第4話 森の中では人間は弱者である

 普段は皆畑を耕しているが、小さな村だ。

 協力して狩りをすることも多い。

 今いる八人は俺を含めシカを狩ったことのある経験者だ。


「ゆっくり回り込め。お前たちは右から。ビネスたちは左だ。合図をしたらシカを脅かして足を止めさせろ。その隙に弓矢で心臓を射貫く」

「分かった」

「もし何かあっても無傷のシカの前には絶対立つな。吹き飛ばされて大怪我する」


 頷いて移動する。

 幸いシカは水を飲むのに夢中でこっちには気付いていない。

 音を立てないように慎重に移動する。

 配置に付いたら右腕だけそっと上げて手を握る。

 これで配置についたという合図完了だ。


 村長は力強い腕で弓矢を番えて弦を引く。

 まともに食事をとれてなかった期間が長いというのに、さすがだ。

 限界まで引かれた弦を維持しながら、隣の男が俺たちと向こう側の男衆に動けと合図をする。

 タイミングを合わせ同時にその場から音を立てて飛び出し、シカの前に姿を現す。

 二匹いたシカのうち片方は咄嗟に逃げたが、もう一匹は驚いて硬直した。

 その一瞬の隙を見逃さず、村長が弓矢を放ち心臓を貫く。


「よし、逃がすな!」


 狩りは弓矢を当てて終わりではない。

 頭を射貫けたならばともかく、心臓の場合は致命傷でも獲物は少しだけ全力で動ける。

 シカの脚力は人間では追いつけない。

 せっかく矢を当てたのに遠くに行って他の動物や魔物の餌になっては元も子もないのだ。

 うちの村の弓では頭蓋骨を貫けないのでこればかりはどうしようもない。


 シカは弓矢を受けて飛びあがり、全力で逃げようとする。

 村長以外の七人で力を合わせて抑え込んだ。


「凄い力だ、いきが良いな!」

「くそ、ちょっとでも気を抜くと引っ張られそうだ」

「落ち着け、心臓に矢が刺さってるんだ。すぐに力が入らなくなるぞ!」


 しばらく抑え込んでいるとシカの力が抜けていく。

 それはシカの命そのものが力尽きたという証だった。

 動かなくなったシカの目を閉じてやる。


「ありがとう。すまんな。俺たちの糧になってくれ」


 全員で手を合わせる。

 狩りをする度に、生きるということは命を奪うことだと実感させられる。

 人間が逆に食われることだってあるだろう。


 小川へとシカを運び、すぐに首の太い血管が通っている部分に鉈を入れて血抜きをする。

 鳥と違ってシカは痩せていてもとても重い。

 ここで解体していかねば持って帰れないのだ。


「シカが捕れたんだから今日はここまでだ。匂いを嗅ぎつけられたら危険な猛獣や魔物が来る。急ぐぞ」


 シカの血は壺に入れるだけ入れて川で冷やす。

 血はとにかく傷みやすいので早く冷やさないと腐ってしまう。


 血も立派な食べ物だ。

 まさかシカを採れるとは思わなかったので準備不足なのがいたかった。

 結局半分以上捨てる。


 鉈で腹を裂き、内臓を全て取り出す。

 特に泌尿器系は絶対に傷を付けて中身をこぼしてはいけない。

 その部分の肉が食べられなくなる。

 一かけらの肉だって無駄にはできないのだ。


「内臓は……」

「ダメだ。捨てる」

「やっぱりそうだよな。こんな美味そうなのに」


 取り出した心臓やレバーを恨めしそうに見ていた。

 ここが安全なら火で焼いて食べることもできるのだが、とてもそんな暇はない。

 かと言って持ち帰る間に腐るだろう。

 それに内臓をここに捨てていけば、血の匂いにつられてきた連中はまずそっちを食べる。

 捨てていく内臓は俺たちの囮の意味もあるのだ。


 皮を剥ぎ、四肢を取り分ける。

 肉を大まかにカットしていった。

 小川の中で作業したおかげで冷やす手間も省けた。

 全員で肉を荷物へ積み込んでいく。

 丁度鳥をもっていったメンバーも合流し、肉は全て回収することができた。


「ありがたいな。シカと他のも合わせれば結構な量だぞ」

「シッ」


 村長が耳を澄ませる。

 そして森の奥を睨みつけた。


「……唸り声だ。もう来たか。走れ!」


 村長の声を合図に全員で来た道を走る。

 それと同時に四足獣が森の奥から飛び出してきた。

 シカに比べれば小さいが、数が多い。

 三匹のうち二匹は捨てた内臓や骨の方へと走ったが、残り一匹がこっちに向かって追いかけてくる。


「走れ走れ走れ! 追いつかれたら終わりだ!」

「クソッ!」


 十人で分けてもシカの肉は重い。

 他にも植物や果実もあってその重量は足を鈍らせている。

 それでも普段なら問題はなかった。

 今は病み上がりで体力も筋力も万全とは言えない。

 滝のような汗が流れ、鉛のように重くなった四肢を全力で動かす。

 いま背負っている食料は村の未来そのものなのだ。


 四足獣は牙をチラつかせながら一歩ごとに差を詰めてくる。

 一番後ろの男との差は数歩分の距離しかない。

 まだ出口まで距離がある。ここで怪我をしたら誰かの食料を丸ごと捨てねばならない。


 背に腹は代えられない、か。

 迫ってくる四足獣に向けてシカの小さな肉を投げる。

 小さいと言っても俺と妹が二日は食いつなげる量だ。

 惜しいが、必要なことだと自分に言い聞かせる。


 四足獣は肉を口でキャッチすると、両手で地面に抑えつけて肉を食べ始めた。

 これでもう追って来ないだろう。


「悪い。助かった」

「いいよ。急いでここから出よう」


 来た道を迷うことなく戻り、森から出ることができた。

 ここまでくれば森の獣も追ってこない。


 座り込んで呼吸を整える。

 水筒の水を飲み干して大の字になった。

 

「呼吸が落ち着いたら村に戻るぞ。皆喜ぶはずだ」


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