幸せになる為に

「すい、さん。すき、です……」


「……ふぅ、大声で叫ばなかった私偉い」


 夜中に目が覚めて、隣に悠夜ゆうやさんが居ることを再確認してあれが夢でないことを実感した。


 そこで叫ばなかっただけでも私は褒められていいと思うけど、こうして今も叫ばなかった私は今度悠夜さんとデートする権利をもらってもいいぐらいだ。


「あ、でも恋人同士だからそんな理由つけなくてもデートしていいのかぁ」


 私の顔が緩んだのがわかる。


 悠夜さんと恋人になった日の夜も相当悶えて暴れてたけど、私は今日以外は毎日夜中に布団の中で暴れていた。


 だってずっと好きだった人と両想いになれたんだよ?


 そりゃあねぇ。


「無防備に眠る悠夜さん可愛い。イタズラしてもいいかな? 悠夜さんもさっきおでこにキスを……」


 自分で墓穴を掘った。


 考えないようにしてたことを思い出してしまった。


 さっきまでのことを整理して話すと、私は朝から少しだけ体調が悪かった。


 だけど今日は悠夜さんとデートをする約束をしていたからそんな素振りを見せないように振舞っていたのだけど、悠夜さんが私の熱を上がらせるようなことばかりをするから誤魔化しが効かなくなった。


 熱が上がってからは全然まったく記憶がないんだけど、なんか悠夜さんには見られてはいけない姿を見せた気がする。


「やりすぎたかな……。記憶はないんだけど」


 実際意識がふわふわしてたのはあって、最初の方は覚えていない。


 悠夜さんの背中におぶってもらってる時は記憶があって、だけどここで戻ったら私が耐えられないのがわかったから悠夜さんのことをたくさん考えて熱を上げた。


 結果的に意識半々にはできたけど、思い返すと……


「悠夜さんに口を塞いでもらえば叫んでも平気かな? こんな無防備な顔を見せる悠夜さんが悪いってことでやっていいかな?」


 私はそう言って悠夜さんに顔を近づける。


「んっ」


「えっ、あっ、ちょっ」


 私が不埒なことをしようとしたのがバレたのか、眠る悠夜さんが私を抱きしめて拘束する。


 ご褒美がすぎるのでは!?


