6 そして、しばらくの時が流れ……。


「……バームゲイルが死んだ」


 彼女は驚いた顔で言った。


「人間に殺されたようだ」

「たかが人間に、あいつが――?」

「奴は高位魔族の中でもかなりの猛者だったはず……」

「油断したのでしょうか」


 側近たちがざわめいた。


「いや、違う」


 彼女は首を横に振った。


「一瞬だが、すさまじい魔力を感知した」

「バームゲイルを超えるほどの、ですか?」

「それをたかが人間が?」

「あり得ませぬ。我らと人間では魔力量に絶対的な差があります」

「そう、人間と魔族の超えられない差が――」

「確かに種族による限界値の差異は存在する。だが、ごくまれに――限界の壁を軽々と踏破する『規格外』が生まれ出でる」


 彼女が全員を見回した。


 いずれも高位魔族だ。


「そやつが、そうだと?」

「ならば我らにとって脅威ですな」

「いや、そうとは限らない」


 彼女の口元に笑みが浮かんだ。


 彼女――【魔王】は実に楽しげな笑みを浮かべていた。


「むしろ、我らの力になるかもしれん。いずれ我らが人間界に侵攻する、そのときに――」




 ――後に『魔王大戦』と呼ばれる大戦争が起きるまで、あと一年を切っていた。


    ※


「よし、いい流れだ」


 俺は自室に戻り、ニヤリとした。


 高位魔族バームゲイルを倒したことで、主人公の覚醒イベントを潰すことができた。


 これで主人公は本来のゲームシナリオより弱体化するだろう。


 俺が殺される危険性もかなり減ったわけだ。


 それと同時に、俺の現時点での実力を理解した。


 魔王に次ぐ力を持つ高位魔族の一体――バームゲイルを瞬殺できるだけの力が、俺にはある。


 しかも、まだまだ伸びしろがあるはずだ。


 何せ俺が覚えた呪文の数はまだまだ少ない。


「もっとたくさんの呪文を覚えないとな……」


 攻撃魔法に防御魔法、バフやデバフなどなど。


 主人公の覚醒イベントを潰したくらいじゃ、まだまだ安心できない。


 俺の死亡フラグは一つ残らずへし折ってみせる。


 万全の状態で魔法学園入学を迎えるんだ。




 その後――。


 俺は地道に魔法書を読み、手持ちの呪文を増やしていった。


 天才の俺は一読するだけでほとんどの呪文を習得できる。


 読めば読むほど、俺が使える呪文の数は増えていった。


 そして、それを使いこなす練習に加え、体力や体術面でのトレーニングも怠らない。


 周囲の人間が俺を見る目も、明らかに変わっていった。


 今や俺は才能にかまけてまったく努力しない放蕩の貴族令息じゃない。


 己の才能に慢心することなく努力を惜しまない模範的な少年だ。


「最近、評判いいじゃない」


 俺が前世に目覚めてから――つまり努力を始めてから半年ほど経ったころ、マチルダが俺を訪ねてきた。


「評判?」

「ふふ、とぼけなくても耳に入ってるでしょ。あんたが生まれ変わったように努力を続けてるって……最初はいずれ元に戻ると思ってたけど、半年も続いているなら、さすがに本当に性根を入れ替えたのかな、って」


 マチルダが微笑む。


 ちなみに、この場には俺と彼女の二人きりだ。


 マチルダがキサラにも席を外すように言ったのだった。


 俺と二人で話したいらしいが……。


 一体、どんな話だろう。


「あたしね、あんたのことが嫌いだったの」

「まあ……そうだろうな」


 マチルダのストレートな告白に俺は苦笑した。


 ゲーム内のレイヴンは才能を鼻にかけ、堕落した生活を送っていた。


 攻撃的で、他人を傷つけてばかりで、自分より才能で劣るものを容赦なく打ちのめす。


 典型的な悪役だ。


 この世界の俺――前世の自我に目覚める前の俺のことだ――も周囲の人間につらく当たったりしたんだろうか。


 考えるだに恐ろしい。


 いちおう記憶を探ると、『俺』に目覚める前の行動もなんとなくは分かるんだけど、細かいことになるとさすがに覚えていないからな。


 そこに関しては、まあ割り切るしかないんだろう。


 俺が『俺』になる前、具体的にどんなことをしたかは分からないんだから――。


 せめて『俺』になって以降は、誰かを傷つけるような行動はとりたくないし、とるつもりもない。


「あと何か月かしたら魔法学園の同級生ね。今よりも会える機会は多くなるわ」

「ん、そういえばそうか……」

「……もうちょっと喜んだらどう? なかなか会えない婚約者と同級生になって一緒に学園生活できるのよ?」

「いや、だって婚約者って形式上だろ? マチルダだって、別に俺のことが好きってわけじゃないだろうし」

「…………」

「マチルダ?」

「……そうね。形式上ね」


 マチルダがいきなり無表情になった。


 ん?


 俺、間違ったこと言ってないよな?


 だってマチルダはゲーム内のヒロインで、ルートによっては主人公と結ばれるはずだぞ?


「あたし、帰る」

「マチルダ……?」

「じゃあね! レイヴンの馬鹿! 鈍感!」


 言うなり走り去っていく。


 なんで怒ってるんだ……?


「レイヴン様、追いかけてください!」


 キサラが叫んだ。


「えっ、どうして?」

「もうっ、鈍感すぎますよ!」


 キサラまで怒ってないか……?


 っていうか、マチルダもキサラも、なんで俺のことを鈍感呼ばわりするんだ?


 よく分からないけど、とりあえずマチルダを追いかけることにするか――。





****

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