第5話

 目が覚めて最初に目に入ったのは見知らぬ天井だった。

「目が覚めたかい?少年」

「……えっと、残夜さん。侑は、どうなりました?」

 こぼれてしまった記憶を懸命にかき集めて僕は会話をした。

「今は安静にしてもらってるよ。…………君、少しは自分のことを気にしたらどうだい。」

「それは、その………できませんよ。僕にとって侑は恩人で、太陽みたいなものなんですから。自分の命より大切です。」

「そっか。だが、しばらく無理はするなよ。アレの毒がまだ残ってるからね。」

「…………え?」

 まさか、ダメだったのか?まさか、みんな殺された?

「それにしても、毒の出力を調整できるようになってたなんて、驚きだったな。それがなかったら、今頃皆殺しだったし、運がよかったな。」

「……………よかった。みんな、死んでないんですね。」

「ああ、それと。少年の彼女さん。調査してわかったことなんだが、裏路地以外での殺人はしてないらしい。それに、移動先も基本的に人間の少ないところだった。君のためかどうかなんてわからないけど、彼女はあの出来事より後に罪を重ねてない。」

 なんだか嬉しかった。正気を失っていても僕のことを思ってくれてたのかと思うと胸がはずむようだった。

「それに事件当時は、はっきりとした意識がなかったんじゃないかって話とそもそも殺した男たちに対して正当防衛したんじゃないかって話も出てきてる。うまくいけば、減刑になるかもな。」

「そうなんですね。」

喜んでいいのか、僕にはわからず、少し複雑な気持ちになった。彼女が苦しむ原因が少なくなるならいいとは思う。

けど、罪も何もかも背負うって言ったのに、結局自分は何もしてやれてない。大口を叩いていた過去の自分に腹がたってきた。

「気負いしすぎるなよ、少年。なんでもかんでも自分のせいって考えるといずれ破滅するよ。だから、気にしすぎるなよ。」

「………はい」

「じゃあね、少年。私たちはすぐに次の場所に行かないといけないからな。最後に言いたいことはあるか?」

「それなら、次からは少年ではなく、律ってちゃんと名前で呼んでください。」

「わかったよ、律。それじゃあ、元気でな。」


 しばらくして、侑が目覚めたと中雲先生が伝えに来てくれた。

 僕は痺れる足を無理矢理動かし、侑のところへ向かう。

 病室には髪は白くなってしまってはいるが、いつも通りの彼女がいる。

「侑、よかった。ちゃんと、僕は君を、助けられたんだね。…………よかった」

「………ねえ。どうして、私を助けたの?私はあの場で死ぬべきだった。ねえ、答えてよ、律。」

「君をひとりぼっちにさせないためだよ。」

 小さい頃の自分が寂しい思いばかりしていたことばかりに目を向けていた。

 彼女は強い存在だって信じたかった。けど、違った。本当は普通の寂しがり屋な少女なんだ、侑は。

 そうだ。彼女は普通のどこにでもいる少女なんだから。

 だから、もうあんな思いはしてほしくなかった。

「………そっか。………ありがとう、律。律のおかげで、私、今………ひとりじゃないよ。………寂しくなんてないよ……ありがとう」

「どういたしまして。」

 ようやく、あの日の恩を返せた気がする。ホッとする気持ちと、けどこれからある山積みの問題をどうしようという不安とが、交互に襲ってくる。まあ、頑張っていくしかないよな。

「ねえ、律。」

「なに?侑。」

「あのさ………これからもさ、一緒にいてくれる?……えっと……その……あの、これは他の誰からの言葉じゃない。私の……私自身が選んだ言葉。………それで……その、答えは?」

「………いいよ。ちゃんと侑と向き合うし、君を一人の女の子に戻してあげるから。だから安心して。絶対に、ひとりにしないから。」

 夏のこの日、僕は誓った。彼女をひとりにしないと。誓いを胸に、僕は生きていく。

 未来の栄光など、捨て去った。けれど、その代わりに得れたものがある。

 何にも縛られてない彼女が笑ってるなら。それで、十分だ。

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ノウゼンカズラのおちるとき 巴氷花 @tomoe2726

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