「すいさんのにおい……すき」


「ちゃんとお風呂入ってない日にそういうの駄目だってぇ……」


 確かに私も悠夜さんの匂いをさりげなく嗅いでいたのは否定しないけど、さすがに恥ずかしい。


 逃げようにも悠夜さんの力が強くて逃げられないし、そもそもこの状況が嬉しくて逃げたくない。


「悠夜さんも私がちっちゃい子みたいになってた時、こんな感覚だったのかな?」


 今の悠夜さんは甘えたがりの小さい子みたいで可愛い。


 悠夜さんも私のおかしな言動を可愛いと思ってくれていたなら嬉しい。


「……ほんと好き。私が辛い時はいつも助けてくれて、私が悲しんでる時はいつも隣に居てくれる。きっと悠夜さんは覚えてないんだろうけど」


 私はそう言ってギリギリ動かせる右手で悠夜さんの頬をつつく。


 私は窮地を悠夜さんに二回助けられた。


 一回はこの前の板東ばんどうさんのやつで、もう一つ、私がまだ高校生になる前に。


 私がお父さんとお母さんを失って、二人の元に行ける場所を探してた時。


 中学三年生の夏休みに私の両親は帰って来なくなった。


 ほんとに何でもない日だった。


 仲が良かった両親はたまに二人っきりで出かけることがあったけど、その日も「デートしてくるねぇ」とお母さんが嬉しそうに言って出て行った。


 私は地味で友達もいなかったので二人を見送っていつも通り勉強を始めた。


 一応受験生だったし、他にやることもなかったから。


 それからすぐだった。


 私のスマホにおばあちゃんから電話がかかってきて、お父さんとお母さんが事故に遭ったことを聞いた。


 そこからは本当に記憶がなく、色んな人に可哀想な子を見るような目で見られたのは覚えている。


 実際に「可哀想に」と言われたけど、そんなの知らない。


 何もわからなかった。


 お父さんとお母さんは最期に見た時まで仲良しで、とても幸せそうにしていた。


 その二人がなんで死ななくてはいけなかったのか。


 私の中ではそれでいっぱいだった。


 おばあちゃんは「気にするな」って言ってくれたけど、私にはそんなの気にしてる余裕はない。


 ただわからなかった。


 だからなのかな、私はしばらくしてから意味もなく出かけることが増えた。


 お父さんとお母さんにもう一度会って聞きたかったんだと思う。


 なんで私を一人残したのか、なんで私も一緒に連れて行ってくれなかったのか、なんで私も二人の幸せに含めてくれなかったのか。


 私は周りが言うように可哀想な子なのか……


 だから私は探した、お父さんとお母さんに会える方法を


 そして見つけた方法が二人のところに行くこと。


 気がつくとそこは駅のホームで、電車の音が聞こえてくるのと同時に私の足は動いていた。


 黄色い点字ブロックを越え、片足が宙に浮いたところで、私の体は後ろに引き寄せられた。


 そこにはすごい不機嫌そうな男の人がいて、それが私の将来の旦那様である悠夜さんだった。


 それが私と悠夜さんの初めての出会いで、悠夜さんから初めて言われた言葉というのが「ちっ」という舌打ちだったのです。


 あの時の悠夜さんの不機嫌そうな顔もかっこいい……じゃなくて、なんで舌打ちなのか、その時の会話をどうぞ。


「今何しようとしてた?」


「えっと、その……」


「あぁ、もしかして舌打ちしてたか。癖みたいなものだから気にしないでいいよ。それで何しようとしてた?」


「……」


「顔つきが怖いとかならごめん。生まれつきだから変えられないんだよな。まあいいや。それなら勝手に話進めるけど、身を乗り出そうとしてたならふざけんなよ?」


「……ごめん、なさい」


「謝るってことは悪いことしてた自覚はあるのか?」


 私は頷いて答える。


「別に俺は自分で命を絶つことは悪いことじゃないと思ってるんだよ。その人にはその人の事情があるわけだし。だけどそれなら勝手に一人でやってくれ」


「一人、でしたよ?」


「確かに死ぬのは君一人だよ。だけど君が今ここで飛び降りてたら何人の人に迷惑がかかると思う? 今から大切な用事がある人もいるだろうし、やっとできた時間を有意義に過ごしたい人だっていたかもしれない。それこそ誰かの命がかかって一刻を争う人だっていたかもしれないのに、君がここで飛び降りてその全ての人に迷惑をかける。もしかしたらその中に仕事が間に合わなくて会社で責められて自殺する人がいるかもしれない」


「……」


 言ってることは確かにそうかもとは思うけど、どれも現実味がない。


 要は私が飛び降りたら困る人がいるから誰にも迷惑のかからない場所で死んでくれと言いたいことはわかった。


「わかりました。ご迷惑をかけてすいません。私は一人になれる場所を探します」


 これ以上はこの人にも迷惑がかかるからさっさと離れるに限る。


 でもちょっと嬉しかった。


 久しぶりに会話ができた気がして。


「最後に一つだけ言っとく。世の中には生きたいのに生きられない人もいるんだよ」


 それを聞いた私の足が止まる。


 この人は私の事情を知ってる? それとも自分もそういう経験がある?


 どっちでもいいけど、私はこの人の話を最後まで聞かないといけない気がした。


「俺は君の事情は知らないし、もう全部が嫌になって消えたいって言うなら何も言わないけどさ、それを生きたくても生きられなかった人の前で言えるのか?」


「言え、ないよ……」


 私はその場で崩れ落ちた。


 お父さんとお母さんに「一人が嫌だから死んじゃった」って言えるかって? 二人は別に死にたくて死んだわけでもないのに?


