第5話 命の味
休憩を終えたら荷物を背負いなおし、村へと戻る。
想像以上の大収穫だ。
意を決して森に来てよかった。
「村長、少しだけ寄り道して隣村の様子を見に行かないか?」
「隣村か……ハナンさんが言うには全滅していたということだったが」
「曲がりなりにもうちとは長い間交流があったんだ。食料のことで揉めてしまったとはいえ、見に行くくらいはしてもいいんじゃないだろうか」
「そうかもしれない。だが遠くから見るだけだ。我々には他人に分け与えられるだけの食料はない」
「それは分かってる」
隣村を経由すると少しだけ遠回りになるが、それでも今日中に帰れる。
確認のためにも様子を見に行くことにした。
しばらく歩くと、隣村が見えてきた。
だがいつもと様子が違う。
柵は壊れ、いくつかの家が燃えて倒壊しているのが遠くからでも分かる。
「俺が確認してくる。荷物を持っていてくれ」
「無茶はするな。何かあったら」
「すぐ逃げるよ」
言い出した男が一人荷物を置いて隣村に向かう。
固唾を飲んで全員で見守っていた。
あまり長くなるようなら、呼びに行かないといけないな。
だが戻ってくるのは思ったより早かった。
村を半分ほど周って引き返してきたようだ。
「どうだった?」
「……ひどい有様だ。ハナンさんが苦い顔をしたのも分かる。まともな状態の家が一つもないし、なによりも死体がそのままになっていた。匂いも酷くて獣が齧った痕もあるくらいだ。生存者はいない」
「こんなことになってるなんて。ここに長くいたら病にかかるかもしれん。離れるぞ」
村長の言葉に頷いて隣村から離れる。
あれは俺たちの未来の姿か。
うちの村もああなっていたかもしれないと思うと、言いようのない恐怖に背筋が震えた。
「あまりに可哀想だ。うちがなんとかなったら弔ってやらんといかんな」
「そうだな。だが今は自分たちの食い扶持に集中しよう」
「このことは村の皆には言わないようにしてくれ。不安にさせるだけだ」
そうして口数が一気に少なくなり、ほとんど無言で村へと帰った。
村では女衆や子供たちが出迎えてくれた。
なのでシカの足肉を持って旗のように振ると、皆が驚きの声で反応する。
「兄さんお帰りなさい。上手くいったみたいね」
「ああ。ちょっと危なかったが、無事全員で帰ってこれたよ」
皆が集まっている中で全員荷物を下ろし、食料を取り出す。
やはり森は凄い。寒さのせいもあって不作だったのにそれでも結構な量だ。
あの四足獣たちがうろついていると思うと安全とは言えないが。
全世帯に均一に食料を配分する。
ただし森へ行った十人に関しては少し優遇という形をとった。
命懸けの探索の対価というわけだ。
シカの肉はこの場でより小さくカットされ、うちには大きめの塊を貰った。
まさか肉が再び食べられる日が来るとは。
「腸の血詰めは今から女衆にやって貰って、今日の夜皆で食べるぞ。さすがに日持ちはせんからな」
「やった。詰めた後は水で煮てスープにするんだろ? 久しぶりに腹いっぱい食えそうだ」
「酢漬けは美味しいし滋養もあるけど、味はどうしても同じだからねぇ……よだれが出てきたよ」
シカの血が入った容器と腸が運ばれていき、調理される。
ハーブなんかはいくらでも手に入るので臭みも問題ない。
妹もそれを手伝いに行った。
俺は貰った食料を持って一度家に帰ることにする。
「ビネス、ちょっと待てよ」
家に帰る途中で呼び止められた。
「カイン。どうした?」
「改めて礼を言おうと思ってな」
呼び止めたのはカインだった。
四足獣に襲われそうになったやつだ。
シカの肉を投げて助けた時のことを言っているのだろう。
「俺とお前の仲じゃないか。無事帰れたんだし気にするな」
「そういうわけにはいかん。ほら、これやるよ。助けてもらった分だ」
カインが渡してきたのは拾った果実だ。
「おいおい、お前だって食べ物が必要だろう」
「知ってるだろ。俺は一人だからどうにでもなる。お前の所はリナちゃんもいるじゃないか」
「だが……」
「貰ってくれ」
カインは押し付けるようにして果実を俺に握らせ、立ち去っていった。
昔からこうと決めたら考えを曲げないやつだったな。
これはリナにあげよう。
多分あいつもその方が嬉しいだろうし。
カインは昔馴染みで家同士の付き合いがあった。
リナのことを意識しているのも知っている。
家に食料を置いて広場へと戻る。
すると大鍋を火にくべていたところだった。
まず水を張ってから植物の蔓を切って、汁だけ絞ってから鍋に入れ、煮る。
そしていよいよメインのシカの血を詰めた腸詰めが登場した。
肉の脂身を削ぎ落してハーブと共に血と混ぜてそれを腸に詰めるのだ。
そのまま詰めるのは難しいので蔓の汁を混ぜてとろみをつけている。
そうしてできた腸詰を大鍋に入れていく。
「火はあまり強くするな。中身が破裂するぞ」
「せっかくの腸詰が興ざめだな」
村の雰囲気はかなり良い。
中身が血とはいえ久方ぶりの肉が食べれるのもあるし、他にもたくさんの食料を持ち帰れたからだろう。
状況は依然として厳しいが、小さな希望があるだけでこうまで変わるのか。
全てはあの酢漬け……いや、酢のおかげだ。
あれが俺たちの命を繋いでくれた。
腸詰入りのスープが出来上がり、妹と共に受け取った。
塩は貴重なので少しだけスープに振って食べる。
スープは少しだけ赤みがあった。
口に入れた瞬間、少しだけ血の風味を感じる。
だがそれはすぐに独特の味によって上書きされた。
濃厚なレバーを食べているような、濃い味だ。
それでいて腸のおかげか肉を食べている感じもする。
村の皆はただ夢中でスープを口に運んでいる。
泣いている者も少なくなかった。
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