第4話 いつまでも此処で待っていた


「かーくん」と僕を呼ぶ女の子、【みーちゃん】とは小学生の時に出会った。


薄暗くなった、ある夏の黄昏時たそがれどきに。


歩道橋の上で、一人で泣いてるみーちゃんと出会ったのが、僕らの出会いだった。


みーちゃんは隣町の小学校に通っていたが、クラスメイトからはイジメを受けているらしく、放課後に会う時には、よく涙目になっている程泣き虫な女の子だった。


「かーくん!!」


歩道橋にいる僕を見つけて、歩道橋の下から嬉しそうにみーちゃんが手を振った。


特段に活発な子供では無かったけど、隣町の女子と遊んでる。と噂になりたくなかった僕は、薄暗い夕方だけいつもみーちゃんと遊んでた。


でも、ある日僕はクラスメイトにみーちゃんの事がバレて「女子と毎日遊んでる変な奴」と噂されて、からかわれ始めてしまった。


その日にいつも遊んでいる歩道橋で、僕はみーちゃんに「もう遊べない」と一方的に告げて、そのまま喧嘩別れの様な形で、一切会わなくなって。


別れた最初は抱えていた罪悪感も月日が経ち、そんな事も忘れてしまっていた。


別れ際の彼女の泣き顔も、思い出すまで忘れてしまっていたが。


人生に疲れて僕は無意識に、彼女との思い出の歩道橋ばしょを死に場所に選んでしまったんだ。


彼女がまた、……此処に来るとは思わずに。



▶▶▶


「やっぱり、かーくんだった!」


歩道橋を急いで駆け上がってきた彼女は息を切らしながら、真っ直ぐ僕を見つめた。


ずっと会いたかった、彼女が目の前にいる。


それだけで僕は動いてないはずの心臓の音が、幻聴として聴こえてくる程、バクバクと脈打って緊張していた。


「此処に来ない間、…ずっと隣町の小学校の卒業生を探したりして、かーくんの事を調べてたの」


「……そうなんだ」


僕は柵を超えながら素っ気なく言った。


違う。……本当は彼女に、そんな事が言いたいんじゃない。


本当はずっと……。



「かーくん、昔した約束……もう覚えてない?」


実にそう言われた僕は、乗り越えた柵を両手で掴んだまま固まった。


約束……?


「あっ……」


モノトーンでしかなかった僕の脳内の記憶が、一気によみがえる。


▶▶▶


『かーくんって好きな子とかいる?』


記憶の中の、幼い実が僕に言った。


『別に……まぁ、どうだろうね……』


『かーくん、好きな人いそうー!学校の子?私の知らない子?』


照れながらはぐらかして言ったのに、あの時実はやけに食い付いてきた。


『じゃあさ、今から10円玉投げて表だったら好きな子のこと教えて!お願い!』


『やだよ!てか好きなやつなんかいねーし!』


『えー、ほんと?』


『ほんとだし!』


『じゃあいつか好きな子ができたら。10円玉が表だったら、教えてくれる?』


『できたらな!』


『ふふ、約束だからね!』


▶▶▶


何で今まで忘れてたんだろう……。


呆然として立っている僕の目の前に、実は10円玉を差し出した。


「ねぇ。かーくんは、好きな人はいる?」


「はっ……!? そんなの……」


「私は、いるよ」


そう言う、みのりはいつにも増して真剣な表情で。


儚げに笑っている。……みのりから目が離せない。



「今から10円玉投げて、もし『表』だったら……私の事どう思ってるか教えて欲しいの」


「な、なんでそんなこと……」


「お願い……。最後の、お願いだから……」



空はだんだん暗くなり、黄昏時が近付く。


僕が了承する間もなく、みのりは歩道橋の通路で真上に10円玉を弾いた。


指で弾かれた10円玉は宙を舞い、彼女は手の甲に乗せるようにキャッチする。


ドキドキしながら見つめていると、硬貨を押さえていた手を上げた。


10円玉は──表になっていた。



「……ねぇ」


みのりの鈴のような声が僕の耳をくすぐっている。


「私は、……かーくんが、好き」


そんな事……。


言わないでくれよ……。


柵を握る手に、力が入る。



「子供の頃からずっと、……大好きだった」


出来るなら、……もっと早くみのりともう一度会いたかった。


出来るなら、……過去に戻って馬鹿な事をしてしまった自分を、止めに行きたい。


酷いこと言ってほんとごめん。って、謝りたい。



死んでいる僕と、……生きている君。


こんなに近くにいても、決して交わる事の出来ないもどかしさを感じていた。



「かーくん、……聞かせて」


『みーちゃんなんてもう嫌いだから!』


彼女の声に共鳴するように、幼い頃にみのりに言ってしまった僕の声が頭の中に響く。


「私の事……っ、嫌いになっちゃった?」


『だからもう遊ばないから!僕、ここにはもう来ないから!』


切なそうな、泣きそうな声でみのりは言う。


僕は右手を柵から離し、柵の向こう側にいる彼女の頬に触れた。


実際触れられたかも分からない。


所詮僕はもう死んでいるから、みのりの体温は感じられないけど。


僕が手を伸ばして触れた瞬間、彼女は驚いてその大きな可愛らしい瞳を見開き、僕を見つめていた。



「僕も、みー……。みのりの事が好きだった。ずっと君に会えるこの時間が、続けばいいのに。って、そう……思ってたよ」


黄昏時の最後の陽が、僕を眩しく照らす。


照らされた僕の体が透き通っているのを見て、みのりはポロポロと涙を流しながら僕に縋り付いた。


「かーくん、っ……やだ……!置いていかないで……!私も一緒に──」


「駄目だよ、みのり


みのりはほんと……。


いつまで経っても、泣き虫だな……。



「好きな人には長く生きて欲しい。だから、……そんな事言わないで」


涙を流す彼女の頭を撫でたくても、撫でられない。


涙を拭いたくても、拭えない


僕は何もしてやれない。


馬鹿な僕をどうか、許して欲しい。


▶▶▶


みのり、生きてくれ……」


そう言って、かーくんは姿を消した。


今日は歩道橋から落ちていない。


でも、忽然こつぜんと姿を消したのだ。


みのりは歩道橋に膝から崩れ落ちると、消え入りそうな声で彼の名前を呼んだ。


「かーくん…っ…。どうして、死んじゃったのっ……?」


その答えは分からないまま。


黄昏時の、夏の幻影は私の目の前から消えてしまった。

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黄昏days ─僕を視たのは君だけ─ 夜月 透 @yazuki77toru2

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