第4話
小学校付近まで来た。静かな町に、ただ命を啜る音だけが響いていた。近くに侑がいるのだろう。自分一人で化物になってしまった彼女を救えるのだろうかという不安がそっと僕の心臓を掴んでは離してくれない。さっきに怯えて何もできなかった。今回もそうなるんじゃないかと。
けど、進むしかない。今の僕には。
「待ってろ。すぐ、僕もそこへ行くからな。」
僕は研究所から持ってきた例の細胞の入った注射器を荷物から取り出し、それを足に注入した。
瞬間、激痛が走る。それに身体の内に小さな虫が入り込んだかのような気持ち悪さに襲われた。入るだけならまだいいかもしれない。その虫は複数いて、さらに一斉に暴れ出す。それぞれ別の方向へ。それが苦しくて、苦しくて声が出せない。
けど、これだけじゃ足りない。
僕はもう一本、注射器を取り出し、それをさっきは注射器を射たなかった方へと使う。
瞬間、僕の世界が割れる。
今まで大切だと思ってたものが、思いが、理想が、夢が、正しさが、描きたかった未来が崩れさった。コップの底に穴が空いたみたいにどんどん大切なものもそうでないものも等しく流れ出ていく。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーただ一つの例外を残して。
「はぁはぁはぁはぁはぁ。耐え抜いたぞ。」
しかし、耐え抜いたところで残り少しの命だと心臓の鼓動が警告する。
「ああ、わかってるさ。…………行くぞ。」
まずは、どのくらい動けるかの確認をしないといけない。それを把握しておかないとすぐには破滅するからね。
僕は手で特殊金属の簪を強く握り、足に力を貯め、地面を強く蹴る。
今までに感じたことのない風が僕を襲うと同時に身体に激痛が走る。
僕が例の細胞でで強化したのはあくまで足のみ。他はしていない。そう。つまり、今出せる全速力では、自分自身も傷を負うことになる。しかも、それは深刻なものだ。それは避けないといけない。
今の感じ的に、あと三回。…………行ける。
助けるんだ。侑を。
さっきよりも速度を落とし、走ってみた。十分な速さだ。これなら、あのタコ足とかの触手の群れにも対応できる。
小学校の敷地内に入った。血の匂いがより濃くなる。ひどい匂いだ。匂いがより強い方へ進む。その方角の先には校庭がある。きっとそこに侑はいるのだろう。
僕は、二年前までよく使っていた道を今までにも、そしてこれからもないと思えるくらい真剣に歩く。
校庭の全体像が見えるか見えないかくらいのところで、校庭の中心に一人で立つ女の子が確認できた。
白い髪を長く伸ばし、口もとはさっきまで命を啜っていたとは思えないくらいきれいだった。
髪の色は変わってしまってるけれど、あれは侑だと僕には一目でわかった。
「今、助けてやるからな。」
目が合った。真っ赤な月のような目と。
「お兄さん………かっこいいな………いい………おいしそう………」
僕を律だとと認識できていない様子だ。記憶が消えてるのか?いや、そんなことは助けた後に考えろ。
僕は走り出した。前からタコやイカ、クモの足が押し寄せてくるが、それらを躱す。侑はまだ。このスピードに着いてこれてない。
「これなら!」
いける。あと数メートル。けど、油断など全くできない。まだ、蟹や宝石などの手札、それにまだ見てないのもある。
だからこそ、ここで全速力で侑に近づく。手札なんか使わせずに終わらせてやる。
そう考え、僕は足に思いっきり力をかけ、地を蹴り、加速する。
そうした次の瞬間には、彼女なの心臓部に簪を刺した。
「い、やった!これで侑はもとに戻る。」
今まで感じていた緊張が嘘のように抜け落ちた。これで、彼女は…………
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー何か金属の擦れる音がする。
「何の音だよ?」
その音がしていたのは、侑の身体の内部。
音が急に止まった。それと同時に、金属の刃が僕の腹を貫く。口からは血が流れ、腹部から激痛が走る。
しかし、僕はそれに耐え、刃を足で折る。そして、逃げようとしたが、呼吸が整えられない。
そう、走れないのだ。僕は身体が壊れないということの他に、心臓や肺などの限界を考えていなかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーおしまい、か。
誰の言葉か忘れたけれど、やらないより、やって後悔した方がいいっていうのは正しかったんだな…………
……………ああ、けど。悔しいな。
無数に増えた人の腕に大量の口を生やし、それを近づけてくる光景をうっすらと見ながら、僕は命の火が燃え尽きるのを待つだけだった。
「諦めるのはまだ早いぞ、少年。」
その言葉と共に華麗な剣撃が目に映る。
「だって君はまだ、彼女を救ってないんだから。」
無数の触手を見知らぬ男は切り伏せる。その結果、宙を舞う僕を水色の髪の女性ががキャッチしてくれた。
「大丈夫?自分で立てそう?」
「…………だ、大丈夫です。僕なら。それより、えっと……さんは、どうして僕を?」
「さあね?昔捨てた理想とちゃんと向き合いたくでもなったんじゃない?」
もう名前もわからない女性の顔には笑みが浮かんでいた。
「少年、私が彼女の気を引く。あとは、わかってるな!」
「はい!」
しかし、どうする?簪はまだ彼女の胸に刺さったまま。あと全速力を出せるのは二回のみ。
回収に一回。また刺すのに一回でいけるか?それにどこを刺すべきなのかもわからない。
どうすれば……………
僕は自身の記憶を振り返る。彼女の身体のどこに、例の細胞の本体とも呼べる器官がある?
最初から考えて………………まてよ
最初、背中から生えてこなかったか?もしかして、本体は背中に………
「………僕、行きます。」
女の人は頷くと、僕も肩を持つのをやめた。
「かんばれ。侑ちゃんを助けるの。」
「はい!」
もし背中じゃなかったら、どうする?
そもそも、二回ともここで使い切るのはいいのか?いや、そんな考えじゃダメだ。死んでも彼女を助けろ、桐谷律。
いや、死人だらダメだな。
だってーーーーーーーー彼女をひとりにさせちゃうから
僕はさっきと同じように再び、足に力を入れる。そして思いっきり地を蹴り、走る。
刀を持ってる男が気を引いてくれたおかげで簪を思ったより楽にとれた。
次で最後だ。ーーーーーーーー侑、戻って来い。
地を再び蹴った直後、全身に悲鳴が響く。
だが、そんなの気にしない。僕の傷なんかで帰ってきてくれるなら。
しかし、現実はそう甘くない。彼女は背中から人の腕を大量に出し、僕を拒絶しようとする。僕の今出せる速度に対応し始めていたのだ。
………どうする?これが失敗したら、僕にはもう何も…………
「よそ見をするな!お前の相手は私だ!」
そう言うと残夜は彼女の正面から瞬時に背後に回り込み、全ての触手を粉々に切り刻んだ。
「邪魔はさせない。行け!少年。」
「………はい!」
知らない人の激励が僕の背中を後押しする。
そして僕は勢いよく、侑の背中に簪を刺した。
その直後、侑は叫び始めたが、すぐにおさまり、ただの少女としてただ眠りにおちた。
「あとは………自分にも、ささな………」
あれ?何を刺すんだっけ?………よく思い出せない。けど、何かやる必要があったような………そんな気がする。
腕も、足ももう動かない。自分の意思で動かせない様は、まるで死体を眺めてるみたいだった。
もう、いいや。諦めてしまおう。なんのために頑張ってたのかももう、わからないし。それに思い出せもしない。
そこで意識は途絶えた。
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