第24話 クリスマス④
「あー……ん……」
「眠いなら寝てていいから」
俺が一度家に帰っている間に眠っていた
そして腕の中にはカピバラさんがいて、可愛いです。
「たべるのぉ……」
「眠いんでしょ?」
「カピちゃんがたべてくれたからねむくないもん!」
「それはバクな。それとバクも食べるのは悪い夢であって眠気ではない」
咄嗟にマジレスしてしまったが、まずは『カピちゃん』に触れた方がいいだろうな。
さすがにそのままだったからわかったけど、どうやら腕の中の羨ましいカピバラさんはカピちゃんという名前になったらしい。
「食べるならカピちゃんさんは離さないと汚れちゃうよ?」
「こぼさないもん!」
「俺は可愛い珠唯さんが見れるからいいけど、後悔しない?」
「よごれちゃったらいっしょにおふろはいる」
「うらやまけし……なんでもない」
危なかった。
もしも言い切っていたら珠唯さんが食いついていた。
珠唯さんが今食いつくのはお粥でいい。
「ゆーやさんもいっしょなの」
「前提だったのかい。とりあえず誤魔化しのあーん」
「あーん」
ぬいぐるみをお風呂に入れるのは確か駄目だった気がするし、俺と一緒に入るのはまだ駄目だ。
今の珠唯さんは
「おいしー」
「良かった。たくさんお食べ」
「あーん」
珠唯さんの小さな口にお粥を入れる作業をしてるわけだが、なぜだろうか、すごいイケナイことをしてる気がするのは。
これは健全であって、決して変なことはしていない。
なのにそう感じるのは俺が意識しすぎなのか。
「俺の方が誤魔化しが必要じゃないか」
「んー?」
「なんでもないよ。絶対に避けられないことだから今のうちに聞いとくけど、お風呂どうする?」
「いーれーてー」
「そんな遊んでる輪の中に入って行く小学生みたいなことを……」
これがいつもの珠唯さんなら冗談なのが確定しているからからかえるのだけど、今の珠唯さんは本気で言っているから困る。
珠唯さんは天使だから一日ぐらいお風呂に入らなくても大丈夫だろうけど、女の子だからそういうわけにもいかない。
だからって今の珠唯さんを一人でお風呂に入れるのは心配だ。
「目隠しはもしもの時に反応できないし、水着とかも結局着替えは一人なわけだからな……」
「いっしょ、や……?」
「さすがにいくら可愛くても駄目。そういうのはまだ早いです」
「むぅ……」
珠唯さんが口を尖らせ拗ねてしまった。
そんな可愛い顔をしても駄目なものは駄目だ。
「タオルで体を拭くぐらいなら大丈夫かな?」
「ゆーやさんがふいてくれるの?」
「背中だけね。前は自分でやって」
「えー」
「ほんとにお願い。さすがに恥ずか死ぬから」
背中だけでも鼻血を噴射する可能性があるのに、珠唯さんを前から見るなんて軽く死ぬ。
珠唯さんの素肌はそれだけの破壊力がある。
「ゆーやさんがしんじゃうのはやだからいいよ」
「ありがとうございます。じゃあそれしたら帰るけど、他にして欲しいことある?」
「んー? かえらないよ?」
「……そうくるのか」
確かに思ったさ、やけに素直に言うことを聞くと。
忘れているのかと思っていたけど、珠唯さんはこれを一番に狙っていたようだ。
「ゆーやさんはすいのいうことをなんでもきくんだもんね?」
「お前実は一緒にお風呂入るの恥ずかしかったんだろ」
「えへっ」
「可愛いよこのやろうが」
珠唯さんのあざとい笑顔に勝てるわけがない。
確かに俺は珠唯さんをおぶる時に何でも言うことを聞くと言った。
だけどその話を出してこないから忘れてくれたのかと思ってたけど、どうやらここまでとっておいたようだ。
策士め。
「つまり今日は泊まれってこと?」
「ゆーやさんはおねつだしたすいをひとりにするの?」
「実は全部演技とかでも怒らないからね?」
「おでこだけじゃなくて、すいのぜんぶをはかる?」
珠唯さんがそう言って服に手を伸ばしたのでその手を掴んで止める。
「俺が大好きな珠唯さんを疑うわけないでしょ?」
「ほんと? よかった」
「とりあえずお粥食べよっか。泊まるならまた家帰んなきゃだし」
もう泊まることは確定事項のようなので抗うことはしない。
だけど泊まるなら着替えなとが必要になるからまた家に帰らないといけない。
珠唯さんがそれを許してくれるかはわからないけど。
「かえらないよ?」
「さっきも聞いたよ。だけど着替え取ってこないと」
「だいじょーぶなのです」
珠唯さんはそう言うとはいはいしながらクローゼットの扉を開ける。
まさか……
「ゆーやさんがいつとまってもいいように、おきがえよういしてあるの」
「至れり尽くせりとはこのことですか。突っ込んだら負けだよな」
こういうのは全て受け入れるのが一番だ。
どうしようか、いつもの珠唯さん的にはこの着替えを用意はいたけど、いざとなったら言えるようなものではないとか思っていたら。
超見たい。
「普通の黒いスウェットってあたり俺のことわかってるな」
「えっへん」
「はいあーん」
「あーん」
今の珠唯さんの相手の仕方がわかってきた。
わかれば可愛いしかないのが珠唯さんのすごいところだ。
とりあえずは残ってるお粥を食べてもらうことにする。
「ごちそうさまでした」
「お粗末さま。じゃあタオルとお湯用意してくるね」
「はーい」
どうやら体を拭かれることは相当に楽しみだったらしい。
素直に俺が離れることを認めるなんてどれだけ楽しみだったのか。
それとも、もう俺には飽きたのか。
泣くぞ?
