Rifling codes

ななお

第1話 魔性

はるかなる稜線から無数の火線が上がると、黒鉄の質量と爆薬のエネルギーが轟轟と唸りを上げて味方の部隊に突き刺さる。

静寂だったその街の風景は一瞬にして硝煙漂う戦場に切り替わった。

地上からは砲弾、ロケット弾、ミサイル。

空からは濃密なレーダー照射と爆撃の嵐。

おびただしい数の敵爆撃機と護衛機がそれまでの広々とした、澄み切った青空を醜く覆う。

キィィイイン、ゴウッ、ゴウッ、ゴウッ。

敵機のエンジン音が空を巻き込んで轟音を鳴り散らす。

まさに青天の霹靂。

後方の味方基地からスクランブル発進して来たF-0ハーマン戦闘機がやってくると、先の準備砲撃によって切り裂かれた白い雲がドス黒い灰燼へと変貌を遂げる。

同時に敵地上軍も侵攻を開始した。

空を縦横無尽に舞う空挺兵が対空砲火をかいくぐり、装甲ヘリに随伴しながら強引な偵察。

空からの援護を受けて、敵戦車も街道沿いに進出する。

その後ろには普通科の師団が3つ。

敵の陣容は味方に比べ、ずいぶんと分厚い。


第三特務小隊、通称「三特」はこの地域をこのとき"偶然"警備していた中央教導隊、戦時呼称「即応第一旅団」、通称「雷鎚」戦団の旅団長に直接配属されていた。


特務小隊の隊長は副長と話しながらソワソワとしている。


「まだかしら。」

「まだでしょう。」


小隊長は刀の柄に手を掛けながら、潤った唇をチロチロと舐めていた。

濃紫のメッシュがハイポニーテールの髪型に結わえられている。


「行儀が悪いぞ、小隊長殿。」

「あらあら。あなたも爪は大事にしといたほうがいいわ、副長。」


副長は人のことを注意しながら、気付かぬうちに爪を噛んでいた。

人というのは他人の緊張はわかっても自分の緊張には気付けないものだ。

ふと周りを見れば初めての実戦に緊張しているのか、挙動不審なものも多い。


しかし、この部隊は精鋭である。

はたして実戦を経験していない部隊が精鋭になりうるのか。


例えば生まれつきの精鋭がいるかと問われれば居ないと答えざるを得ない。

誰しも訓練を経て強くなるものだ。

生まれつき強い人間というのは存在しない。


されど、事この部隊に関して言えばその創設期から既に精鋭なのである。

それはさも一次大戦のイギリスにおける世界初の戦車部隊や信長の鉄砲隊の如く。

つまり、存在そのものが精鋭だ。

隊員たちの持つ画一性のない雑多な武器の数々、例えば刀、拳銃、ショットガン、迫撃砲、対戦車砲、榴弾砲、ミサイルポット、レールガンなどなど。

これらの珍妙な装備群が一つに集まった単一の小隊など前例がない。

それ故に、いや、それだからこそ彼らは革新的で最先端でこの時代の可能性ということでもある。


隊長と副長がつまらないことを言い合って気をほぐしていると、ここで命令が入る。


「旅団長より特務小隊長に命令。敵装甲戦力を蹴散らせ。以上。」


待ってました、と言わんばかりに特務小隊が駆け出す。

これまでの全てはこの日のためにあったと思われる程の高揚感。

なにせ、戦争をするのではない。

圧倒的な技術レベルの差で踏み潰すのだ。

それも彼らの叡智の結晶たる各々の装備によって。


部隊に出撃を命じながらも小隊長が砲撃要請。

突撃援護の砲撃が前方に集中する。

目標付近に凄まじい密度の煙が舞い上がる


小隊長の「突撃。」の号令が下ると、隊員たちはその煤塵目掛けて一直線。


敵はそれを見て、慌てて空挺兵を寄越してくる。

物理法則を捻じ曲げたベクトル変更機動で飛行する空挺兵を見ても慌てることはない。


「対空分隊。」

「了解。」


対空の役を担った分隊長が敵の空挺兵目掛けてショットガンをぶっ放すと敵兵は羽虫のように落ちていく。

分隊全員が続けざまに連射し、数十もの空挺兵をたったの十人で追い返す。

被害なし。


「ナイス。」

「この程度お安い御用です、お嬢様。」

「小隊長と呼びなさい。」

「はい、小隊長。」


軍人としてはまったくなっていない、と小隊長としては思わざるを得ない。

即席でこしらえた部隊だから仕方ないが。

副長から通信が入る。


「小隊長。敵戦車捕捉しました。」


副長が前方の戦車群を見つけた。

どうやら予定通り敵部隊の真横にたどり着いたらしい。


「わかった。副長は敵の後方に回って退路を遮断、私は正面から押し潰します。総員、敵さん自慢のピカピカな新車を徹底的に粉微塵に粉砕です。」

「「了解。」」


小隊長は手慣れた動作で刀を抜くと、瞬く間に戦車を切り裂いた。

