7 変わり始めるシナリオ


「待ってくれ、マチルダ!」

「うるさい!」


 マチルダは俺の呼びかけにも答えず、どんどん先に走っていく。


 は、速い――。


 少なくとも単純な身体能力なら、彼女の方がかなり上だ。


「しょうがない――【フライト】」


 俺は飛行魔法で彼女を追いかけた。


 さすがに飛行魔法なら走る人間より圧倒的に速い。


 みるみる差が縮まっていく。


「――【ハイスピード・フライト】!」


 マチルダも飛行魔法を使った。


 ぐんっ!


 彼女は飛びながら一気に加速する。


 俺は通常の飛行魔法だけど、彼女が使っているのは高速飛行魔法だ。


 またもや差が開く。


「本当に意地っ張りだな……」


 俺は苦笑した。


 魔力を高める。


 ぐぐぐんっ!


 俺の飛行魔法は一気に数倍にスピードアップ。


 あっという間にマチルダに追いついた。


「えっ、嘘!? なんで通常飛行魔法で、あたしの高速飛行魔法に追いつけるのよ!?」

「魔力量なら誰にも負けないからな、俺は」


 飛行魔法の速度は術者の魔力量に依存する。


 だから俺がちょっとその気になれば、相手が高速飛行魔法を使っても簡単に追いつけてしまうのだ。


 俺の魔力量で発動した通常飛行魔法は、普通の魔術師が使う高速飛行魔法よりずっと速い――。


「……やっぱり天才よね、あんたって」


 マチルダがポツリとつぶやいた。


「それだけの才能があれば、努力しなくても何でもできちゃうでしょ? なのにあんたは努力を始めた……一体何があったの?」

「強くなりたい――そういう気持ちが芽生えた、としか言えないよ」


 俺は誤魔化し気味に言った。


「ただ、今までは漫然と過ごしていたけど、今は強さを求めることが俺の目標になったんだ。だから――」


 俺はマチルダを見つめる。


「今は腕を磨くこと。自分の力を高めること。それしか見えないんだ。だから気づかずに君を不快にさせるようなことを言ったなら、悪かった。ごめん」

「……別にもういいわよ。っていうか、本当にあんた……レイヴン? 絶対別人になってるよね」

「っ……!?」


 俺は思わず息を飲んだ。


「まるで中身が入れ替わったみたい」

「は、ははは、まさかぁ……」


 動揺しすぎて声が裏返ってしまった。


 落ち着け、俺。


 冷静に考えたら、『別人みたい』とか『中身が入れ替わったみたい』っていうのは単なる冗談だろう。


 とはいえ、実際にはそれは真実なわけで――。


 俺としては心臓がバクバクいっていた。


「あたしこそ……ごめんね、レイヴン。急に怒ったりして。別にあんたに不満はないから安心して」


 マチルダが微笑んだ。


「魔法学園で一緒に学べるのを……その、た、楽しみにしてる……から」


 急に頬を赤らめるマチルダ。


 案外照れ屋らしい。


 そういえば、ゲームでもツンデレキャラだったな、こいつ。


 もちろんデレる対象は俺じゃなく主人公なわけだが。


    ※


 マチルダは自宅に戻った後も、胸のドキドキが収まらなかった。


「嘘、あいつ……あんな奴だっけ? 本当に、まるで別人――」


 はあ、とため息をもらす。


 本当は、レイヴンのことが嫌いだった。


 婚約者であることが――いずれ彼と結婚しなければならないことが、嫌で嫌でたまらなかった。


 叶うなら、これから通う魔法学園で別の相手を見つけ、婚約を破談にしてしまいたい……とさえ思っていた。


 だが、今……彼女の心は大きく動いていた。


「才能はあるし、顔も格好いいし、おまけに努力家でひたむきで……」


 マチルダはまたため息をつく。


「婚約者……かぁ」


 嫌で嫌でたまらなかったはずなのに。


 今、レイヴンのことを考えると、胸の奥にときめきが芽生えるのはなぜだろう。




 そして、数か月が経ち――。


 いよいよ魔法学園に入学する季節がやって来た。





****

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