第3話

 「君、目が覚めたかい?」

「誰だよ?あんた。」

「雫ちゃんは、宝泉雫。気軽に雫って呼んでよ。」

「……じゃあ雫さん。どうしてあなたは、ここにいるんですか?ここは、米林の家ですよ。」

「それについては僕が説明しますよ。」

「晴信、聞かれてるのは、雫ちゃんなんだけどぉ。」

「君、説明下手だろ。なら、僕が説明した方が効率的だ。」

「な?!なんてことを言うんだ、晴信はぁ。雫ちゃんだって、雫ちゃんだってやればできるのにーーーーー。」

「すみません。うちのバカが。………じゃあ、説明しますね。僕たちは、米林真次を保護するために来た組織、タブララーサです。」

「タブララーサ?」

「はい。タブララーサは人類滅亡を事前に防ぐために、結成されたんです。それで、今回の僕らの任務が米林真次の保護だった。」

…………だった?それって、まさか………

「任務の内容は、どう変化したんですか?」

「……いいね、君。話が早くて助かるよ。米林真次が死んでしまった場合、僕らは研究所のデータや彼のいた痕跡をこの町から抹消しないといけない。たとえ、殺してでもね。」

「……は?何言ってるんですか?!」

侑の父親が死んだ?急に何を言ってるんだ?それに、痕跡をこの町から抹消するってどんな手段で行うんだ?

「もう、手筈は大体整ってる。あとはアレが来れば任務は終了、てわけ。」

「アレってなんだよ?まさか、あの剣を持った男のことじゃないだろうな?」

 もし、アレの指す内容がそれなら、僕も侑も、この町のみんなが、惨殺され……

「私がどうかしたか?」

「あ。残夜、よかったよ。死んでなくて。」

「うるさい。そんなことよりも、あの小娘だ。彼女を放置したままではまずいぞ。今はまだ不完全で、かつ繁殖しようという意思がないからいいが、もし完全体になった上でその考えが芽吹いたなら何回か世界を滅ぼせるぞ。」

「は?まじかよ………残り何日程だ?」

「多分、早くて二日、遅くても四日程だな。」

「はぁ。よかった。それなら全然間に合うね。」

「アレはいつ頃、着く予定なんだ?」

「明日。まあ、君の話してた赤髪のやつにに邪魔されるかもだけど、まあアレなら大丈夫でしょ。」

「まあ、そうだな。」

 コイツらさっきから侑のことをまるで爆弾みたいに言いやがって………

「ふざけるな!侑を時限爆弾みたいに言いやがって…………」

「いや、事実だし。というかさ。他に方法なんてないだろ?」

「………方法は僕が、きっと……いや、必ず見つけます!だから………」

「甘えるな。私たちは正義の味方でも、ヒーローでもないんだぞ。少数を切り捨て、多数を救う。それしか、私たちはできないんだ。」

「それでも、僕は、侑と行きたいんです。お願いします。………お願いします…………どうか。」

「…………研究所にまだ、データが残ってる。好きにしろ。」

「おい、残夜!」

「残夜君………」

「ただし、協力は一切しない。一人でせいぜい頑張るんだな。」

 そう言うと、残夜という男は去っていった。

「残夜君、本当は助けたいくせに……」

「仕方がないだろ。あいつは現実を直視しすぎたんだから。もう、諦めさせてやれよ。」

「……全ての人間を救えないからこそ、正義の味方っていう虚構が輝くってさ、ひどい話だよね。」

「……ああ、そうだな。」

 僕には、この人たちが何で苦しんでるのか全くと言っていい程わからなかった。それにそんなことに割く時間は僕にはない。今は時間が惜しい。

 僕は地下の研究所へ走った。

 研究所に着いてから、すぐに僕は置いてあったコンピューターから情報収集を始めた。

 人生で初めて使うタイプのやつだったけど、基盤は動画で一度見たことあるのに似ていたので割と簡単に動かせた。

 ファイルの一番上にあった例の細胞についてのデータを覗き込んだ。

 そこには、このようなことが書かれていた。

・例の細胞は、北星の獣の体質を人間に適応した形で再現するために作られたこと。

・例の細胞を人間に適した器官に加工して、それを侑の身体に埋め込んだこと。

・そして、例の細胞の性質としては食べたものの性質や特徴、形、器官などを再現できること。

・最後に、燃料さえあれば再現する器官には制限はないこと。

 ここに書かれてることが本当ならかなりまずい状況だ。だって、食べたものの性質に制限がなかったら機械や兵器も簡単に量産できる。他には、きのこの胞子で増える性質や寄生虫とかの性質を応用して自身の細胞を他人に勝手に移植もできる。それなら、簡単にリソースを得られる。

