おまけ

聖女様もラルフも出てきませんが。

男爵の、奥様のお話です。



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服のボタンが吹っ飛びそうな、ぱっつんぱっつんの樽のような腹。

ふさふさだった髪は薄くなり、地肌が見え始めた頭皮。

その頭皮は油でもかぶったかのように、てっかてかに光っている。


……詐欺だと思う。

……いくら何でも、これはないと思う。


リザベルは盛大にため息を吐いた。


……結婚した当時、いいえ、あの女から奪ったときは、学園一の美貌を誇っていたというのに……。


今の男爵を見て、誰が過去の美貌を思い浮かべられるだろうか。

いや、思い浮かべられる者などいないだろう。


多くの令嬢に囲まれた、学園一のモテ男。それが、この樽腹になった男爵の約二十年前の姿だった。


婚約者はもちろんいたが、そんな存在など無視をして、多くの令嬢があの手この手で手に入れようとした男。


取り巻きのご令嬢たちも、婚約者も蹴散らして、リザベルが、あの手この手でなんとか捕まえた白皙の美青年。


その美青年は、二十年が経過したのちに、禿げかかったデブ男となり果てた。

てっかてかの、ぱっつんぱっつんのその男爵の姿を見るたびに、リザベルは思う。


……詐欺だわ。

……こんな男を手に入れるために、あたしは死力を尽くしたんじゃないのに……っ!


そう、当時、物語の『虐げられたヒロイン』のように、男に縋った。

男爵の元婚約者を『悪役令嬢』に仕立て上げて。

『真実の愛』なの、どうか許して……。

ぽろぽろと涙まで流して。

手に入れて、婚約をして、結婚をして、子までなして。

最高に幸せだった。

そのはずだった。


なのに。


モテ男だった夫は、リザベルが妊娠と出産をしている間に何人もの女性と浮気をした。恋愛遊戯だけではない。賭け事に興じ、娼館へ行き、女を買い、借金を重ね、飽食の限りを尽くし……。


気が付けば、体脂肪は増え、体は縦には伸びなかったが横には成長した。

どこかで他の人間と入れ替わったのではないかと思われるような変容っぷり。

白皙の美青年も、たるたるどころかダルダルのてっかてか。


……こ、こんな、醜悪な油ギッシュ妖怪に、誰が成り果てると思うのよっ!


だがしかし、リザベルはこの男爵と離縁をすることができない。


愛ゆえに、ではない。

愛などとっくになくなっている。


……離縁したら、元婚約者のあの女に莫大な慰謝料を払わなくてはならないのよっ!


そう、油ギッシュ男爵が、白皙の美青年だったころ。当時の婚約者である令嬢はリザベルに言ったのだ。


「わかりましたわ。わたくしは身を引きましょう。もちろんそちらの有責ですので、慰謝料をと言いたいところですが、一つ、条件を呑んでいただけましたら、そちらは不要です」

元婚約者令嬢の条件とは「リザベルが一生男爵と添い遂げること。何があっても離縁は認めない」だった。


その程度の条件で、慰謝料を支払わなくてもいいのならと、当時のリザベルは喜んでその条件を承諾した。


「仮に将来離縁となれば、相場の十倍の慰謝料をお支払いただきます」

「あたしと彼は『真実の愛』で結ばれているもの。離縁なんてありえない。物語の結末のように『二人はいつまでもしあわせにくらしました』となるわよ」


そう言い切った過去の自分を、リザベルは殴りつけてやりたい。

いや、殴るのなら自分ではなく、油妖怪と化した夫かっ!

あまりの変容。あまりの散財。

既に借金は山となり、借りる当てがない。それどころか、リザベルのドレスや宝石を売って、なんとか金を作るが、その金を持って、男爵は娼館に女を買いに行くありさまだ。


別れたい。

相場の十倍の慰謝料を支払ってでも別れたい。

が、別れるための金もない。


男爵の愛人たちは、金の切れ目は縁の切れ目で去ることは可能だが、リザベルは金が無いから離縁ができない。


リザベルにできることは、男爵を呪うことだけだ。


もげろ。

禿げろ。

地獄に落ちろ。


呪うたびに、男爵の元婚約者の女の高笑いの幻聴が聞こえてきそうだ。


「おーほほほ、ざまぁっ!」と。









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【短編】聖女様は、札束で。 藍銅 紅(らんどう こう) @ranndoukou

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