 そんなの言えるわけがない。


「でも、みんな私を可哀想って……」


「そんなの気にしなければいいだろ。勝手に言ってるだけなんだから」


「だけど……」


「じゃあ周りが君を可哀想って思わないようにすればいい」


「どうやって?」


「そんなの君が幸せになればいいだけだよ」


 私が幸せに?


 そんなの無理だ。


「幸せってどうすればなれるのかわからない……」


「俺なら抹茶さえ摂取できれば幸せだけど、直近に幸せを振りまいてる人とかいなかった? その人の真似するとかでもいいと思うけど」


 それならお手本のような人が二人いる。


 つまり私の幸せとは……


「なんとなくわかったかもです」


「そう? じゃあ本当に最後に釘だけさしてバイバイしようか」


「バイバイって可愛いですね」


「うるさい黙れ。笑うと可愛い天使が」


 男の人が拗ねたように言うが、笑う? 誰が?


「私、笑ってました?」


「うん。つい本音が漏れるぐらいには可愛かった……とか言うキャラじゃないんだけどな」


 男の人が不思議そうな顔をしている。


 不思議なのは私の方だ。


 お父さんとお母さんが帰って来なくなってから感情が変わることなんてなかった。


 そんな私が笑うなんて……


「まあいいよ。それで釘だけど、君が死んだら悲しむ人がいるのを忘れたら駄目だよ?」


「……おばあちゃん、悲しんでくれますかね?」


「それは知らないけど、少なくとも俺は悲しいから」


「え?」


 なんで私が死ぬとこの人が悲しむの?


 初めて会ったはずなのに。


「俺もよくわかんないんだけど、俺って身投げする人を助けるような人間じゃないんだよ。さすがに動画を撮ってるクズとは違うけど、自分から行動するようなことは絶対にしない」


