第5話 甘い空気と卵焼き

 夏が近づき気温が高くなったような気がする。袖を捲っていないとやってられないぐらい。


 ここ最近、園川さんに変化があった。その変化をいちいち話すとキモいかもしれないが、彼女はここ最近ポニテだ。


(ありがとうございます。まさか部活以外でもポニテ姿を見れるとは思いませんでした)


 今日も教室で遠くから彼女の見るだけ。声は人が多くてかけられない。


「近いようで遠い……」

「園川さんですか」


 声がして前を向くとそこには幼馴染みである大導寺依奈だいどうじえながいた。


 IT企業で有名な大導寺家の娘で、成績優秀な彼女の家族とはよく交流がある。


「話しかけないのですか? 相手と交流する回数が多いほど仲は親密になる。話しかけにくいのでしたら私が人払いしますけど」

「いや、そんなことはしなくていいよ」

「見てるだけで満足ですか」

「まぁ……うん」


 今までと同じ。見てるだけで……いや、本当にそうだろうか。また話したいという気持ちは無視していいのだろうか。


 自分の気持ちに悩んでいると先程まで近くにいた依奈がいない。


(えっ、まさか……)


 園川さんがいる方を向くとそこには依奈がいて、何やら話していた。


「皆さん、すみません。園川さんと少しお話ししたいことがありまして。お借りしてもよろしいでしょうか?」


 10人ほどいる中に突然入ってきた依奈にその場にいたクラスメイトは皆、どうしたのかと静かになる。


 そんな中、園川さんは、依奈を見て周りにいた友達に謝る。


「大導寺さん……みんな、ごめんね。ちょっと話してくるね」

「うん、オッケー」

「待ってるねー」


 どんな話をしていたのかわからないが、園川さんは友達がいる場から離れ、依奈と一緒に俺のところへ来た。


「連れてきました。園川さん、東條朔くんがお話ししたいそうで」

「お話? 何かな?」


(いいと言ったのに連れてきてるよ……)


 今すぐに話さなければならないことがあるわけではないのだが、どうしよう……。目で依奈に助けを求めると目が合い、彼女はなぜか不適な笑みを浮かべた。


「あぁ、すみません。私からお話があります。私、前から園川さんとは話してみたかったんです。ですので、今日のお昼は一緒に食べませんか? 私と朔くん……そして園川さんの3人で」


 いや、園川さんは他の人と食べる約束をしているから断られるだろと思っていたが、園川さんは嬉しそうに依奈の手を握った。


「すっごくいい! 私も大導寺さんと話してみたかったの」

「……そ、そうでしたか。同じ気持ちで嬉しいです」


 友達同士でベタベタしているところを見るのが苦手な依奈は困った顔をしつつ笑顔を保つ。


「東條くんも一緒になら矢野くんも誘わないとね。矢野くん!」


 園川さんは決めたらすぐ行動に移す。気付いたら柊の席まで言ってお昼に誘っていた。


 隣をチラッと見るとフリーズしていたので依奈に声をかける。


「依奈、大丈夫?」

「大丈夫ですよ」

「それならいいんだが、園川さんは優しいからきっと依奈も仲良くなれる」

「私は何も言ってませんが?」


 2人で話してると園川さんが柊を連れて帰ってきた。


「ただいま~、矢野くんからオッケーもらったよ」


 柊から何があったんだよ言いたげな視線が来たが今は説明できないので、園川さんが友達の元へ戻っていった後に話した。


「なるほどね。いや、昨日は園川さんもバスケしたいらしいから一緒にいいかと聞いてきたのも驚いたけどさ今日は一緒にお昼……心臓持つか?」

 

 昨日の出来事とお昼を食べようとなるまでの流れを柊に話すと心配された。


「持たない。園川さんとカフェ、お昼、こんなに幸せな毎日が続きすぎて俺、身の危険を感じるんだけど」

「何に狙われんの?」

 

 柊のツッコミに隣で聞いていた依奈は、苦笑いし、口元に手をやる。


「朔くんを釘付けにする園川さんは凄いですね。美人ですし、心奪われるのもわかります」


「依奈も美人だと思うけど」


「ありがとうございます。色んな人に言われていますので自覚しております。朔くんに言ってもらえるのは嬉しいのですが、たまに言ったら自分のことを好きになってくれると勘違いする方がいるんですよ」


 そう言って困った表情をすると柊は心当たりがあるのか苦笑いする。


「あー、それ隣のクラスのやつだろ。大導寺に告白して泣きながら帰ってきた。噂になってたよ」

「何その話、怖いんだけど。依奈、何て言って断ったんだよ」

「別に普通に断りましたよ。さて、私はそろそろ席へ戻ります。矢野くんも予鈴が鳴りますので戻ることをオススメいたします」


 絶対に普通じゃない返事をしただろうに教えてくれないようで依奈は、ペコリと一礼して、自分の席へ座りに行った。




***



 昼休み。いつもは柊と2人で食べているが今日は中庭で4人で食べることになった。依奈とはたまにあっても園川さんと学校で昼食を食べるのは初めてだ。


「東條くん、隣いいかな?」

「えっ、あっ、うん。いいよ」


 隣と聞いてガチガチになる俺を見て柊はニヤニヤする。


(これは平常心とか無理だ……)


 園川さんは、隣に座るとお弁当箱を開けながら俺に話しかけてきた。


「東條くんはいつもお弁当?」

「うん、いつもは自分で作ってるけど今日は妹に」


 そう言ってお弁当箱を開けると園川さんは「おぉ」と声を漏らす。


(クマの形をしたご飯……恥ずかしいんだが)


 凝ったお弁当を作ってくれたことが嫌なわけではないが園川さんに妹に子供っぽく見られてるみたいになりそうだ。


「可愛いお弁当ですね。紫恵楽さんはこういうの得意そうです」


 依奈の言葉に俺は同意する。紫恵楽がお弁当を作ってくれるときはいつもご飯の形がハートやクマだ。


「そうだな、俺には真似できん」


 手を合わせて食べ始めると隣で食べている園川さんのお弁当が目に入った。


「園川さんは自分で?」

「私? うん、自分で作ってるよ。私の卵焼き、友達に好評なんだけど、良かったら東條くん食べてみる?」

「た、卵焼きを?」

「うん、はいどうぞ」


 園川さんは、ケーキの時と同じように食べさせる前提で箸で掴んだ卵焼きをこちらに近づけてくれる。だが、近くには柊と依奈がいて、食べれない。


「そ、園川さん……食べさせてもらうのは恥ずかしいかも」

「……あっ、ごめんね。じゃあ、取っていいよ」


 園川さんは自分がしていることに気付き、顔を真っ赤にさせる。この前はそんな反応をしていなかったが、あれは無意識だったのだろうか。


「ありがとう、いただきます」


 彼女のお弁当から卵焼きをもらい、口の中に入れる。


(ん、確かに甘い。そして顔が真っ赤な園川さん、可愛すぎる)






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る