第2話 運命の出会い

 体力が落ちた状態では鐘のある広場に行くだけで疲労困憊というありさまだった。

 基礎体力がもう完全に失われている。


 広場にはポツリポツリと数人の男たちが集まっていた。

 狭い村なので顔見知りばかりだ。

 だが、それ以外に見たことのない集団が馬車の傍に佇んでいた。

 どうにも居心地が悪そうで、所在無さげに見える。


 服装からしてこの周辺の人間ではない。

 男が一人と、女が五人。

 身なりがよく、健康そうに見える。

 きっと食べ物に困ったことはないのだろう。


 村長は手を叩き、注目を集める。


「集まったのはこれだけか。まあいい。皆、商人のハナンさんだ」

「どうも。ハナンです。皆さんよろしくお願いします」

「商人、ですか」


 商人ならば俺たちよりも身なりが良いのも当然だ。

 だが馬車を持つような商人がこの村に立ち寄るのは珍しい。

 交易しにくる者はほぼいない。

 この辺りでは近くの村と物々交換で足りないものを融通し合うくらいだ。


 もっとも、不作が続いてその交流も途絶えてしまった。

 欲しいのはお互い食料だからだ。どうしようもない。


「その商人の方がどうしてこの村に?」

「うん、それなんだがな……」

「実は近くの都市に商売をしに行ったのですが、馴染みの店が店仕舞いをするとのことで商品のいくつかを譲り受けたんです。ただ、少しばかり扱いに困ってましてね。この辺りでは不作で食べ物に困っているという話を聞いたので寄ってみたんです。皆、出してくれ」

「はい、旦那様」


 どうやら女たちはハナンさんの部下のようだ。

 次々と場所から荷を下ろしていく。

 どれも瓶詰めされたもののようだ。

 ツンとした酸っぱい匂いがする。


 だが不思議と食欲を刺激してきて唾が出る。


「酢漬けの野菜や魚です。馬車一杯のね」

「これ全部ですか!?」


 結構な量だ。

 これだけあれば村で分けても数日は飢えることはないだろう。

 しかし、問題がある。

 村の金は食料を買うためにとうに使い果たしているのだ。

 この村にあるのは精々壊れかけの農具とわずかな種芋。それから飢え死に寸前の人間くらいか。


「まさか村長、誰かを奴隷として売るつもりか!」

「落ち着け、ビネス。そういう話ではない」

「じゃあどうやってこの食料の支払いをするっていうんだ。この村にはもうなにもないのに。ハナンさん。見て分かるでしょう。この村がどれだけ追い詰められているか。それなのにそんな食べ物を見せられるなんて毒だ」


 責めるつもりはなかったが、勝手に口から言葉が出る。

 言った後に自分が恥ずかしくなり、謝って頭を下げた。

 彼に非はない。俺が勝手に勘違いして怒っただけだ。

 かなり失礼なことを言ったので連れの女は怒ろうとしたが、ハナンさんは気にした様子もなくそれを止める。


「ビネスさん、お気持ちは分かります。誰だって買えないものを見せられたら怒るでしょう。安心してください。この食料は皆さんに差し上げるつもりです。ただ瓶は持って帰りたいので何かに移し替えて頂きますが」

「これだけの食べ物を? 今なら買い手なんていくらでもいるでしょう」

「それがそうでもないんですよ。売るために私の住む都市に戻るには時間がかかる。いくら酢漬けの食べ物が保存が効くと言っても、実はこれはそろそろ消費期限が近いんです。もちろん、腐ったから差し上げるわけではありません。食べられることは確認しています」

「近くに別の村もあったはずだけど……」

「先にそっちに寄りましたが、残念ながら私たちが行った時にはもう。かなりひどい争いがあったようです」

「嘘だろ……」


 一時期は頻繁に交流していた村が全滅したと聞いて目の前が真っ暗になる。

 俺たちの未来もそうなってもおかしくない。


「助けるためにも貰ってくれませんか。私としてはこの立派な瓶が手に入るだけでも悪くない取引なんです。食べるのに困っている人たちがいるのにダメにして捨てるのも、神の教えに反しますからね」

「たしかにそうだが……」


 こんなうまい話があるだろうか?

 商人がタダで物をくれるはずがない。

 きっと腹が減りすぎて倒れて都合がいい夢を見ているのだろう。

 そう思って頬を抓るが、しっかりと痛かった。


「もし恩を感じると思って貰えるなら、将来私が困ったときに良ければ手を貸してください。もちろんできる範囲で構いませんから」

「旦那様はまたそうやって……だから稼ぎが少なくて私たちが苦労するんですよ」

「こればっかりは性格だからな。それに無理に稼ぐのも性に合わないし」


 どうやらこのハナンという人はかなり変わり者の商人らしい。

 そうと分かれば、彼の気が変わらないうちに行動しなければ。


「すぐに何か器を持ってきます。皆にも知らせたらすぐにくるはずです」

「ええ、お願いします。酢漬けは漬け汁の酢も栄養があるそうなので、滋養がつくと思いますよ。味に関しては我慢してもらうしかありませんが」

「食べれるだけでありがたい。すぐに行ってきます」


 俺は疲れも忘れてすぐに走った。

 限界だと思っていた体が軽い。

 大きな声で食べ物を分けてもらえることを周囲に知らせ、家についたら妹と共になるべく大きな器をもって広場へと戻る。

 すでに行列になっていたが、村長が計算をして村全体で均等に分けてくれている。

 頼りになる人だ。

 この人だからこそ争いにならずにこうして行儀よく分けてもらえるのを待てる。


「兄さん、本当にこんなに貰っていいんですか」

「ああ。しっかり二人分だ」


 野菜と魚の酢漬けを貰う。

 ハナンさんの言っていた通り、完全に酢に浸かっている。

 瓶が空になるとハナンさんたちは馬車に瓶を戻し、移動を開始した。

 村長はせめて泊っていって欲しいと言ったが、今は滞在するだけでも負担になるからと旅立っていく。


 色々と言っていたが恐らく、食べるのに困っていると聞いてきてくれたに違いない。

 姿が見えなくなるまで見送った後、家に戻って妹と二人で瓜を一本ずつ取り出して齧った。

 とても酸っぱくて少しだけ甘い。

 だが、今まで食べたどんなものよりも美味しいと思った。

 滋養があるという言葉通り、身体の隅々にまで染み渡るようだ。

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