「勝手に寂しがった重い男が帰って来ましたよ」
「ん?」
「気にしないで。それよりも拭く時は目を──」
俺が聞く前に珠唯さんが服を脱ぎ捨てた。
俺の心の準備を待てや。
「しゃむい」
「俺がドギマギしてたら珠唯さんの熱が悪化するじゃねぇかよ。つーか寒いなら脱ぐなし」
「さーむーいー」
これはわざとのやつだ。
別に服を脱がなくても背中だけ出してくれればそれで良かったものを。
まあどっちにしろ早く済まさないと熱が悪化するのは変わらない。
お湯に浸けたタオルをしぼって右手に持ち、左手を珠唯さんの肩に置く。
「拭くよ?」
「はーい」
「失礼します」
「ひゃ!」
「変な声を出さないでくださいよ」
タオルが触れた瞬間に珠唯さんが驚いたような声を出す。
ちゃんとやる前に声をかけたんだからやめてくれ。
「びっくりしたの。でもきもちー」
「それは良かったですよ。俺は珠唯さんの綺麗な背中にドキドキしすぎて何も考えられないですけど」
珠唯さんの真っ白で小さな背中。
これは危険だ。
直視してると目が焼かれて内部から爆ぜる。
とりあえず珠唯さんのつむじに逃げてはいるけど、目が引かれる。
「ゆーやさんのえっちー」
「好きな人の裸を目の前にして何も思わない方がどうかしてるから」
「えへへー、うれしー」
珠唯さんが体を左右に振り出す。
拭きにくいけど、上機嫌ならそれでいい。
「うん、終わった。後は自分でお願い」
「えー」
「俺がこの後気まずくて何も話せなくなってもいいんだね?」
「や! じぶんでやる!」
珠唯さんがタオルを受け取る為に勢い良くこちらを向く。
だけど甘い。
そんなのは想定済みなのでちゃんと目を瞑っていた。
「……」
「ちょっと珠唯さん? 何を考えてらっしゃるのかな?」
「……」
「ねぇ、何か言って? それはどっちなの? 何をしてやろうか考えてるのか、黙って俺が心配して目を開けるのか待ってるのか」
「……」
やばい、目を開けたい。
だけど俺は負けない。
「よし、じゃあシャワー借りるね」
「おめめつむって?」
「おめめ瞑って。一応言っとくけど、もしも入って来たら気まずくなるからね?」
「……はぁい」
油断も隙もない。
多分不服そうにしている珠唯さんにタオルを渡して……
「珠唯さんが気にならないなら俺も拭くだけでいいのか?」
「すいがふくー」
珠唯さんにはシャワーを駄目だと言ったのに俺はシャワーを使わせてもらうのは少し違うように感じた。
これが夏なら話は変わるけど、冬だし大丈夫だろう。
「すいがゆーやさんをふきふきする」
「背中だけね?」
「んー」
なんか曖昧な返事が返ってきた。
別に洗面所を借りて全部自分でやってもいいけど、珠唯さんはそれを許さないだろうから背中だけはやってもらうけど、それ以降は自分でやる。
「じゃあぬいでー」
「先にあなたが済ませて」
「なんで? すいののこりゆがいいの?」
「いや、あんた服着ないでやろうとしてるだろ。悪化するからさっさと服着ろ」
「わすれてた」
今の珠唯さんにそういうつもりはないんだろうけど、俺をいじるようことを言うのはやめて欲しい。
ちゃんと珠唯さんが終わればお湯とタオルは変える。
変えないと俺が危ないだろうし。
「おわったよー」
「じゃあお湯変えてくるから服着てなさい」
「おようふくとってー」
「……いや、そうだよな」
さっきは俺の服を取りにクローゼットまではいはいしてたけど、そもそも珠唯さんは病人だからそんなことをさせるわけにはいかない。
だから俺が取りに行くのは当然で、つまりは珠唯さんのクローゼットを漁らないといけない。
「さむいなー」
「こいつ実は俺をからかってるな。わかったよ、どれ取ればいい?」
「んとねー、うえにかかってるみぎのしろいの」
「これか?」
珠唯さんに言われた服を取ってみたが、これが寝巻きは絶対に嘘だ。
俺には服の知識はないけど、これは白いモコモコのカーディガン? というのだろうか。
どう見ても外行きの服だ。
「それかわいい?」
「とても」
「じゃあそれ」
「いつか着た姿を見せてね」
俺はそう言って服を戻す。
これを着た珠唯さんか可愛いことなんて容易に想像がつく。
早く元気になって着た姿を見せて欲しい。
「今も十分元気には見えるんだけど」
「んー?」
「なんだもない。それで本当のはどれ?」
「したぎはしたの引き出しのところ」
「お願いだから俺を試すのやめて」
珠唯さんには悪いけど下着は取れない。
さすがに俺はそこまで肝は据わってないので。
