オルターエゴ

海湖水

オルターエゴ

 「クッソ、しつこいな!!俺は無実だって言ってんのに!!」


 夜の道を、一人の青年が駆けていた。道の端には、汚れた雪が積もっている。青年が吐き出す息は白く染まっていた。

 地面に張っている氷が見えた。これがヤツの能力か。今の時期は夏のはずだから、この気温は能力の影響とみて間違いない。


 「やっと追いついた。さあ、手をあげて、地面にうつ伏せになりなさい」


 気づけば前は行き止まり。青年の後ろから、警官服の女性が声を上げる。

 彼女の手には銃が握られていた。一般人には向けることのないはずの銃、警察と言えども一般的には許容されないほどの能力の行使。

 それほどまでに、自分が殺人犯として恐れられているという事か。まあ、無実なんだが。


 「待ってくれ……なんで俺は追われてんだよ。いや、殺人犯って疑われてるのは知ってるんだけど」

 「知ってるなら説明は良いでしょ?凶悪殺人犯の二重ふたえさん」

 「苗字が同じだからって犯人扱いしないでくれないか?」

 「あら、写真があるんだけれど」


 彼女はそう言うと、胸ポケットから一枚の写真を取り出した。街灯に照らされてかすかにわかる、その写真に写る人物は、確かに二重そっくりだった。


 「ね?とりあえず手をあげて?私、人を氷漬けにするの嫌いなのよね」

 「……わかった。でも俺は犯人じゃ」


 二重がそう言いかけると同時に、目の前の銃口から、二重の足元に弾丸が打ち出された。二重の足元のタイルが砕け散り、破片が二重の足に当たる。

 一瞬の痛み、それらは全て、目の前の婦警が自分を撃ったという事実に飲み込まれた。


 「あら、脅し文句じゃ足りなかった?」


 このままだと殺される。そんなことを感じるほどに、彼女の目は笑っていなかった。彼女のその目に似合わない喋り方と笑みが、より恐怖を際立たせた。

 二重は手を挙げて地面に膝を付けた。このまま殺されるなら、無実を証明した後に法廷で戦った方がマシだ。

 膝に伝わる冷気がつらい。今からここにうつ伏せになるのか、できればなりたくないのだが。


 「誰が膝を付けるだけでいいって言ったの?うつ伏せになりなさい」


 そう言われると同時に二重の意識は途絶えた。



 「アー……俺ノ時間ダ」


 二重の足がまるではじけ飛ぶかのようにうなった。タイルが吹き飛ぶと、目にもとまらぬ速度で、二重の体は彼女の方へと飛んで行った。


 「止まりなさい!!」


 叫ぶのとほぼ同時に、彼女は躊躇うことなく引き金を引いた。同時に能力の出力も最大にする。銃を撃つ意味などあったのだろうか、そう思えるほど辺り一面は氷で覆われた。

 この場では、彼女以外は氷漬けにされ動くことなどできない……はずだった。


 「冷テェんダヨ!!」


 二重の足元の氷は、簡単に砕け散った。まるで放たれた弾丸のように飛び出すと、氷を砕き、銃弾を避け、目と鼻の先まで接近した。力任せに手を振ると、彼女の手に持っていた銃ははるか後方へと飛ばされた。


 「だめだ!!」


 二重はそう叫んだ。自分の体の自由が利かない、その事実に気づいた彼の叫びが夜の街にこだまする。

 二重が必死に体を動かさないようにすると、かすかに体の動きは鈍くなった。

 これでいい。このまま襲わないでくれ。彼女が逃げ切れるまでは、どうか動かないでくれ。彼はそう願いながら、ひたすら体を動かすことに集中した。


 「……やっぱり……そういう能力だったのね……」

 「はァ!?何ガ言いたい!?」


 体の自由がまだ完全に聞かないからか、自分の意識が、別の何かと混濁しているように感じた。口が自然に動く。彼女の発言が気になった。能力ということは、普通は制御できるものではないのか?自分は無能力のはずではないのか?

 だが、もしこの体の暴走が、自分の能力が原因ならば……。


 「制御できるはず……」


 体に力を入れる。暴れようとする体に入る力とは逆方向に動こうとすると、確かに体の動きは鈍くなった。


 「ナゼ邪魔ヲスル!!」


 自分の口が勝手に動き、そう叫んだ。自分の能力だろうか。ならば言う事はただ一つ。


 「俺の能力なら、俺に従えぇぇぇぇ!!」


 自分の意識の中に入っていた「何か」が離れていくような気がした。





 「で、一応君の罪は償ってもらうよ」

 「はい……いや、でも無罪にならないのはおかしくないですか!?」

 「罪が減っただけマシでしょ。元は君の能力のせいなんだから」


 暴走のあと取り押さえられた二重は、警察署へと連れられていた。

 そして同時に、自らの能力が判明したのだった。


 「二重人格。それが君の能力だと思う。まあ、それを証明できないから、君には罪が課されたってわけ。さすがに殺しすぎたんだよ」

 「でも……」

 「能力ってことは、君の一部ってことだよ。手が勝手に人を殴ったから自分は無罪、なんてわけにはいかないでしょ?」


 二重は黙り込んだ。自分が殺してきた人の数ははかりきれないらしい。遺族からの、自分を死刑にしろという声も多いだろう。だからこそ、少しの労働で許されたことが奇跡なのだ。


 「俺の能力、制御できるようになるんでしょうか」

 「わかんないよ。まあ、対話できたらしいし、頑張ってみたら?」


 警官が出ていくと同時に、勝手に左手が動くと、机を叩いた。

 自分はこの意識と共にうまくやっていけるのだろうか。

 二重はまだ動く右手で机の上のコーヒーを飲みほした。

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オルターエゴ 海湖水 @Kaikosui

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