 あの人たちの言ってたことは、本当だったんだ。

 けれど、こんな事実に絶望してなんていられない。

「何か、使えるものはーーーーーーーーーーーーーあった。」

 そこに書かれていたのは、特殊な金属加工をした物を例の細胞の器官に刺すだけで、器官の活動が停止するというものだった。

 ……………今はこれに賭けるしかない。けど、

「その特殊金属がないんじゃ……………」

「ねえ、君!」

 急に呼ばれたため、反射的に声のする方がを向いてしまった。僕には、時間がないのに…………

「雫さん、どうしたんですか?」

「いや………その、残夜君から。これを君にって。」

 小さな袋を渡された。その中身は、美しい簪だった。

「これって………」

「何かの役に立つといいんだけど…………」

「……ありがとうございます。」

 これさえあれば、どうにかなるかもしれない。侑を助けることが。

「よかった。必要な物だったんだね。渡せてホッとしたよ。」

「………あの、これがあったなら、どうして侑にすぐに使わなかったんんですか?」

「うーん。雫ちゃんにはよくわかんないけど、これだけは言えるかな。君のせいだよ。」

「……………」

「あれぇ?衝撃的だった?君があの場にいたせいだし、そもそもさ。共食いしてるやつを見たらさ、まず逃げようよ。守る対象がいるってめんどくさいんだよ。わかる?」

 ……………わかってるさ、そんなこと。自分があの場にいるべき人間じゃなかったことくらいわかってる。けど、それでも………

「僕は、侑を助けるって決めたんです。それに、あんたらは僕に協力はしないんだろ?なら、邪魔もするなよ!」

「君は、自分の命が大切じゃないの?将来の夢とか、栄光を捨ててまで、君がその選択をする意味はあるの?どうして失敗するかもしれないのに、そんなことへ足を踏み出せるの?そんなのおかしい。………おかしいよ。」

「それでも、僕はやる。やってみせる。………じゃないと僕は、絶対に後悔するから。」

 それだけじゃない。僕は知っている。彼女がーーーーーー–ーーーーー

「………そっか。ごめんね。君と残夜君を重ねて見ちゃってた。ああ見えてね、昔は優しかったんだよ。けど、あの日から変わっちゃって………いや、なんでもない。君はああなんないでね。」

 雫さんは優しく微笑み言った。

 さっきの言葉は、彼女なりの応援だったのだろう。ただ、その前に暴言の嵐だったことも踏まえると、素直に受け取りたくないと思ってしまった。嬉しかったけど、言葉や思いだけじゃ何も変えられない。そのことが頭から離れなくて、少し辛かった。

 さて、僕は彼女を止める手段に入れたが、彼女のもとへ確実に行ける手段など当然持っていない。

 まあ、そのまま僕が自分自身の足で走ってもいいが、そんなことを呑気にしていたら数秒後には南無三だろう。

何かいい手段はないだろうか。

 ………………まてよ。機能停止用の特殊金属は、例の細胞の試作品にも有効なのか?