「じゃあいいよ。こっちきて」
「服を着たらな」
「だからなの。こっちきて」
意味がわからない。
だけど今の珠唯さんが俺をからかうことなんてな……くはないけど、シラフの珠唯さんほどからかうことはしない。
だから俺は今の珠唯さんを信じて後ろを振り向く。
「じゃーん、パジャマー」
「いや、可愛いかよ」
珠唯さんはピンクの可愛いパジャマを身にまとっていた。
まずはなんでパジャマを着てるのかを指摘するのだろうけど、可愛いからそんなのはどうでもいい。
多分俺の服を取ってきた時に一緒に持ってきていたのだろうし。
「じゃあすいがふきふきするからこっちきて」
「まずはお湯を変えないと」
「すいのあと、や……?」
珠唯さんがタオルを両手に持って今にも泣き出しそうな顔で言う。
ずるい子だ。
「光栄ですよ」
「じゃあきて」
「実は熱下がっていつものからかいに戻ってるとかないよな?」
「もしそうだったら?」
「余計に好きになる」
そんないじらしいことをされて好きにならないわけがない。
だけど今は珠唯さんには熱があると信じて相手を続ける。
顔も赤いし。
「お願いしますね」
「う、うん」
とりあえず服を脱いで珠唯さんに背中を晒す。
あまり自分の体を見るのは好きではないけど、今回ばかりは仕方ない。
「ゆ、ゆうやさんのせなか……」
「何してもいいから早くして」
「な、なんでもしていい……いや、それはだめ。まだはやいよ」
なんか興奮して化けの皮が剥がれてる気がするけど、まあ面白いから気づいてないことにする。
「じゃ、じゃあやるね」
「タオルと一緒にきたその左手は?」
「きにしないで」
右手でタオルを持って拭いてくれてるのはいいけど、珠唯さんが左手で背中をさわさわとしてくる。
別に触るのはいいんだけど、右手が泊まっていることに気づいていないのだろうか。
まあそれから色々あって、全てが終わったのは十時を過ぎたあたりだった。
「幸せ……」
「何が?」
「色々とです」
もうすっかりいつもの珠唯さんに戻っている。
今は一緒の布団に入って手を繋いでいるが、さっきのように手が熱いことはない。
「このまま大人の階段上ります?」
「君は病人なんだからね?」
「あ、そうでした。ゆーやさん、やさしくしてね?」
ほんとに俺はこの子が好きだ。
無性に抱きしめたくなったからそうしてやった。
「い、いきなり大胆ですね。ほ、ほんとに今日大人の階段を……」
「俺を好きになったくれてありがとう」
「え?」
「独り言だから気にしないで。俺の人生はもうあなた無しでは生きていけないよ。俺さ、一回だけ就活で仕事の面接行ったんだよ。だけどね落とされたんだ」
「見る目ないんですね。まあそのおかげで私は
そう、全ては繋がっている。
俺はあの時面接に落ちたから珠唯さんと出会えた。
落ちた理由が俺の父親が人を殺したからだって言われて、二度と面接に行きたくなくなったおかげでフリーターを続けていたから珠唯さんに出会えた。
まあ普通に人見知りだからってのもあるんだけど。
「まあこうして珠唯さんなことを一生幸せにしたいって思ってるわけで、そうなるとやっぱり仕事には就かないとなわけですよ」
「私が養います!」
「ぶっちゃけ家事を任せるのは怖いからそれもありなんだけど」
「悠夜さんの為ならお料理だって頑張ります」
「じゃあ二人で頑張ろ」
俺は仕事を、珠唯さんは料理を。
お互いに頑張ればお互いが励みになってきっと上手くいく。
「……」
「どうしました?」
「今はこれだけ」
俺はそう言って珠唯さんのおでこに触れるようなキスをする。
「ひゃい!?」
「遅いんだから大声出さないの」
「なんか前にも言われた気が……じゃなくて!」
いい反応をありがとう。
いつもの仕返しだからとても嬉しい。
「あー、これは明日も熱ですね。ということで明日もお泊まり確定です」
「俺は熱がなくてもずっと一緒に居たいよ」
「ほんとに熱が……ぶりかえしちゃうの!」
どうやらやりすぎたらしい。
珠唯さんを強く抱きしめて珠唯さんの熱を感じる。
俺は一生この子を大切にする。
絶対に俺と恋人になったことを後悔なんてさせない。
いつかきっと、二人で幸せを掴む。
まあ今も十分幸せなんだけど。
こうして長い夜が終わり、俺達はより深い関係になれた、かな?
結局雪は降らなかったけど、絶対に俺達のせいではない。
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