよく当たる。


 だが――こちらのリスクも増大する。



 ”ウィルペイン”のコックピット内で、額に汗を滲ませる女がいた。

 ヘルメットのバイザー奥にある顔は、軍人には似合わない可憐なものであり、きりりと尖らせた真紅の瞳を執拗に忍ばせている。


 

 ”自由連盟軍”第六十七機動隊所属。

 名はシズ・アノニマス。二十五歳という若さにして、大尉の階級を持つエリートパイロットだ。


 此度の彼女が受けた任務は、敵軍である地球人の集まり――”アーク機構”によって奪われてしまったコロニーの奪還――のために必要な前線の分散。


 事前の情報では、敵はかなりの物量を持っていたという話を聞いた。

 だが、数分経って一度も接敵がない。

 全天周囲モニターという、索敵に優れたコックピットで敵の姿すら伺えない。

 


「こちらα1……敵性反応なし」

『オペレーター了解。引き続き警戒しつつ、指定ポイントまで前進してください』



 彼女の視線に追随するよう、”ウィルペイン”の頭部も細やかな可動を見せた。

 焦燥に駆られようとも、彼女は冷静さを保とうと努力した。冷静さを欠いたら、こういう戦場では命取りになる。


 スラスター出力を抑えつつ、宇宙を駆る。


 彼女の顔が苦渋で歪んでいたのは、降りかかる微かなGによるものではなく、いつどこからか敵に襲われるか知れない極度の緊張からだ。


 宇宙塵の影響で、無線機やレーダーはあまり役に立たない。

 だからこそ――〈ゲイズチェイサ〉という、有視界戦闘において最適な機動兵器が必要なのだ。


 このD.Eデュアル・イラの世界では。


 

 レーダーが突如、切羽詰まった電子音をコックピット内に響かせる。



「来る……!!」



 彼女の後ろ側で、一縷の閃光が走った。


 視線を動かすことなく、シズは”ウィルペイン”を繰る。


 

 ”ウィルペイン”を捉えていた一筋の光条。彼女はそれを、機体そのものをぐるりと宙返りさせることで回避。

 体勢の立て直しと同時に、牽制のビームライフルを放つ。



 バイザー複眼が捉えたのは、三機の〈ゲイズチェイサ〉。

 

 ”ウィルペイン”よりもずんぐりとした、重武装の陸兵を思わせる機体。白銀の装甲を持ち、ヘルメットを被ったように見える頭部にはレールによって可動する真紅のモノアイが潜んでいる。



 ”シュペルヴォグ”――衰退した”アーク機構”軍が新たに開発した、次世代量産機。



 三機の”シュペルヴォグ”は、巧みなフォーメーションでシズを翻弄しながら、ビームライフルによる包囲網を形成。

 ”ウィルペイン”もビームを照射するも、無論その物量は敵には劣っていた。


 ”ウィルペイン”のマニピュレーターが、肩アーマーに向けられる。

 肩アーマーが割れたように展開され、中から飛び出た三角形の武装――ビームブーメランを勢いよく抜く。


 投げ放たれたそれは、鮮やかな円となりながら敵へと突っ込んでゆく。


 しかし、見え見えの攻撃に当たる程、三機とも素人ではなかった。


 

 三機の”シュペルヴォグ”のうち、先頭に立っていた一機がスラスターを爆ぜさせる。

 最中に抜き取った斧型兵装――ビームトマホークを力任せに振り下ろす。


 ”ウィルペイン”のビームサーベルが、放たれた斬撃を容易く受け止めた。

 狂う程に湧き出る粒子が宇宙そらへと還っては、また鮮やかな残像を残す。


 トマホークを弾き返し、”ウィルペイン”はその懐へ足蹴を叩き込んだ。


 続いて襲い来る二機目のトマホークを、ビームサーベルを逆手持ちに切り替えることで防ぎ、死角から奇襲を仕掛けた三機目には二本目で応戦。


 その二機を凌ぎ、初めの一機目が負けじと接近戦を仕掛けるも、目にも留まらぬサーベル二連撃がそれを阻止した。


 三体一……とは、到底思えない一側の優勢具合だった。



『クッソォッ!! こいつエースか!?』

『地球人風情が!!』



 彼らの悪態も、シズの耳には届かない。


 接近戦では叶わぬと悟った三機は、すかさず距離を取る。

 蜘蛛の糸のように絡み合う光条が”ウィルペイン”を翻弄する。


 ――しかし、彼女は至って冷静に、片腕でコンソールを精密に操作していた。



『なんだコイツ……!!』



 ”シュペルヴォグ”らの正面に立つよう――言い換えるならばポジションを、”ウィルペイン”は必ず取っていた。

 そんな状況でも放たれるビームに一線足りとも当たらないのは、もはや狂気と言えた。



『クッソ……クソがクソが!! 舐めやがって、地球人がぁぁぁぁぁっ!!』



 叫ぶパイロット。

 そんな彼のコックピットに、赤熱した亀裂が入った。



『はっ……?』



 悲鳴を上げる間もなく爆散する”シュペルヴォグ”。爆炎を貫き、なおも軌道を描き続けるビームブーメランが現れる。


 ”ウィルペイン”の元へ戻るかと思われた。


 だが、”ウィルペイン”は高機動と共に姿を消した。恐ろしいほどの速さで。



『うっ……うわぁぁぁぁっッ!?』



 ビームブーメランが、背後で油断していた”シュペルヴォグ”を両断する。

 あっという間に出来上がった二機の亡骸を見据えた生き残りは、心胆さえも震え上がる。



『まさかこいつ……ずっと……ずっと……!?』



 手始めに放たれたビームブーメラン。

 あれは端から


 あの激しい攻防の最中、”ウィルペイン”のパイロットは量子通信によってブーメランを操作しつつ、位置を探っていた。




 確実に殺すために。




『――クッッソォォォォォォッ!!!!』



 トマホークを腹に添え、勇敢にも無謀にも立ち向かった”シュペルヴォグ”。


 振り下ろされたなけなしの一閃は、逆手持ちのサーベルにより防がれ、がら空きなったコックピットを、片方のサーベルで貫かれた。


 消滅するモノアイ。


 蹴り飛ばされた”シュペルヴォグ”は、間髪入れず爆散する。



 その場に残ったのは、爆炎に抱かれた翡翠の複眼を悪魔のそれかのように輝かせる、一機の〈ゲイズチェイサ〉だけだった。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

えげつない戦法で蹂躙するモブ量産機乗り 聖家ヒロ @Dinohiro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画