第51話 評価

 講堂に残っていた40名程の生徒達は、バールダリに言われるがまま講堂を出てどこかに向かっていく。


 辿り着いたのは、だだっ広い広場だった。


 広場の奥には牧草が詰まれており、その手前に円形状の鉄板が立っている。


「いまからお前達には的当てをしてもらう。好きだろ? 的当て。まあ、成績が良くても景品は出ないがな」


 生徒と的の間には、それ以上的に近づけないように枠が作られており、一つの的に向かってバールダリが杖を構える。


「お前ら、光球は出せるんだよな。なら、これも出来るはずだ。基軸術式・光弾」


 バールダリの杖から文字通り光が弾のように発射され鉄板に向かっていく。


 弾は、鉄板に当たるとパァンと甲高い音を立てて弾けて消えた。


「このように、ただ光の球を作り出すだけでなく、実際に戦闘に使えるようにすることが大事だ。光らせるだけなら阿保でも出来るしな。威力は問わない。今から一人三回、弾を的に当てること」


 的との距離はおおよそ成人男性の40歩程度と言ったところだろうか。


 胸の番号の若い順に的当てをすることになったが、生徒達の間には『たかが的当て』とこのテストを軽視しているような雰囲気が漂っていた。


 だが、そんな空気もすぐに一変することになった。


 最初の十人が的に向かって魔術を唱えると、その内の6人の弾は的に辿り着くことなく途中で霧散してしまったのだ。


 まさかの結果に、魔術を放った本人どころから待機している生徒達までもがどよめく。


 しかし、バールダリは何も言わずに不機嫌そうにその様子を見つめている。


 残りの二回も、最初の一回で届かなかった生徒達は的に当てることが出来ず、更には残りの四人についても二回目、三回目に的に当てられない者が居た。


 先ほどまでの楽勝ムードはどこへやら、明らかに自信を無くして肩を落とす生徒達。


 魔術に自信のあるアイラも、流石に緊張で杖を持つ手に汗が滲む。


 そんな空気の中で次の十人も的に向かって並ぶが、結果は散々なもので命中しなかった生徒が8人、全弾命中にいたっては皆無と酷いものだった。


 そんな雰囲気で、自信満々に前に出る者が居た。


 クライスである。


「なんだなんだ? 情けない奴ばっかだなぁ。同じ魔術師を目指す者として恥ずかしいったらありゃしない」


 皆文句を言いたかったが、あんな結果を出した後では誰もクライスに反発できる者は居なかった。


 クライスは、的に向かって堂々と杖を構えると、一射二射と続け様に的を捉える。


「これでお仕舞いだ!」


 そう叫んで放った最後の一撃は、力み過ぎたのか的を外れて後ろの牧草に飛んでいった。


 弾の当たった牧草は、焼け焦げたようにその部分だけ真っ黒になっている。


「ちっ、外したか」


 クライスの言う通り、外れてはしたものの威力的に見れば確実に的まで届いていたものであり、ほぼ完璧に近い結果にクライスは満足していた。


 きっと羨望の眼差しが向けられているのだろうと、得意気に振り返るクライスだったか、誰一人としてクライスを見ていなかった。


「見たか? 全弾命中だよ」


 生徒の一人がそう言いながら、ある女生徒に目を向けている。


「なに?! 全弾だと!」


 自分に向けられているはずの称賛をかっさらった生徒の顔を拝もうと、クライスが身を乗り出すと長い髪を後ろで束ねた女が飄々とした表情で枠から離れていくのが見えた。


 その女は、クライスの視線に気がつくと小馬鹿にしたような顔をした。


「大口を叩いてた割には大したことないのね」


「なんだと!」


 挑発に乗せられてクライスが肩を怒らせながらその女に歩み寄る。


「なに? 実力が無いからって暴力に訴えるつもり? 貴族の風上にも置けないわね」


「そもそも! 最後の一発さえ外さなければ俺だった全部当たってたんだ! 実力は変わらないだろうが」


「当たっていればでしょ」


「そこ! 他の生徒達の邪魔になる! 喧嘩をするなら別のところでやれ」


 バールダリに叱られて、その二人はにらみ合いながらも枠から離れていく。


 アイラは、名前も知らない生徒が全弾命中させたことに一人勇気を貰っていた。


 彼女が出来たのであれば自分だって出来るはずだとゆっくりと前に出る。


 ふいに肩を叩かれて後ろを振り向くと、ラフィーナが立っていた。


「お互い頑張ろうね」


 ラフィーナの言葉に、強張っていた肩の力が軽くなる。


「うん。三回とも当てて見せるんだから!」


 実際に的を前にすると、後ろで見ていた時よりもアイラは的が遠く見えた。


「こんなところで弱気になんてなってられないんだから! 火炎術式・紅蓮突き!!」


 アイラの叫んだ魔術に、バールダリがぎょっとした瞬間、赤い火柱が的に向かって一直線に伸びて的の一部を曲げた。


「よし! まずは一回」


 アイラが満足そうに小さくガッツポーズをしていると、バールダリが絶叫する。


「お前ぇぇぇ! なぁぁにをしてるんだぁ!」


 バールダリは、走ってアイラのところまで行くと、顔を真っ赤にしてアイラに叫びかかる。


「誰が火炎術式を使えと言った! 光弾を使え光弾を! それが分からんのか?!」


「ただ的に三回魔術を当てれば良いと思って......」


「俺が! やっていたことを! 見てなかったのか?! とにかくやり直しだやり直し!」


「じゃ、じゃあ今の一回は」


「んなもん無しに決まってるだろうが! いいか、次に指示したこと以外の行動を取ったら、特別メニューをくれてやるから覚悟しろよ! お前達も分かったか!」


 バールダリがアイラ越しに他の生徒にも言い聞かせる。


 そのままバールダリは、元居た位置まで戻ると、彼の「再開しろ」という言葉に生徒達は的に向き直る。


 バールダリに叱られて、完全に落ち込んでしまったアイラは、作り出した光球の光が弱く、的に辿り着きはしたものの音も立てずに雲のように散ってしまった。


 そんな中で、三回続けて周囲に響くような音を立てて光弾が的に当たる音が聞こえ、見るとラフィーナが放ったものだった。


 ラフィーナは、枠から離れるとアイラに向かって親指を突き立てる。


 アイラも、彼女に負けていられないと杖の先を見つめ、光を十分に集めてから残りの二回とも的に魔術を放ち、見事命中させたのだった。

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