バターでも切っているかのようにいとも容易く。

隊員たちもそれぞれの武器を手にして、敵を蹂躙する。


マグナムが戦車の装甲を貫通。

矢が命中した途端に大爆発。


ありえない武器で攻撃してくる。


対戦車砲を肩に担いで走り回る隊員。

レールガンを連射する隊員。


ありえない隊員が。


敵はどうにか撤退しようと足掻くが戦車の速度より早い小隊員たちからは何をしようと逃れることはできない。

敵の先鋒は陣地に突撃を喰らわせる前に綺麗さっぱり消滅した。


「当たり前よね。これくらいやってもらわなきゃ。」


小隊長は言い放つ。

2227年。

そろそろ日が最も短くなる12月初頭の出来事である。





西暦2178年、世界は分裂した。

あらゆる性質や形状に変化する夢の新素材「バリアブル=マテリアル」、通称「V=T」によって。


この革新的な物質はエネルギーから生み出され、またあらゆるエネルギーへの変換も自由で、エネルギー交換率が限りなく100%に近いという、人類がこれ以上に発展をするのに理想的な素材だ。

そして、この物質の性質はこれまでの資材とは一線を画した性能を有し、金よりも酸化しにくい物質や電気抵抗がない物質、果てには一滴で核融合を誘発する高エネルギー物体も理論上生成可能とされる。


この技術は世界の製造業の形態を激変させ、世界のサプライチェーンを消滅させ、現代を形作っていた国際社会の複雑な相互依存関係を崩壊させた。

各国で製造業に携わっていた多数の労働者が職を失い、その不満が高まると政府は矛先を対外に向けさせるべく、自国中心主義的な外交政策を打ち出す。

その結果、これ以上労働者を必要としない先進国と移民を送り込みたい後進国との間で大移民戦争が勃発した。


戦争当初は国力に勝る先進国側が優勢に思われた。

しかし、先進国内でサービス業を中心に成長を続ける都市と立ち直れず失業者を抱え込む地方が分裂。

最終的には辛くも先進国側が勝利したのだが、戦後多くの国が国内の利害不一致から空中分解し、国内を二分三分しての抗争に発展するか、地方に対して自治権を与えて安定を図るかの二択を迫られた。

日本はその中で後者を選んだ数ある国の1つだった。



それから約50年。



日本という国家はほとんど形骸化し、政府の役割は外交や貨幣といった一部の機能に限定され久しい。

司法さえ地方の条例の拘束力が強まり、法律が適応されず地方独自の条例が適応されるちぐはぐな判例も多かった。

日本の政治はこのような状態であるため、大抵の行政は地方の"自治体"によって運営される。

軍事、警察も管轄下であり、自治体の意見を通すために武力に訴えることも多かった。

6年前には大規模な合併戦争が自治体同士で発生し、多数の犠牲者が出た。


その後の混乱の中で最有力に成長しつつあるのが北関東連合の勢力。

両毛、那須、両総の3つの自治体が連合した勢力である。

以前この地域は群馬県、栃木県、茨城県、そして、千葉県北部と呼ばれていた。

これが今は一体となって周囲に対して強い力を有している。



一人、ここに男がいる。


香取久蔵。


19歳にして「V=T」の主任開発を任された天才物理学者、と世間で呼ばれている。

この混沌を作り出した元凶とも言える。

そんな彼は69才となり、引退間際。

世間への関心が失せつつある心境だが、一つ気がかりなことがある。


彼の孫、香取総英。

このストーリーの主人公である。

消え入るような白い肌と光のない真赤の眼を持つこの青年は地味だ。

人に主張することが少なく、口下手なこともあるだろうがそれ以上に感情が見えにくい。

平素、笑うことがほどんどない。

自然、同級のなかでの評判は良くなかった。

いじめを受けていた時期もある。

本人はそれに気づかず、いじめっ子たちにはすぐさま飽きられていたのだが。

非常に鈍感であった。

人の気持ちにも疎い。

ノンデリ、サイコとの噂も絶えない。

もちろんそれも本人は気づかないが。


その分だけ人との約束事を決して違えない誠実さがあった。

大人からの受けはよく、陰ながら応援され可愛がられる、そういった人間でもある。


時は2125年の春。

香取総英は15才の年で軍事系の工科学校に入る。

ここには若くして「V=T装備」開発を専門に研究する俊英たちが集う。

工科学校は相当な難関校だ。

北関東の佐野市に広大な敷地を伴って建設されたこの学校では北関東連合の軍事・警察のプロたちが若者たちを一人前の兵士に育て上げ、日本を代表する研究・開発者が装備開発について教えている。

