第2話 今日も貴方に逢いたいだけ。

次の日も、また次の日も。


みのりは飽きる事無く、歩道橋に通った。


初めて歩道橋でかける君を見つけた時から、不思議とずっと気になって。


毎日決まった時間に、繰り返し歩道橋から飛び降りてしまう姿が脳裏に残って仕方が無かった。


▶▶▶


小さい頃から霊が見えた私は、周囲からも距離を置かれて不遇な小学生時代を過ごした。


『あいつ、誰も居ないのに一人でブツブツ喋ってるんだってー!』


『キモッ!近付くと菌が移るから辞めよー!』


そんな小学生時代を過ごした私は、高校を入学したのを期に、霊が見える事を人前で言わなくなって、何も見えない振りをしていた。


───それなのに。


翔君を見つけたあの日、私はどうしてなのか分からない程、猛烈に心が奪われたのだった。


▶▶▶



私が話し掛けても、翔君はただボーッと表情も変えずに私の質問に答えるだけだった。


近くの高校に通っている事や、好きな食べ物が鶏の唐揚げだという事。


他愛ない質問でも、翔君は律儀に答えてくれた。



こんなにも私と変わらない、ごく普通の若い男の子が何で飛び降りて死ぬ事を選んでしまったのか…。


どんな風に生きていたの?


どんな風に笑っていたの?


実は彼の事が知りたくて仕方なくなった。


「ねぇ。翔君はどうして死んじゃったの?」


彼が手すりを乗り越え、飛び降りる寸前にも関わらずそう言葉を掛けてしまってから、私はすごく後悔をした。


無視する事だって出来るはずなのに、私のつまらない話に付き合ってくれる様な優しさを持っている彼が、何の理由も無く飛び降りるわけがないのに…。


彼は私の方を少し振り返って、


「どうでも良いだろ、そんな事…」


そう言って彼は今日もまた、歩道橋の下に向かって落ちて行った。


▶▶▶


次の日の夕方。


実はまた翔と話したくなって、歩道橋の上で日が傾いていくのを待っていた。


翔は薄暗くなった黄昏時にしか現れない。


決まった時間、決まった場所で、毎日同じ様に死を繰り返しているからだ。


じんわりと蒸した空気の中、手すりに手を掛けながら待っていると、翔の姿が透けて現れた。


翔は実に気付くと、「また来たんだ」と呟いた。



またって…本当は嫌なのかな…。


昨日の自分がしでかした無神経な言動がバツが悪くて、上手く話し掛けられない実に珍しく今日は彼から話し掛けてきた。


「君は…何で僕に話し掛けてくれるの?」


りんと鈴が鳴った様な落ち着いた声に、不覚にも実は少し胸が高鳴った。


彼の黒い髪は風でなびいたりはしないけど、彼の瞳が私の事を見つめている状況に、体が何故か緊張してきて、赤く火照ってきた。


これは、夏だから?暑いから?


それとも私は──



「翔君の事が、…気になるから」


私の言葉に翔は、凄く驚いた表情をして固まってしまった。


私だって、おかしいのは分かってる。


頭では分かってるけど、何故か堪らなく君の事が知りたくて仕方がなくて。


話す度に、また明日も彼に会いたいって、不思議と思ってしまう自分が居て。


「翔君の事が…もっと知りたい」


亡くなってからもずっと死を繰り返している彼に、もっともっと。と自分の欲が出てしまう。


翔は驚いた様子のままいつもの様に手すりに手を掛け、柵を乗り越えた。


「僕はもう死んでるんだよ」


振り返らないまま、彼は私に言う。


「…もう此処には来ないでくれ」


そう言って彼は、今日もまた歩道橋から飛び降りてしまった。

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