5 高位魔族すら相手にならない強さ
「――ふん」
俺はバームゲイルを見据えた。
自然と笑みがもれる。
「なんだ? 何がおかしい」
「いや、ありがたいと思ったのさ」
俺は言いながら魔力を高めていく。
「お前を殺す理由ができた」
いくらゲームシナリオでは多くの人間を虐殺する邪悪な魔族といっても、この世界においてこいつは何もしていない――かもしれない。
けれど、やはりゲームシナリオ通り、こいつは……そしてこいつの背後にいる魔王軍は人間世界に侵攻するつもりのようだ。
なら、今のうちにこいつを討つ。
それによって多くの人間が虐殺される未来を防ぐことができる。
そして俺にとってはもう一つ――主人公の覚醒イベントをなくすことができる、というのが大きい。
「しかも一石二鳥だ。お前はここで絶対に仕留める」
「一石二鳥? なんの話か分からんが、俺としてもお前を生かしておくわけにはいかん」
ごうっ!
バームゲイルの全身から魔力が高まった。
「【結界生成】!」
俺と奴が同時に魔法を発動する。
「むっ……?」
いくら奴らが人間世界への侵攻を企んでいるとはいっても、現状でこの世界には人間と魔族の停戦協定がある。
だから大っぴらに高位魔族と戦うのはまずい――と思って、俺たちの戦いが外から見えないように隠蔽用の結界を張ったんだけど……どうやらバームゲイルも同じ考えだったらしい。
「二重の隠蔽結界か。これで心置きなく戦えるな」
「こっちの台詞だ」
俺たちは同時にニヤリとした。
じゃあ、さっそく――。
開戦だ。
「人間と魔族の絶対的な差がどこにあるか分かるか?」
バームゲイルが言った。
「くくく、それがあるかぎり人間であるお前は、俺には勝てん」
「ん? もしかして魔力量のことか」
俺はバームゲイルにたずねた。
そう、人間と魔族には絶対的な魔力量の差が存在する。
努力ではどうにもならない、種族自体の壁――。
人間の魔力を10とすると、魔族の魔力はおよそ50から100。
5倍から10倍くらいの開きがあるわけだ。
魔法の威力は基本的に呪文のランクと魔力の量に比例する。
人間より圧倒的に魔力が高い魔族との魔法戦闘で、人間が魔族に勝つのはまず無理だ。
「同じ呪文でも魔族が使えば人間の数倍の威力になる。まして高位魔族の俺なら――」
ごおおおおおおっ!
奴が巨大な火球を放った。
威嚇のつもりか、俺から離れた場所に着弾して大爆発を起こす。
吹き荒れる爆風を、俺は【シールド】を張って防いだ。
「くくく、この結界内で発動した魔法は、外の世界には影響を及ぼさない。外への被害を気にせず、高ランク魔法を好きなだけ使えるというわけだ」
「なるほど。それを聞いて安心した」
俺はニヤリと笑った。
「俺も隠蔽結界を張ったけど、自分の結界だけじゃ攻撃の余波を外の世界にまで出さずに抑えられるか不安だったからな。お前の結界があって助かるよ」
「ふん、お前が心配しなければならないのは外への被害などではなかろう? 今から俺に殺されることだ」
バームゲイルの全身が魔力のオーラに包まれる。
「じわじわと殺すか、それともあっさり殺すか……思案のしどころだな」
「悪いけど、俺は時間をかけるつもりはない。さっさと終わらせて、魔法の訓練をしたいし」
俺はバームゲイルに言った。
「一撃で殺してやるから、さっさとかかってこい」
「貴様ぁぁぁぁぁぁっ!」
バームゲイルがキレた。
「人間ごときが! 舐めるなよ!」
バームゲイルが右手を突き出す。
しゅううう……んっ。
赤い光が手のひらに収束していく。
「先ほど放った【ファイアバレット】はあくまで小手調べ。今度は貴様を確実に殺せるだけの魔力を込めて撃つ」
【ファイアバレット】というのは、さっき俺が防いだ火球の魔法だ。
で、今回は魔力を全力投球してくるというわけか。
ただでさえ、人間の五倍から十倍の魔力を持つ魔族の――それも高位魔族の全力攻撃。
常識的には、人間にこれを防ぐことは不可能だ。
「――ただし」
俺はニヤリと笑った。
「さあ、燃え尽きろ――【バニッシュフレア】!」
バームゲイルが炎の渦を放った。
先ほどとは桁違いの魔力がこもったそれが、俺に向かってくる。
「今度は【シールド】で防ぐのは無理だな」
つぶやく俺。
「当然だ! このまま消えろ――」
「お前が、な」
俺は右手を突き出し、魔力を高めた。
しゅうううううううううんっ!
手のひらに赤い光が収束していく。
「っ……!? な、なんだと、その魔法はまさか――」
「魔法の基本を教えてやろう、高位魔族バームゲイル」
俺は笑みを深め、語る。
「呪文のランクが高いほど、そして魔力量が高いほど、その魔法の威力は強いものになる。俺が今から撃つ魔法は、お前と同じ【バニッシュフレア】。ならば、魔力が高い方の魔法が、より威力が強くなる――」
ばしゅっ……!
俺は火炎の渦を放った。
「ふん、人間ごときの魔力で、俺の魔法に勝てるつもりか――何っ!?」
俺が放った赤い炎の渦は、空中で青い炎の渦へと色彩を変化させる。
「魔力量が一定値を超えると火炎呪文は次の領域へと到達する。この『青い炎』はその証――」
「ま、まさか……まさか、貴様――」
「人間の魔力は魔族よりも弱い。だけど、何事にも例外が存在するのさ」
俺は全身の魔力を一気に高めた。
「ば、馬鹿な! 人間がこれほどの魔力を持つなど、ありえん……これでは、まるで魔王様――!?」
バームゲイルが愕然とした表情を浮かべる。
「お前、本当に人間か……!?」
「当たり前だ」
俺の炎がバームゲイルの炎を飲みこみ、そのまま奴自身をも包み込む。
「れっきとした人間さ。出自が少々変わっているけど――な」
ごうっ……!
そして、青い炎はバームゲイルを一瞬で焼き尽くした。
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