4 高位魔族バームゲイル


「【サーチ・上級】」


 俺は探知魔法を発動した。


 その名の通り、何かを『探る』魔法だ。


 今回の探知対象は『瘴気』だった。


 こいつは邪悪な存在のみが放つオーラである。


 もちろん魔族も、こいつを色濃く放っている。


 だから『瘴気』が漂ってくる場所を探れば、そこに魔族がいる確率は高い。


「どこだ――」


 俺は探知魔法を発動したまま周囲に意識を向ける。


 100メートル……500メートル……1000メートル――。


 どんどん対象範囲を拡大していくと、


「……!」


 やがて、俺の感覚にピンと触れるものがあった。


「いたぞ……東南の方向、2キロくらいか……?」


 とりあえず行ってみるか。


「【フライト】」


 俺は飛行魔法を唱え、一直線に飛んでいく。


 これらの魔法はいずれも一か月程度で習得したものだ。


 レイヴンはやはり天才的な魔法の素質を持っている。


 もともと習得していた【ファイア】や【サンダー】などを最上級まで引き上げただけじゃなく、未習得だった数々の呪文も魔法書を一読しただけで、だいたい使えるようになった。


 こいつって、ちょっと努力しただけでめちゃくちゃ強くなれるじゃないか……。


 俺は我がことながら呆れてしまったほどだ。


 逆に、ゲーム内でこいつが努力家だったら、主人公はどうあがいても勝てなかっただろう。


 そう考えると、ちょっと安心感もこみ上げる。


 この先も俺が努力を続けて行けば、主人公に殺されることはないだろう、きっと。


 ――まあ、それはさておき。


 一直線に飛んでいくと、やがて瘴気の出どころが近づいてきた。


「いる……」


 ごくりと喉を鳴らす。


 姿は見えないけど、前方数百メートルに何かがいるのが分かった。


「……人間の魔術師か」


 ずずず……。


 空間からにじみ出すようにして黒いシルエットが出現した。


 頭頂部から生えたツノ、背中の翼、そして炎のように赤い瞳。


 高位魔族バームゲイル。


 ゲーム内で見た姿にそっくりだから、すぐに分かった。


「俺の名はレイヴン。この町に赴任してきた新しい領主だ」


 俺は隠さずに自分の素性を名乗った。


「ほう? 新領主がこの俺に何か用か」

「君と話がしたくて来た」


 俺はストレートに自分の要求を伝える。


「話だと? 俺とか?」

「そうだ。高位魔族バームゲイル」


 俺は奴を見据える。


「……俺の名を知っているのか」

「少し話す時間をくれないか?」


 俺は奴から視線を外さない。


 正直、奴がどう出るか分からなかった。


 いきなり襲いかかってくることもあり得る。


「……ふん、まあいいだろう」


 一瞬の沈黙の後、バームゲイルはうなずいた。




 俺たちは町の裏路地に入った。


 周囲にひと気はない。


 もしも戦闘になった際は、できるだけ巻き添えを避けなければならない。


「話とはなんだ?」


 バームゲイルがたずねる。


「単刀直入に聞きたい。お前たち魔族の目的はなんだ?」

「……どういう意味だ」

「魔族はもともと人間を襲うんだろう? 中には人間を食ってしまう種族もいるとか」

「確かに我ら魔族の中に凶暴な衝動があることは否定しない。殺意。破壊。憎悪――負の衝動だ。だが」


 バームゲイルが言った。


「現在、我ら魔界と人間界の間には停戦協定が結ばれている。だから、そのような衝動のままに魔族が暴れ回ることはない」

「……じゃあ、なぜお前はここにいる」


 俺はバームゲイルを見据える。


「人間を襲う気がないなら、そもそも人間界に来る理由はないんじゃないか? 魔界に住めばいいだろう」

「……俺がどこに住もうが、俺の自由だろう」

「確かにそうだ。けど、俺たち人間からすれば、高位魔族が人間の町をうろついているだけで脅威に感じられる」

「俺は人間に危害を加えん。さっきも言ったが、我らの間には停戦協定が――」

「その割に魔族に襲われる人間が後を絶たない」


 俺はバームゲイルの言葉を遮った。


「お前自身も――バレないように念入りに隠蔽しているみたいだけど、俺は証拠を握っているんだ。お前が夜な夜な人間を食っている証拠を」


 ニヤリと笑ってみせた。


 もちろん、そんな証拠なんて握っていない。


 ただ、こいつは――ゲームシナリオ内では人食いの魔族だった。


 そして、その凶行を十年以上も続けていたという話だ。


 なら、この時点でもバームゲイルは社会の裏に隠れ、『人食い』を続けているはず。


 そう、この世界が俺の知っている『エルシド』のシナリオ通りに進んでいるなら――。


「証拠を握っている……だと?」


 お、いいぞ、食いついてきた。


 核心を突かれてスルーしきれなかった、という感じか。


 まあ、俺は真実をすべて知っているからな。


 腹の探り合いになれば、絶対的なアドバンテージが生じる。


「お前は来たるべき新たな『魔王大戦』に備え、人間を食って力を蓄えているんだ。そして、それは新たな魔王――アーヴィスの命令だろう」

「っ……!」


 バームゲイルの表情がこわばった。


 沈黙が流れる。


 俺が言ったことに証拠なんて一つもない。


 全部ハッタリだ。


 けれど、それは根拠のあるハッタリでもあった。


 何せ、すべてはゲームの設定通りの話をそのまま言ったんだから。


「くく……」


 バームゲイルが小さく笑った。


「面白いぞ、人間……」


 その笑いが徐々に大きくなる。


「少し甘く見ていた。証拠はすべて消していたつもりだったが……そこまで知っているということは、貴様は俺たちの情報を色々とつかんでいるようだ」

「だったら、どうする?」

「殺す――」


 ばさり。


 バームゲイルの背から巨大な翼が広がった。


「魔王様の動きは、まだ知られるわけにはいかん。来たるべき大戦の日まで――余計なことを知っている貴様は、ここで俺が始末する……!」






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