第3話 君の幻影を探してるだけ。

次の日も、次の日も。


みのりは歩道橋には来なくなった。



▶▶▶


「君は…何で僕に話し掛けてくれるの?」


何気無く彼女に聞いたつもりだったのに、実は少し顔を赤らめ困った様に俯いている。


顔が赤いのは夏だから?暑いから?


それとも──


何て、…勘違いしそうになる。


僕は死人で、彼女は人間なのに。


…そんなの有り得ない。


生きてる時に彼女が出来なかった、僕の妄想が作り出した夢に過ぎない。


そう思っていたのに。



「翔君の事が、…気になるから」


彼女の言葉に思わず固まってしまった。


え……?何を言ってるんだ、この子。


気になる…?僕を…?


誰が…?彼女が…?


頭では分かってるけど、顔を赤らめて僕を見つめる女の子を処理し切れない。



「翔君の事が…もっと知りたい」


彼女の言葉に、動いてない心臓を強く掴まれた様な気持ちになった。


それって…。


僕の事が、好きって事…?


意識した途端に、死んで冷え切っているはずの体がまた火照るんじゃないか、と思うほど緊張して体が強ばってきた。


え…。彼女の事、もう見れないんだけど…。


恋愛経験が生前、とぼしかった僕は、今…もしも彼女と目を合わせたら、彼女を意識し始めている事も全て見抜かれてしまいそうだと思った。


翔は緊張しながらぎこちなく、手すりに手を掛け柵を乗り越えた。


僕が生きている時に君と出会っていたら、どうなっていたんだろう。


どんな時間を一緒に過ごせたんだろう…。


今更想像しても、…叶う訳はないのに。


「─僕はもう死んでるんだよ」


そう自分に言い聞かせるように、振り返らないまま実に言った。


「…もう此処には来ないでくれ」


──気持ちが揺らいでしまうから。


君が死んだら一緒に居られるのに。と、の側に居る僕が思ってしまうから。


そして僕は今日もまた、歩道橋から飛び降りた。


彼女の気持ちを、……振り切る様に。



▶▶▶


歩道橋にみのりが来なくなって、数日後。


僕は歩道橋の上から、いつもの様にボーッと景色を眺めていた。


今日も、彼女は此処に来ていない。


歩道橋で意識が戻る度に、自分の隣を見てしまうのが癖になっていた。


僕自身が、彼女を突き放したはずなのに都合が良すぎるよな。


「はぁ……」


思わず溜め息が出る。


ボーッと景色を眺めているだけのはずなのに、頭に浮かぶのは実の事ばかり。


嬉しそうに笑った顔や、拗ねた顔。


かける君』と呼ぶ、彼女の明るい声。


気付けば翔は、彼女と出会う前の時の様には戻れなくなっていた。


「クソッ…」


彼女を思うだけで、胸が苦しく痛くなる。


僕は彼女を拒絶してしまった事を、少し後悔していた。


また君に逢いたい、なんて…。


何て僕は馬鹿なんだろう。


そう思いながら、僕は今日もまた歩道橋の手すりをよじ登り、柵を越えた。



▶▶▶


また次の日の夕暮れ。


今日も彼女は歩道橋に来ていなかった。


目に見えて落胆する僕を、誰か見つけて殴って欲しい…。


僕はいつもの様に歩道橋から景色を眺めながら、みのりの事を考えていた。


今頃何をしているんだろう…。


誰に笑いかけているんだろう…。


え。なんか考えてたら妬けてきたんですけど。



そんな事を考えているうちに、ふと懐かしい声が頭の中に響いた。


『かーくん!』


僕を呼ぶ小さな女の子の声。


この声に聞き覚えがあるはずなのに、どうしても思い出せない。


誰だったっけ……?


歩道橋の手すりに寄り掛かりながら、翔は必死にその女の子の事を思い出そうと、あらゆる記憶をこじ開けようとした。


陽も傾いてきて、そろそろ黄昏時たそがれになる。


──僕が飛び降りる時間がやってくる。


翔は、まぁいいか。と歩道橋の手すりにいつもの様に手をかけて、よじ登ろうとした。


──その時。


「かーくん!!」


歩道橋の下から、大きな声で叫ぶ女性の声がした。


僕は驚いて、思わず動きが止まる。


声がした方向に目をやると、歩道橋の下から叫んでいたのは、みのりだった。


彼女はこちらに大きく手を振り、歩道橋の階段を駆け上がってくる。


『みーちゃん!』


幼い男の子の声がフラッシュバックする。


その瞬間僕は、遠い日の思い出を思い出したのだった。

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