第52話 訓練

 全員の的当てが終わり、全弾命中させられたのは僅か十名にも満たなかった。


 バールダリが全員を整列させると不機嫌な顔で前に立つ。


 講堂で会ってから今までずっと不機嫌な顔をしているので、バールダリにとってはあれが普通の顔なのではとアイラが錯覚する程だった。


「少なからずマトモな奴も居るようだが、殆どは駄目だな。特に! 一度も的に当てられていない奴は論外だ。この程度のことも出来ないようでは、戦場にお前らの居場所は無い! だが安心しろ。俺はお前達を価値ある存在にするよう命じられているんでな、きっちりシゴキあげてやる」


 バールダリが、杖を構える。


「何が悪かったのか阿保でも分かるように説明してやる。まず一つ! 途中で霧散したのは魔力量の少なさが原因だ。腕が上がれば少量の魔力で絶大な効果を発揮できるようになるが、今はそんなこと考えなくていい。解決策は簡単、魔力をしっかり集めてから魔術に変換しろ。二つ! 二回目以降に失敗している奴は単純に集中力不足だ。そして三つ! 自分のもっている魔力総量の少なさが原因の場合もある。こんなもんは毎日ゲロ吐くまで魔術を使っていれば勝手に総量も増える。ここまで言えば今日からお前らがやることはもう分かるな?」


 それまで不機嫌だったバールダリが不気味な笑みを浮かべ、アイラの背筋に悪寒が走った。


「おらぁ! 構えが甘い! 的をよく見ろ! さっきよりも魔力が纏まってないぞ!」


 バールダリからの指導が飛び交うなかで、アイラ達は延々と光弾の撃ち込みをさせられることとなった。


 最初はいいのだ、まだ疲れも無ければ魔力総量にも余裕があるため、三回当てることなどアイラにとっては造作もなかった。


 だが、自分の番が五回六回と増えてくるにつれて、杖を持つ手は重くなり、集中力は落ち、魔力総量も底が見え始める。


 それでもアイラはまだマシな方で、最初から一撃も当てられていない生徒など、見ている方が気の毒になるほど疲弊しきっており、バールダリの言う通り吐き出す者も出る始末だった。


「わっかい癖に体力が無いなぁ! そんなんで戦場に出たらお前らが的になるなぁ! あっはっは!」


 地面に這いつくばる生徒達を見下ろしながら、今日一番の笑顔を見せるバールダリ。


 こんな人間が人に物を教える立場に居ていいのかと、アイラはバールダリのことを教師として認められる気がしなかった。


「なっさけ無いなぁ。仕方ない、少し休憩を挟む」


 その言葉に、ギリギリのところで気を張っていた生徒達が次々に地面に突っ伏していく。


 アイラも正直なところ限界が近かったため、杖を地面に刺してもたれ掛かるようにして休息を取る。


「あ~こんなのやってらんないよ~」


「随分お疲れのようだね」


 うなだれるアイラにラフィーナが話しかけてくるが、全く疲れの色がない。


「ラフィーナは平気なの?」


「こんなことには慣れているから。それに、故郷を思えば辛いことなどないからね」


「故郷ねぇ。そういやラフィーナの故郷ってどこなの?」


「......リンクウッド領だよ。小さいながらも緑豊かないいところでね、本当なら麦の収穫も終わって町も賑わっている頃だろうか」


 遠い故郷を懐かしむように、ラフィーナが空を見上げる。


 アイラは、リンクウッド領の名前にどこか聞き覚えがあった。


 確かルルが何か話していたはずだと、会話を思い返してみる。


「そういえば、リンクウッド領って」


「そう、今は敵の手の中。幸いにも私と母は避難することが出来たから、今ここに立てている」


「なんかごめん。変なこと聞いて」


「いや構わない。故郷を取り返すためにここに居るんだ。まだチャンスはあるからね」


 そう話すラフィーナの目は、どこか寂しげであった。


「立てぇ! いつまで寝そべってるつもりだ? さっさと杖を持って的に向かえ!」


 休憩時間の終了を告げるバールダリの声が響く。


 十分とは到底言えないほどの休憩時間の短さに、皆絶望しながら体に鞭打つように立ち上がる。


 結局この日は、昼食の時以外にまともな休憩時間も与えられないまま日が暮れるまで的当てを続けさせられた。


 終わった頃には、まともに立っていられる者は殆どおらず、途中から立ち上がれない者も居た始末で、まともな訓練状況とは言えなかった。


「よしお前ら良く頑張ったな。明日は今日以上にしごいてやるから覚悟しておけよ。解散!」


 一人やりきった顔で帰っていくバールダリの背中を、生徒達が恨めしそうに見ている。


 アイラもアイラで、吐きはしなかったものの極度の疲労により心臓が口から飛び出そうなほど息を切らしていた。


「お疲れ様」


 しゃがみこむアイラにラフィーナが手を伸ばす。


 彼女もまた全身を汗で濡らし、額にはベッタリと髪の毛が貼り付いているが、この場に居る誰よりも顔色がよかった。


「ありがとう。すごいね、ラフィーナは」


「そんなことないさ。そのうち皆慣れるよ。でなきゃ」


 ラフィーナの視線がスッとアイラからそれる。


「みんな戦場で死ぬだけだ」


 まるで氷のように冷たく言い放ったラフィーナのその言葉に、アイラは全身が冷えるような気持ちがした。


「どうしのアイラ?」


「あ、いや、なんでもない! それよりもうお腹ペコペコで大変だよぉ~! 早く食堂に行こ!」


 アイラはその寒気を誤魔化すように、ラフィーナの手を引いて食堂へと向かった。

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彼らが悪と呼んだもの 猫護 @nekomamori

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