外から見ると要塞のようであり、住宅地が周囲に広がっていることでひどく異質なものに感じられる。

構内に入ると、中庭を囲うように校舎が立ち並ぶ。

その一角。

クラスにはすでに多くの生徒がいて、お互いに挨拶したり歓談したりと入学初日の独特な空気感が流れている。


総英は自分の席に着いた。


「総英じゃない。お久しぶり。昨年以来かしら。」


女子が話しかけてくる。

声が聞こえてくる隣を見て、まず目につくのは濃紫のインナーカラーで染まった長い髪。

紫色のカラコンをつけ、唇も紫色。

普通であれば気味悪く感じられる紫もこのお嬢が使えば大人な匂いが漂う、上品な色に見える。

どうも背伸びしているようだが、それはそれでよく似合っていた。

制服の上着の代わりに着ているのはお気に入りのレザージャケット。

テカテカと光沢を発していて、これまた着こなしの難しい服だが近未来的な制服のデザインと合わせるとなかなか最先端のファッションに見えなくもない。

その他にもガーターベルト、古びた腕時計と年不相応なアイテムばかり身に着けていて奇抜ではあるが、決して見苦しくはない。

むしろ、生粋のお嬢様にはよく似合う。


口を開くと小さな八重歯をチラチラとのぞかせる。

ニコッと笑った彼女の笑顔は八重歯が見えて可愛らしい。

美醜の感性に疎い総英でもその可愛らしさだけは知っていた。


「総英?」

「ん?」

「ん?じゃないでしょ。会話はちゃんとしなさい。」

「はい。」

「はい、って。返事しかしてないじゃないの。」


はぁ、とため息をつく女子。

昔からあんたはいつもそうだった、とでも言わんばかりの大きなため息だ。


「総英は本当に何考えてるのかわからないわ。まさか赤ちゃんのときから一緒に育ったのに私の顔忘れたの?」

「いや、、、流石に。一瞬だけ。」


一瞬でも忘れるのかい、と思ってしまうが他人に興味がなさすぎる総英にはよくあることだった。

古くからの付き合いもあるので、この女、鹿島優もそれには慣れている。


「だいぶ雰囲気変わったからわからなかったのも仕方がないか。」

「そういえば最近会ってないよね。」

「最近って、正月に会ったんですケド。」


そうだったっけ?、と首をひねる総英。

言われてみれば居たような居なかったような。


「じゃあ、あの話も聞いてなかったってことね。だから呑気に暮らしてられるってわけね。」

「、、、何があったか聞いても、、、」

「教えません。自分で聞いて下さい。」


鹿島は怒り心頭といった具合にプリプリと頬を赤らめる。

それを見て、

(湯気でも出そうな熱だな。)

と頭の中で感想を述べる総英はやはり彼女の言うように呑気なのだろう。


ここで鹿島優について。

鹿島優は一言で言うならば天才である。


洞察力が極めて高いのだ。

その点、生来からの鈍感を貫く総英とは対照的とも言える。


的確に物事を把握して本質を見極める彼女の力はあらゆる分野で発揮される。

特にV=T技術者としての能力と剣術家としての能力は同世代、さらには日本全体で見ても上位の一握りに類される超人だ。


鹿島の技術者としての顔は全国紙の一面に載ったことがある。

いくつもの革新的な機構を盛り込んだ最先端の装備を開発、改良しているうちに近接戦闘装備部門のパイオニア的存在になりつつある。

そのコンセプト、発想力が余人の思いつくところではなく、全国の開発大会で最優秀賞を受賞している。

戦闘用の刀剣類の装備開発に秀でた鹿島の元には「V=T装備」開発を担う企業群から開発依頼のオファーが数多く届いていた。

そのうちの一つに国防産業として国指定の重要企業に位置づけられている三陽重工業の開発チームに参加し、国防に多大な貢献を為したとして総理大臣から直々に栄典を授与されている。

