異世界での第一歩 紗雪

 あたしは熱さに耐えかねて皆でゲームをしていた部屋まで戻ってきていた。晴馬君は扉が開かずにそこで倒れてしまった。先輩も逃げ込んだ納戸で潰れてしまった。雫玖はどこに行ったんだろう。真尋は大丈夫かな……?


 どっちにしろ、関係ないか。そのうちここにも火が回ってきて逃げ場がなくなったあたしは死ぬんだろうから。


「死にたくないなぁ」


 そう呟いている間にもだんだんと床が熱くなってきている気がする。どうせ死ぬというのにあたしは慌ててソファーの上に避難する。たまたま手をついたところにひんやりとした感覚がした。


「あ、これ……」


 雫玖と晴馬君がさっき買ってきたアイスだ。もうほぼ溶けている。でもこの火事の中で確かに冷気を放っている。


「ああ、冷たくて、気持ちいい……」


『”氷の適正”獲得しました』


 え? 何、今の……? ”氷の適正”? 

 だが、そのことについて考える前に命の危機が訪れた。


 扉が燃え、倒れてくる。部屋に火が回る。

 もうダメだと、そう思った。


 部屋の外からドンドンと音がして部屋に誰かが入ってくる。


「おい! 大丈夫か? 何してる、早く逃げないと!!」

「真尋……なんで?」


 真尋は服もところどころ焦げ、体のあちこちに火傷が見える。1階にいたのにわざわざこんなところまで来て……さっさと逃げればよかったのに。


「お前を置いて逃げれるわけないだろ!」

「……もう無理でしょ。扉は何か引っかかってた。きっと誰かがあたしたちを殺すために放火したんだよ」

「そんな! まさか……」

「誰がやったのかはわからない。でもあたしたち5人は学校でも目立つ存在だし、それで妬まれることがあるのも知ってたでしょ」


 真尋はそのことについて考え込んだが、考えても仕方ないと思ったのかあたしの手を引いた。


「とにかく逃げよう。犯人のことは後で考えればいい。そもそも放火かどうかもわからないんだ」


 そう言ってあたしを説得しようとする真尋。でももう逃げ道なんてない。3階の廊下はもう火に包まれているし、階段も同様だ。逃げ場と言ったら窓を割って外に逃げるくらいしかない。3階の、ここから。


「真尋」


 あたしは真尋を強く抱きしめる。


「紗雪?」

「あたし、真尋の彼女になれて嬉しかった。2人の時も、5人で遊ぶ時もすごく楽しかった」

「紗雪、何を言って……?」

「大好きだよ。真尋」


 あたしは真尋の唇を奪った。あたしのファーストキス、そしておそらくラストキスでもあるだろう。それでもあたしは満足だった。もっとカップルとしていろんなことをしたい気持ちも無かったわけではないけど、満足だった。


「紗雪……僕も大好きだよ」


 普段はあまり言ってくれない言葉。行動で示してくれていたから不満があったわけではないけど。とにかく特別な言葉だった。


 その言葉に、おそらく人生最高の笑顔を見せただろう。


 そしてそれと同時に、あたしはこの世界から消滅した。




 気が付いたら、どこか、暗い場所にいた。薄暗い荒野の中に一人倒れていた。


「あれ……? あたし……」


 あちこちの火傷は痛いけど、動けないほどじゃない。立ち上がって辺りを見渡した。枯れ木や岩ばかりの荒野。


「どこだろ、ここ」


 いや、荒野なのだが。間違いなく荒野なのだが。誰かいないのだろうか。一周ぐるっと回って真尋や雫玖の姿を探してみるが見当たらない。だが代わりに、見つけた。脅威を。


 グルルルル!!


 猪だ。あたしの知っているイノシシよりだいぶデカい。それがあたしの姿を確認すると一直線に走ってくる。というより、突撃してくる。明らかな敵意を向けて。


「え!? ウソ!? うわぁっ!!」


 思わず後ずさりをして、足元の石に躓いて尻もちをついた。その状態のあたしに出来たことは手を前に出して「来ないで」と叫ぶことのみ。そしてぶつかる直前、あたしは絶叫と共に目を瞑る。


 何か不思議な感じがした。両腕に力が集まるというか、そんな感じだ。

 来るはずの衝撃が来ない。恐る恐る目を開けると、そこには下半身が氷に捕らわれ、身動きが取れなくなった猪が目の前に。


「え? これ、あたしが?」


 あの腕に力が集まる感覚、あれの結果がこれなのか。


「ふぁ、ファンタジー……」


 魔法。これは氷の魔法かな。小説やアニメで見たことがある、ファンタジーな魔法だ。そしてそれが使えるようになった心当たりと言えばあれしかない。あっちの世界で聞こえた綺麗な声。あの時は何を言っているのかわからなかったけど。


「”氷の適正”」


 その氷の適正っていうのがあるから氷の魔法が使えたのかもしれない。よくある設定だ。まあ憶測にすぎないが。

 まあこの憶測が当たっていようが外れていようが魔法が使える事実は変わらないしそれで構わない。ちょっと憧れてたし。

 とりあえずもう一度魔法を発動させて猪を完全に氷漬けにした。


「さ、どこに行こうかな」


 こうして氷の魔法を使えるようになったあたしは魔法の練習がてら、周囲を氷漬けにしながら異世界の探索を開始した。


 

 


 

 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

5人の地球人は異世界にて対立する じょん兵衛 @spes

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