第4話 『こうして、俺は花魁を拾った。』


「今度は映画、行こうか!」


 大地くんはなおもデートを楽しむつもりのようだ。

 

「時代劇、好きかな〜って思ったから、いま上映中の『影斬りの剣 〜暁の復讐者〜』って映画のチケット取っておいたよ! ……それでさ、嶺紀くん分のチケットを予約してなかったから二枚しかチケット無いんだけど……」

「大丈夫ですよ。わざわざご気遣い、ありがとうございます」


 俺が飛び入り参加しただけなのに、大地くんが申し訳なさそうにしていた。

 本当に優しくて、気遣いのできる男だ。

 これなら百合も心置きなく預けられるな。

 

 結局、彼女たちの隣の席は取れなかったものの、遠くからでも見守れる席を確保することができた。

 そして、映画が上映された。

 

『この刀に誓った……お前を討つまで、俺の夜明けは来ない!』


 ベタな話すぎて、頭に入ってこない時代劇の映画だった。

 そんな中、俺の目はスクリーンよりもあの二人に釘付けだった。

 

 大地くんが百合の手を握ろうとしていたのだ。

 彼の手が、ゆっくりと百合の手へと伸び、指先が彼女の手に触れるのが見えた。

 なんだ。

 良い感じじゃん。

 そう安堵した、その時。


「――今じゃ!! 斬ってたもれ!!」


 と百合は突然席を立ち、大地くんの手を振り払って、そう叫んだのだ。

 ……映画館は完全没入体験のアトラクションじゃねえんだよ。


「まじかー」


 小さくそう言うしかなかった。

 

 そして、無事に映画が終わった。

 百合の怪奇的な行動を警戒し過ぎたたせいで正直、映画の内容なんて頭に入ってなかった。


「ご、ごめん。この後、用事ができたからもう解散しよっか……」


 映画館を出たすぐ、大地くんが申し訳なさそうにそう言った。

 

「それならば、致し方ございませんね」


 明らかに振られてしまった。

 ただ、大地くんの配慮からか、百合はその事実に気づいていないようだった。

 まあ、仕方のないことだ。

 大地くんは悪くない。

 

◇◇◇

 

「お前さ、元いた場所に戻んなくていいのか?」


 デートの帰り道、俺は彼女にふと、そう問いかけた。


「まだ……。まだでございます……」


 その曖昧な返答に、正直なところ、苛立ちが込み上げてきた。

 なぜなら、大学の課題も山積み。

 それでもってバイトで来学期の学費も稼がなければならないからだ。

 今日も本来ならバイトが入っていたが、このデートの付き添いのために、無理を言ってシフトを変えてもらったのだ。

 彼女の状況が困難なのは承知の上だが、最初から俺には彼女の世話をする義務は無いのだ。


「良い加減にしてくれよ。俺もやることがあるんだ。大学行って、バイトもして。お前の世話なんかいつまでもできないんだよ」

「……そうでございますね……」


 はっきりとそう告げた。

 これは遊びじゃないのだと。

 すると彼女はその言葉に深く頷き、一言応じた。

 それ以降は沈黙を守り、まるで親子連れの鶏のように、黙って俺の後ろをついてくるだけだった。

 

「ちゃんと着いてこいよー」


 何度か振り返りながら、彼女が後ろにいることを確認する。


 すると突然、鼻水を啜る音が耳に届いた。

 決して心地よい音ではなかったが、その音は確かに何かを伝えた。

 振り返ると、彼女の瞳は潤んでいた。

 しかし泣いているわけではなかった。


「ど、どうしたんだ?」

「……なんでもございませぬ……」

「なんでもない訳ないだろ! 話してみろよ」


 俺の怒鳴り声に似た轟きがその場を満たした。

 しばしの沈黙が流れた後、彼女がゆっくりと口を開いた。

 

「……わらわは死ぬ覚悟を決めておりましたの……何もかも、終わらせるつもりで……」

「え……?」

「花魁として咲くことなど叶わず、どれだけ身を粉にしても、わらわの努力は虚しく散っていったのでございます……」


 気まずそうに彼女の口からこぼれた。

 涙を抑えよう、抑えようという気持ちがその表情から真摯に伝わった。

 

「誰よりも必死で生きようとしましたが、運命はあまりに無情で、何一つ報われぬまま、ついには遠い里に送り込まれ、ただ死を待つしかできぬ日々を過ごしておりました」

「勿忘里か……?」


 話の流れが、あの日、湯川先輩が語っていた心霊スポットの怪談話と繋がり、俺は思わず話を割って、そう尋ねた。

 

「はい、そこでわらわは死ぬ覚悟を決めたのです。そして、藁に縋るような気持ちで、誰に宛てるでもなく、『たすけて』と呟いたのございます……」


 そうか。

 あの日、あの場所で響いた「たすけて」という小さな囁き。

 それは、やはり湯川先輩が恐怖を煽るために発したものではなかった。

 幽霊が俺を脅かすための呪詛でもなかった。


「たすけて」という言葉は、怪談話でよく使われる定番の脅かし文句になってる。

 しかし、彼女の言葉はそれとは違ったのだ。

 誰かを脅かすつもりなど微塵もない、心から助けを求める必死な訴えだった。


 だから、大丈夫だ。

 安心してほしい。

 これ以上の心配はしないでほしい。

 その声は俺に十分に伝わったのだから。

 

「分かった。だから、それ以上は何も言わないでくれ」

「はい……」


 彼女の瞳は、まだ涙に濡れていた。

 まつ毛が微かに震えているのを見て、俺は覚悟を決めた。

 

「――俺がお前を拾ってやるから。それで良いだろ?」

「え……? しかし、わらわの世話などできぬと、確かに仰っていたではございませんか……」

「いや、いま空きが出た。花魁一枠だけなら拾ってやるよ」


 そう告げると、彼女の目元に溜まっていた涙が、ようやくほほを伝い落ちた。

 

「安心しろ。保護団体になんか送らずにちゃんと面倒見るからよ」


 そう言いながら、俺は彼女の頭をそっと撫でた。

 彼女の表情は一変し、これまでの憂いが嘘のように消え去り、無邪気で希望に満ち溢れた笑顔が、再びその顔に浮かび上がった。

 

 こうして、俺は出来損ないの花魁を拾ったのだ。

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心霊スポットで花魁を拾った。 ハチニク @hachiniku

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