 もし、そうなら、使うしかない。とにかく、調べないと。僕は急いでコンピューターを動かす。

「…………あった。特殊金属で止まったのは、三百回中一回!なんだって…………」

 いや、ゼロじゃないだけマシだが、それにしたって、この確率は低すぎる。

………けどやるしかない。これ以外に手段なんて無い。侑を絶対、助けるんだ。

 いざ、侑を助けに行こうと思っても場所がわかんないと意味がない。だから、僕は場所を知っていそうな人に話を聞きに行くことにした。

 「すみません。晴信さん、侑の場所を教えてください。」

「あのさ。僕ね、初対面の人間に下の名前で呼ばれるの嫌いなんだよね。土御門って呼んでくんない?」

「………わかりました。土御門さん、どうか侑の場所を教えてください。」

「………どうして、僕が君のわがままを聞かないといけないんだい?協力してもらいたいなら、雫や逸佳のところにでも行きなよ。」

「この土地に結界を張ったあんたに聞くのが確実だ。それに、あんたは僕の頼みを断れない。」

「何?」

「だって、これがうまくいったなら、僕という少ないの犠牲で世界が救われるんだから。」

「………ふふ、ははははは。君が世界を救うって?笑わせるなよ。冗談きついぜ。」

「冗談なんかじゃない。僕は本気だ。」

「へぇ。君、本気なんだ。ふーん。………まあ、面白そうだし、教えてあげるよ。君みたいな馬鹿なガキが無意味に死ぬのは見てみたいからね。」

 土御門って名乗ったコイツは、性格がすごい悪いな。歴史の授業で高貴な人たちって説明されてたのが嘘みたいだ。

「場所は、小学校付近だね。」

「大体の場所しかわからないのか。…………使えないな。」

「いや、この辺りの地名が全くわかんないし、仕方がないだろ。」

「けど、まあ。その、ありがとうございました。それじゃあ。」

「待て。一人で行くのか?」

「はい。そうですけど、それが何か?」

「いや、いい。なんでもない。」

 不可解な人だ。さっきまで死んでしまえと言っていたのに。まあ、いいや。

 僕は小学校に向かった。


 「雫」

「何?晴信。」

「子供ってどうして、ああ話を聞かんやつが多いんだ?」

「知らない。けど、少なくとも幼い頃の君も同じタイプの人間だったけどね。」

「……知るか。忘れたよ、そんなこと。」

「ところでさ、いいの?残夜君。助けに行かなくても?あの子、死ぬ気だよ。ああいう子を少しでも減らすためにこんな仕事をしてるんじゃないの?」

「………そうだな。けど、無理な話だよ。全員助けるなんてこと。今ある世界を少ない犠牲の上に成り立たせることしかできないんだから。」

「…………ふざけないで。」

「ふざけてなんていないよ。本当に救えるかどうかなんて、あんな情報だけじゃ信じらんないだろ。それに、もう私は、自分の選択で人が死ぬのは見たくないんだ。」

「あの頃の残夜君なら、そんなこと言わなかった。今の君は、雫ちゃんが………私が好きになった君とは全然違う。」

「おい!言い過ぎだ!雫。いつもなんの役にも立たないお前が、一体何様のつもりだよ!残夜も苦しんでいるんだぞ!それを、お前は…………」

「そんなの、私も知ってる。けど、私の憧れた君は、こんな惨めじゃなかった。それに………………いや。もう、いいや。そんなに自分の身勝手な選択で人が死ぬのが嫌なら、そこでまた助けられる人を見殺しにして、うじうじ腐ってればいいよ。私は、あの子につく。」

 そう言うと、雫は残夜の頬を勢いよく叩いた。

「………さよなら。」

 少し時間がたった。一分か、二分か。正確な時間などわからないが、とにかくそのくらいの。

「おい。雫、行っちゃったぞ。いいのか?残夜。」

「………何が?」

「これ以上、お前が自分自身の理想から目を背けることにだ。………本当は、僕と同じで残夜も辛いんだろ?」

「………ああ。辛いよ。けど、私は………僕は一人の弱い人間なんだ。僕一人じゃ、僕の救いたい人たちをみんな救えない。それに君たちがいたって、無理なものは無理じゃないか。」

「それでも、救える人を増やし、傷つく人は減らせるだろ?お前が掲げていた理想の形は、本来こういうものなんじゃないのか?」

「…………」

「あれ?どうしたの二人とも?」

「熊太さん………」

「ケンカか?やるなら任務が終わってからにしてよ。」

「熊太さん、……私はどうするべきですか?」

「え?何、急に?」

「残夜は今、子供二人を助けに行くか、悩んでるんですよ。」

「ああ、そういうことね。うーん。そうだなあ………俺はお前らとは根本的なところが違うし、そういうのよくわからないから、はっきりとは言えん。だが、これだけは言えるよ。後悔しないような生き方をしろってね。まあ、これ東郷からの受け売りなんだけど。」

「………後悔しないように、か。………………………………行こう。」

「残夜、今なんて?」

「行こう、晴信。彼らを助けに。」

「……………ああ!お前らは本当にバカで困るよ、ホントさ。」

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