それが新聞の一面に載ったのは鹿島家のご令嬢としての話題性もあったがともかく一躍有名になった。


そして、さらにその名を轟かせるのは剣士としてである。

鹿島定流剣術の目録をその若さで認可され、すでに至強に近いと言われている。

傍目から見ても強者とわかる程度に強い。

体の練りはまさに武術家のそれ。

技も達人の域を超えつつある。

長年の厳しい鍛錬で培った粘り強い足腰が限りなく重い一撃を繰り出す。

正眼の構えをもって敵を制し、攻防に一切の無駄のない彼女の刀法は無類の強さを誇る。

剛之剣の使い手としての腕前は相当なものだ。


教室ではあいも変わらず、鹿島が香取をけちょんけちょんにしていた。


「それにしてもあなたはその学力レベルでよくこの学校に来れたわね。」

「まあ、お前と違って天才というわけにはいかないのでな。」

「言うわね。学力はともかく、V=Tに関する知識と武芸全般に関する経験は私のレベルじゃ到底及ばないところにいるくせに。」

「まさか。爺さんの手ほどきぐらいで俺の脳みそがどうにかなるってわけでもない。」

「あなたの脳みその出来はともかく、久蔵さんはすごいよ。私が装備の開発で行き詰まってたときにアドバイスもらいに行ったら一発で解決したんだから。」

「ふーん。俺からすればお前の爺さんのほうが凄いと思うが。」


鹿島の祖父は日本有数の巨大財閥である鹿島財閥のドンとして、長らく財界を仕切ってきた大物。

「T=V」にいち早く目をつけ、大型建設を中心に規模を三倍近く増やしたその聡明さと敏腕は鹿島財閥を一挙に全国規模のグループに仕立て上げた。

海運を中心に古くから繁栄と後退を繰り返しつつ成長してきた財閥はこの時期の北関東連合のバックボーンとも言える。

巨大な経済基盤を有する鹿島財閥は間違いなく北関東連合の強勢の一因だ。

その鹿島財閥の中枢、鹿島グループのオーナーが鹿島家の一族であり、鹿島優の祖父は一族の現当主である。


「おじい様は気難しい人よ。久蔵さんのほうがおもしろい人だし、尊敬できる技術者でもあると思うわ。」

「そうか?あの爺さん、そろそろ時代遅れ感否めなくなってきたけど?」

「、、、そういう事言うと嫌味に聞こえるんだから止めときなさい。友達減るわよ。」

「なぜ?」


総英からすれば祖父の久蔵はそろそろボケ始めたジジイでしかないが、鹿島からすればそんなことはない。

鹿島から、という以上に世間一般から見れば久蔵は相変わらず、「V=T」分野の最先端を走っているようにしか見えない。

事実、たった三年前に発表されたフライトシステムは業界に衝撃を与え、旧来式の機構を一新した。

その他にも世界を激変させたこの新素材の性質に関する優れた考察をいくつも発表し、世界中の研究所で実証を進めている段階だ。

全くもって時代遅れなどではない。

そんなことを言えるのは総英だけである。


「私はあなたの驚異的な技術力をよく知っているからいいけど、他の人からしたら盲言にしか聞こえないわよ。」

「???それならまあ言わないが。」


納得のいかない顔をする香取。

盲言というのは腑に落ちないが、友達が減るのは避けたいという総英も人並に社交を欲するということ。

もっとも、友人など一人しかいないので減ったところで大した差はないのかもしれないが。

それでも素直に従うところは本人の実直な正確のためだろう。


そこへ、ガラガラガラと教室のドアを開け、入室してきた女性がいる。

ガツガツと歩いていって、教卓に手を置き、


「諸君。私が担任の氷川だ。」


というとその後何も言わず分厚い書類を配り始めた。


灰色の教官服に身を包んだ彼女は氷川武蔵という。

国内外問わず、かなり有名な軍人である。

齢28才になるこの女教官は近中長距離の全ての戦闘をそつなくこなす狙撃手として名を馳せている。

長距離狙撃は正確無比。

中距離射撃は一騎当千。

挙げ句の果てに、対物ライフルで近距離戦闘をこなす。

特に自衛隊解体以降増加した対テロ戦闘で活躍し、6年前の合併戦争でも山間部の敵拠点を幾度も単独攻撃、これを撃滅している。

また、その戦闘能力もさることながら、「V=T」装備の導入が始まった頃に入隊したこともあって、「V=T」技術に関する造詣も深く、様々な新規技術の導入にも積極的だ。

その例としてよく挙げられるのがスポッター・システムの導入だ。

かつての狙撃手は基本的にスポッターという観測専門職が必須だった。

氷川がこのシステムを開発・導入したことで二人組での作戦行動が必要なくなり、狙撃手の行動範囲が従来から広がることになった。

これらの功績を踏まえ、肩書を技術士官とした上で特務曹長から四階級特進。

士官学校出ではない士官は異例なことだ。

現在の階級肩書は北関東連合軍特殊教導隊技術参謀からの出向で工科学校特別任命教員ということになる。


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