第2話 最初のメッセージ

「連絡先の交換してもいいかな?」


 園川さんの表情から勝手に変なお願いかと思っていたので、連絡先の交換と聞いて「えっ」となってしまった。


 変に期待してすみません。よく考えてみろ、園川さんが俺に変なことをお願いするわけがない。


 頬をぺしぺしと叩き、よくない思い込みを頭から消すと彼女に返事をする。


「いいよ」

「やったっ! 中学の時、よく話してたから連絡先の交換してたような気がしてたんだけどまだだったよね」


 カバンを置いてあるベンチへ行き、スマホを取ると彼女と連絡先を交換する。


 連絡先一覧に美羽と追加され、俺は嬉しくて口角が上がりニヤニヤしそうになった。


 抑えろ。ニヤニヤしたら絶対にキモいと思われてしまう。


 頬をつねりニヤニヤしないようにしていると園川さんは何かを思い出したのかハッとしていた。


「あっ、そろそろ帰らないと。またバスケしようね。後、お話も」


 カバンを持ち、ボールを袋に入れると彼女は俺に向かって手を振り、バスケットコートから出た。


(憧れの園川さんと連絡先の交換……夢じゃないよな)



***



 浮わついた気持ちで家に帰宅するとリビングからトタトタと走ってくる音がした。


 黒髪の綺麗な髪に白のワンピースを着てやって来たのは妹の東條紫恵楽とうじょうしえら。1つ年下の中学3年生だ。


 受験生だが、家のことは任せてくださいとのことで勉強をやりつつお弁当を毎朝作っている。これで成績がいいのだから勉強との両立はできているのだろう。


「兄様、お帰りなさい」

「ただいま、紫恵楽。いい匂いがするけどもしかして夕食作ってた?」


 紫恵楽が俺のことを兄様と呼び始めたのは中学生になった頃。何があったのかわからないが、以前はお兄ちゃんと呼んでいたのに急に呼び方が変わった。


 様付けされるとおかしな感じがするから俺としては普通に呼んでほしいのだが。


「夕食にハンバーグを作ってました。今日は早めに授業が終わりましたので」


 親は帰りがいつも8時以降なので夕食は基本、俺か紫恵楽が作っている。受験生だから俺が作るというが、彼女は料理好きなのでよく作ってくれる。


「ありがと」


 お礼を言い、彼女の頭を撫でると紫恵楽は嬉しそうな表情をする。頭から手を離すと、洗面所へ行き、手を洗う。そして2階にある自室へカバンを置きに行った。


 カバンを置き、下へ降りると紫恵楽がいるリビングのソファへと座った。すると、紫恵楽は、俺の隣へとポスッと座ってきた。


 今日も近いなぁと思いつつスマホの電源をつけると紫恵楽は口を開いた。


「ところで兄様。今日、何かいいことがありました?」

「いいこと?」

「はい。お口がゆるゆるでしたので、何かあったのかと」


 彼女にそう言われて、ニヤニヤを抑えていたつもりだが、全く隠しきれていなかったことに恥ずかしくなる。


「実は園川さんと今日、連絡先を交換したんだ」

「……なっ、なんと! 園川さんは、確かに兄様が恋している方ですよね!?」

「恋はしてない。憧れの人」

「あっ、そうでした。どうみても恋してるようにしかみえませんが、園川さんは兄様の憧れの人でした」


 紫恵楽が、両手をパチンと合わせて微笑むと俺のスマホを覗き込んできた。


「それで、連絡先を交換してから何かメッセージは来ましたか?」

「いや、来てない」


 そう言えば、連絡先を交換したらよろしくとかスタンプを送った方がいいのかな……。


「では、最初はこういう文にしましょう」

「えっ、ちょ、紫恵楽?」


 スマホを取られ、紫恵楽は、メッセージを打ち、数秒後、送信はせずに俺へスマホを返す。


 メッセージを確認するとそこにはこんなことが書かれていた。


『中学の頃から憧れてました。是非、学校以外の場所でも会いたいです』


 学校以外ってこれ、遠回しにデートしませんかと言ってるようなものじゃないか。


 ニコニコ笑顔の紫恵楽にううんと首を横に振り、打ち込んでいたメッセージを全て消す。


「兄様、酷いです」


「高校生になって久しぶりに話した相手にこのメッセージは早すぎる。というか園川さんがオッケーするわけないよ」


「そうですか? 連絡先交換してるぐらいなので遊びに誘うぐらい大丈夫だと思いますけど」


 そう言って、紫恵楽は、何かを思いつき、ハッとすると2階へ上がり、数分後、本を持って帰ってきた。


「この『昨日までクラスメイトだった黒の天然美少女に好かれました』という本のヒロインは気になるから主人公の男の子に連絡先を聞いたんです。兄様もきっとその主人公と同じです」


 いや、それは物語の中だけだろう。ただ友達として仲良くなりたくて連絡先を聞いてくる人だっているのだから。


 というか、それ俺のなんだけど……。友人にオススメされて読んだけど、自分が読むものとは違うなぁと思ったライトノベルを俺が持っているとなぜ紫恵楽は知っているんだ。


「園川さんは男子の友達もいるしそれはない。というかそれ読んだの?」

「はい、読みましたっ。兄様のお部屋に行ったとき、読んでみてもいいかと聞いたら良いと返事が返ってきましたのでお借りして最後まで読みましたよ」


 読んでみてもいいかと聞かれた記憶がないんだが……あり得るとしたら勉強に集中してたときに聞いてきて俺が適当に返事をしてしまったのだろうか。


「特にこのタイトルである黒という意味には驚きましたね。まさかしたっ───」

「言わなくていいよ。俺も読んでわかってるから」


 このままだと紫恵楽は、女子が口にしていいのかわからないようなことを全て話してしまいそうだと思い、言葉を遮った。


「こちら続きはないのでしょうか?」

「さぁ……俺はあんまりだったから続きを買うつもりはないよ」

「そうですか……兄様、園川さんからメッセージが来てますよ」

「えっ……?」


 紫恵楽は、通知に気付き教えてくれた。こちらから何か送ろうとしていたが、まさか園川さんから送られてくるとは。


(ヤバい、ドキドキして通知を確認できない!)


「メッセージの確認、しないのですか?」

「アイドルから来たメッセージを確認する感覚なんだ。少し落ち着いてから……」

「そんなことを言っていたら中々既読がつかないと園川さんが気にしてしまいます。だからこうです!」


 そう言って紫恵楽は俺のスマホに来ている通知をタップした。メッセージは開き、画面に園川さんからのメッセージが映る。


『明日の放課後、時間あるかな?』


「こ、これは! 告白ですよ、兄様!」

「いや、これは話がある的なやつで告白ではないと思う」

「む~、ここは期待すべきところだと私は思いますけど」


 告白はあり得ない。園川さんなら俺よりもっといい人がいるはずだし、ここ最近話してもなかった相手に告白なんて。


 取り敢えず、予定はないから大丈夫だと園川さんに送り、明日の放課後、俺は彼女と会うことになった。


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