 それは私もそうだから気持ちはわかる。


 だけどそれならなんで私のことは助けてくれたのか。


「なんかさ、俺は君を助けないといけないような気がしたんだよね。今ここで助けないと絶対に後悔するような? なんでだろうね」


 男の人がはにかんだように笑う。


 その笑顔を見た私は、久しぶりに心臓の鼓動を感じた。


「あ、電車来る。じゃあ俺の為にも死なないこと。俺はこれから抹茶巡りしてくるからじゃあね」


「あ、えっと……」


「何?」


 電車はもう来てしまう。


 この人が電車に乗る前に聞かないといけないことがたくさんあるはずだ。


 だけど色々と体に不調があって言葉が出てこない。


「俺さ、ここをまっすぐ行った某ファーストフード店でバイトしてるから、生存報告してくれるなら来て」


 男の人が背後をまっすぐ指さして言う。


「は、はい。絶対に行きます」


「楽しみにしてる。今度こそほんとにじゃあね」


 男の人はそう言って電車に乗ってしまった。


 まだ名前も聞けてないし、お礼も言えてない。


 だけど会える可能性はくれた。


「……よし」


 とりあえずこれからの生き方の方向性は決まった。


 私は絶対に幸せになる。


 私の幸せはあの人と恋人になって最終的には結婚すること。


 そしてお父さんとお母さんのように毎日イチャイチャしてラブラブな生活を送る。


 お父さんとお母さんを越えるイチャイチャ夫婦になってやる。


「そうと決まれば」


 まずはこの長ったらしい髪を切る。


 今度あの人と会う時までに素敵な女の子になって惚れさせてみせる。


 どんな手を使っても。


「こうして私の人生は悠夜さんによって変えられたのでした。めでたしめでたし」


 思い出すだけで悠夜さんを惚れ直してしまう。


 あの時の不機嫌そうな、ゴミを見るような目の悠夜さんがかっこよくてまた見たい。


 今では私のことを優しい目でしか見てくれないから。


 でも、悠夜さん的には私が飛び降りて電車が止まって抹茶を食べに行けなくなるのが嫌で不機嫌になっていたのが今ではわかる。


 まあ、私を助けてくれた後にスマホを向けてきてた人や、視線から私を遮るように盾になってくれてたのも今ならわかるし、やっぱりあの時から悠夜さんは優しいの塊だ。


「もしも私の髪が長いままなら気づいてくれたのかな? いや、悠夜さんだから気づかないよね。でも、あの時の私のことは可愛いって言ってくれたけど、私と初めて会ったときは言ってくれなかったんだよなぁ」


 私は可愛い寝顔の悠夜さんにジト目を送る。


 今では可愛いを連呼してくれる悠夜さんだけど、それは最近言ってくれるようになったことで、それこそ私が告白をする前は一度たりとも可愛いなんて言ってくれなかった。


「はっ、もしかして悠夜さんは長い髪の女の子の方が好き? だけど紅葉もみじさんも髪は短いし、大丈夫だよね? あ、でも透子とうこさんはあの時の私に比べたら短いけど、悠夜さんの知り合いの中では長い……」


 これは大変なことになった。


 私の恋のライバルは紅葉さんだけだと思っていたけど、まさかのダークホースがいたなんて。


 それに私よりも先に呼び捨てで名前呼びの亜美あみさんだっている。


 私には女性としての魅力がないし、悠夜さんがいつ飽きてもおかしくはない。


 これは今まで以上に積極的に触れ合っていかないと。


「透子さんと亜美さんと言えば、さくくん呼びについてもちゃんと聞いてないです」


 あの後紅葉さんから少しだけ聞いたけど、悠夜さんは小学生の時はいじられキャラだったようで、女の子達にいじられていたらしい。


 だからさくくんと呼ばれていたようだ。


「私も私だけの呼び方考えようかな。悠夜さんだからゆーくん? 安直かな。だからってさっくんとかは名字からだから距離を感じるし」


 なかなかいい呼び方を思いつかない。


 だけどこうして悠夜さんのことを考えているだけで幸せだ。


 私はちゃんと幸せを手に入れた。


 悠夜さんに言われた通りに私は誰から見ても幸せな人間だ。


 これならお父さんとお母さんに胸を張れる。


「無い胸張ってどうすんだって思ったやつ出てこーい」


 まったく、そんなことを思うから悠夜さんみたいにいい人になれないんですよ。


 悠夜さんのように大きさなんて気にしないで中身を見ないと。


「誰が中身以外は大したことないだー」


 私だって脱げは悠夜さんを照れさせるぐらいにいい体してるんですから。


 多分悠夜さんはウブだから聖空せいらさん以外の女の人の裸を見たら照れるんでしょうけど。


 ……それだと私って悠夜さんを体で誘惑できない?


 あ、考えたらちょっと悲しくなってきた。


「悲しくなったから幸せで上書きが必要ですね」


 大義名分得たり、ということで私は体をモゾモゾさせて悠夜さんと顔の位置を合わせる。


 悠夜さんの可愛い寝顔が目の前にあり、私はその顔に自分の顔を近づける。


 その後は恥ずかしくなったのですぐに寝た。


 ドキドキしすぎてすぐには眠れなかったけど、悠夜さんの胸に顔を埋めていたら悠夜さんの優しい心音を聞いてるうちに眠っていた。


 私は悠夜さんといる限り、ずっと幸せでいられる。


 今日は最高で忘れられないクリスマスです。


 雪は降らなかったみたいだけど、清い関係の私達からしたらホワイトクリスマスなのに変わりないですね。


 ずっと大好きです、悠夜さん。

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バイト先の後輩に告白された時の正しい返事を教えてください とりあえず 鳴 @naru539

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