第3話 森へ行く

 ハナンさんから貰った酢漬けの食料のおかげで最悪の危機は脱した。

 酢の滋養というものは思ったよりも凄く、多少なら動ける程度まで回復した。

 歩くだけで消耗していた時とは大違いだ。


 これなら明日には畑仕事もできるくらい体力が回復するだろう。

 家の中を片付けている妹の元気な姿を見るのも久しぶりだ。

 だが貰った食料を食べ切ってしまえばいずれまた同じことになる。

 その時また偶然助けてくれると思うのはいくらなんでも楽観的過ぎる。

 この好機を逃してはならない。


 村長の家に行くと同じ考えなのか男衆が集まっていた。


「村長、森に入ろう。今なら男たちの力を合わせればなんとかなるはずだ。貰った食料があるうちに追加の食料を得られれば希望はある」

「……やろう。もしダメだったとしても、人が減れば食料が余って残ったものは生き残れる」

「いいや、全員で食料を持って生きて帰る。そうでしょう」

「ビネス。そうだな。そうだとも」


 昨日とは状況が変わった。

 明日体力が戻った者で集まって森へ遠征しに行くことになった。

 ただもし明日になっても体力が戻らなかった者は危険なため連れて行かない。


「リナ、そういうわけで森に行く。絶対に返ってくるつもりだが、もし俺に何かあったら残った食べ物はお前のだ」

「兄さん、そんなことを言わないで……。止めたってどうせ行くんでしょう?」

「皆のため。何よりお前のためだ。こういう時のための兄だろう」

「もう。せめてこれを持っていって。私の代わりに守ってくれるはず」


 リナから渡されたのは麻で編まれたタリスマンだった。

 大切に懐に仕舞う。


「ありがとう。頑張るよ」


 その日は体力を温存し、酢漬けの魚をリナと分け合って食べた。

 やはり酸っぱいが、美味い。一口ごとに体が喜ぶのが分かる。

 小ぶりで腹いっぱいというわけにはいかないが、満足感はあった。


 これは海の魚か。川魚は食べたことがあるが海の魚は初めて食べた。

 足が早いはずの魚も酢で漬ければ日持ちするのだな。


 次の日。

 魚を食べたからかかなり体力が回復した。

 弁当の代わりに大根の酢漬けを持っていく。

 残った食料はリナ一人なら節約すれば一週間は持つだろう。


 集まった男衆は十人ほどだった。

 森に行くことを希望した者はもっといたのだが、体調も考慮して決めた。

 二日前は全員皮と骨しかないような有様だったが、今はやつれている程度に収まっている。


「行くぞ。全員注意を怠るな」


 村長の声に頷き、近くの森へと向かう。

 この森には名前はついてはいないが、村などよりもかなり広い。

 そのため日が差し込まず昼間でもうっそうとしている。


 森の手前まで来ると、姿は見えないが鳥の鳴き声が不気味に響く。

 いつもなら怖がるところだが、今は違う。


「不気味な鳥め、肉にしてやる」


 ギラギラと全員が食料を求めて飢えた目をしていた。

 不気味さよりも獲物がいるという方が重要である。

 多少不味くても構わない。

 もし毒があってもいい。うちの村の薬師の長生きをしている婆様だ。

 毒抜きも心得ている。


「いくぞ」

「おう!」


 掛け声と共に森に入った。

 視界と道を確保するため先頭のものが雑草を鉈で刈り取って進む。

 気温は高くはないが、湿度が高いのか蒸し暑い。

 体力を温存するため先頭を交代しながら進んでいく。


「そろそろ果実があるエリアだ」


 森の入口周辺は何度も入ったことがあるので情報がある。

 まずはそっちへと移動すると、わずかだが果実が実っていた。


「良かった。少しでもありがたい」


 先頭の男が果実に向かって手を伸ばす。

 しかし掴んだ瞬間、突然上から降りてきた数匹の大きな鳥が男の頭や腕を掴む。

 わずかだが男の身体が浮いた。


「持っていく気だ! 首を狙って仕留めろ!」


 村長の号令と共に俺は仲間と共に鳥に襲い掛かった。

 鳥はくちばしを使って攻撃してくるが、上手くかわして鉈を振るう。

 男に当たらないように注意しながらだったので威力は弱かったが、羽に当たって一匹地面に落ちた。


 他の鳥たちはすぐに獲物を諦めて飛び立つ。


「よくやった。そいつを逃がすな」

「もちろんだ!」

「血の匂いは魔物や猛獣がきてマズい。首を折れ」


 すぐに足で踏んで取り押さえた。

 暴れる鳥を抑え込み、そして鳥の首を数人がかりでへし折る。

 そこまでやってようやく仕留めた。

 興奮と疲労で皆息が荒い。


「でかした。羽に比べて体は小さいがそれでも肉は肉だ。一人……いや二人で一旦村に持って帰ってくれ。その後追いかけてくるように。だが無理はするな」


 果実も回収して二人が抜ける。

 入り口が近いのでそれほど時間がかからず合流できるはずだ。

 八人でさらに進む。


「恐ろしい場所だな。一人じゃおっかなくて入れない」

「ただの鳥でも魔物がいる森だからな。凶暴なのしかいないってわけか」

「複数とはいえ人間を連れて行こうなんてほぼ魔物だろ……」


 恐怖を紛らわすためか小声で話しながら進む。


「ちょっと待ってくれ。あの蔓は食べられるやつだ。持っていこう」


 大きな木に巻き付いている蔓を村長が指さす。

 近づいて鉈で皮を切ると透明な汁が溢れて中の果肉が姿を現す。

 これは食いでがありそうだ。

 木に張り付いた部分を全て剥がす。


 いつもなら足元にどんぐりや木の実などがあって、ここまで来ればカゴ一杯になるくらいは拾えるはずなのだが。

 不作おそるべし。

 数えるほどしか手に入らなかった。


「足りんな。更に奥に進むしかない。この辺まではそれなりに人の行き来があるが、この先は魔物も出る。少しでも危険を感じたら戻るぞ」

「いっそ熊か猪でも出てくれたら……」

「まともな武器がないだろう。鉈に切れ味の悪い斧。弓だって一つしかない。できれば遭遇したくはないよ」

「しっ。見ろ」


 村長が奥を指さす。

 小さな川の水をシカが飲んでいるのが見えた。

 痩せてはいるが大人のシカだ。

 もし狩れれば結構な量の肉になる。


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