第3話 『わらわが下僕の如く食べる姿を楽しみたくとも、そうはいきませぬ!』


 ということで、心スポで拾った花魁、まさかのマッチングアプリデビュー。


「可愛く写しておくれませぬか! 頼み申しまする!」

「はーい、百合さん、こっち向いてくださーい」


 なぜ俺がカメラマンを任されているのかはまったく理解できない。

 またあの茜色の着物を着て、真剣にポーズを取っている様子を見る限りだと、どうやら彼女は本気らしい。

 そんな状況なので、ツッコミを入れる気力すらも湧かない。

 

 とりあえず、カメラマンとしての初めての仕事。

 文句も言わずに数枚の写真を撮ってみた。

 が、どうにも彼女の理想には当てはまらなかったらしい。


「もっと真剣にやっていただきたいのでございますわ! 花魁としての誇りがかかっておるのでございまする!」

「いやいや、なんでそんなに本気なんだよ……」

「お主、わらわを小馬鹿にしておるのではありませんか?」


 鋭い指摘に、俺は目をそらす。


「まぁ、ちょっとは」

「ゆえにこそ、わらわの本気を見せつけてやりたいのでございます!」

「おー、すごい心構えだな。感心、感心」

「そうでございましょう? わらわのこと、見直していただけましたか?」

「はいはい。でもその熱意を、どうやって元いた時代に戻るかに使ってほしいもんだが……」


 そうすると、しばらくの沈黙。

 そして、少しだけ視線を外しながら、百合が言った。


「……こ、これが終わりましたら、考えて差し上げぬでもないでございますよ?」

「ったく、何様だよ……」


 アプリに先ほど撮った写真をアップし、次の段階に入った。

 

「次は、プロフィール欄か」

「わらわのことを書けばよろしいのですね? それならお任せ申しまする!」


《プロフィール:

 百合でありんす。

 花魁をやっているでございます。

 趣味:書道、詩歌、舞踊

 性格:知性的、気品高い》


「趣味は分からんが、性格が知性的で気品高いのは流石に盛り過ぎてるな」

「そうでございますか?」

「ああ。俺がちゃんとしたやつ書いてやるよ」

「おー! 主さん、感謝申し上げまする!」


《プロフィール:

 百合じゃ!

 花魁でやんす。

 趣味:コオロギ狩りでありんす。

 性格:気難しいお姫様気質、めんどくさいタイプでありんす》


「主さん、殺され願望があるのでございますか?」

「うわー、恐ろしい〜。性格の欄に【怒りっぽい】も入れるか」

「ふざけてはなりませぬ!!」


 それから数分もしないうちのこと。

 百合が俺のスマホを触っていると、興奮気味に声を上げた。


「主さん! 早速、合致マッチングいたしましたわ!」

「え? マジかよ……やっぱ結局は世の中、顔なんだな」


 驚きと複雑な気持ちを混じり合いながら、ふと百合の顔を見た。

 確かに、美しい顔立ちをしているのは間違いない。


「何をまじまじと見ておるのでございますか? お主、やはりわらわの顔が好みなのでございますか?」

「整ってるとは思うけど……」

「……そ、そうございますか」


 相手はどうやら、都内のイケメン大学生、大地くんというらしい。

 文学部史学科に所属し、江戸時代の歴史を研究しているとか。

 プロフィールを読むと、マッチングした理由がなんとなく理解できた。


「会話もやってあげるよ」

「このスマホなるものにて、殿方とお話しできるのでございますか?」

「そうそう。もういちいち驚かないで」


 スマホを手に取り、適当にメッセージを打ち込んだ。


【はじめまして! マッチングありがとうございます! 百合って言います、よろしくね!】


 まぁ、こんな感じでいいだろう。

 すると、すぐに返信が届いた。


【大地です! こちらこそマッチングありがとうございます! 花魁みたいな雰囲気で素敵ですね!】


「素敵だってさ〜」

「当たり前でございますわ」


 満足げな表情の百合。


「うわー、かわいくねぇな……」

「わらわにもお話しさせて頂きとうございます!」


 そう言われて、強引にスマホを引っ張られた。

 だが、こうなれば、もう終わりである。

 せっかくのマッチングも台無しだ。


 ところが――。


 どうやら会話は意外とスムーズに進んだらしく、驚くことに明日の祝日にデートが決まったらしい。


◇◇◇


 デート当日――。


「えーっと、この人は?」

「ワラワの付き添いにございます!」


 百合が胸を張って言うその隣で、俺は一歩下がって軽く頭を下げた。


「嶺紀です。俺のことは気にしないでください。念のためにいるだけなんで」


 否が応でも気にしてしまうだろうけど、このデートに付き添わなければならない事情があった。

 デートが緊張するから、と言われ、百合に付き添いを頼まれたのだ。

 花魁という身分であれば、色々と経験豊富だと思っていたが、デートくらいで緊張するのは驚いた。


 そのまま、俺たちは近くのハンバーガー屋に入った。

 百合は着物をまとい、花魁そのものの雰囲気を醸し出している。

 周囲の視線が集まるが、彼女はまるで気にしていないようだった。

 

「百合ちゃん、ハンバーガー好き?」

「ハンバーガー? 何でございますか?」

「ん? ハンバーガー知らないの?」


 冗談っぽく聞こえるが、本当に知らないのだ。

 こんな会話の通じない相手……。

 大地くんが可哀想に思えてくる。

 

「わざわざ、俺の分までありがとうございます」

「ううん、全然いいよ!」


 大地くんは俺のハンバーガーの分まで奢ってくれた。

 なんて優しい大地くん。

 このまま彼に百合を預かってもらった方が彼女も幸せなのかもしれない。


「さーさー、食べようか!」

 

 食べようと大地くんが促すが、百合は一向に食べる気配を見せない。

 心配な様子で大地くんが彼女にこう聞いた。

 

「あれ、ハンバーガー、好きじゃない?」

「……? 先にわらわに食べさせるつもりでございましょうか?」

「え……?」

「殿方が先に毒味なさるのが常識ではありませんか!!」


 いちいちうるさいな。


「百合、毒なんか入ってないって」

「しかし!!」

「ほら、俺が先に食べてやるから、見てて」


 そう言って、百合のハンバーガーを一口食べてみせた。


「……感謝、申し上げまする」


 頬をわずかに赤らめて、彼女はそう言った。

 毒が入っていないと信じた様子だが、まだウロウロと落ち着かない。


「それにて、お箸はどこでございますか?」

「アハハ、これは手で食べるんだよ?」

「嘘をつかぬでくださるよう! わらわが下僕の如く食べる姿を楽しみたくとも、そうはいきませぬ!」


 本当にいちいち突っかかってくる。

 が、初めての世界だとこんなものなのだろう。


「百合、本当に手で食べるものだから」

「そ、そうでございますか……ならば、いただこうと存じます」

 

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