【短編】聖女様は、札束で。
藍銅 紅(らんどう こう)
【短編】聖女様は、札束で。
大きなステンドグラスや薔薇窓、アーチを組み合わせた天井。
厳粛な雰囲気を醸し出しているここは『聖女の礼拝堂』である。
その礼拝堂の最奥に設置された祭壇の前に居るのは、すらりとした肢体を持つ若い女性。
『聖女』ユディートだった。
ただし、着ている服は修道服でも白いローブでもなく、豪奢且つ真っ赤なドレス。
更に、その右手には札束が握られている。
ユディートの前に、緊張しているのか強張った顔の騎士がひとり、進み出た。
騎士をじっと見てから、ユディートは声を張り上げた。
「おーほほほほほほっ! 騎士ファルマンね! さあ、跪きなさいっ!」
ファルマンと呼ばれた騎士は、言われたとおりにユディートの前に跪き、目をぎゅっと瞑った。
ユディートは札束を持ったまま、その右腕を大きく振り上げる。そしてファルマンの頬を「スパーン」と音を立てて、思い切り叩いた。
叩かれた頬を押さえながら、騎士はよろよろと立ち上がり、そうして礼拝堂から出て行く前に一礼した。
「あ……ありが、とう、ございま……す……『札束聖女』様……」
パタンと、扉が閉まる音が、礼拝堂に響く。
「おいコラ待て、誰が『札束聖女』だっ! わたしはごく普通の『聖女』だっつーのっ! ちゃんと教会からも認定されてるっつーのにいいいっ!」
地団太を踏みながら叫ぶユディート。
閉められた扉の横に控えていた、ユディート付きの助祭であるラルフが短い黒髪を掻きながら、へらりと笑った。
「仕方がないっすよユディート様。台詞も、札束も、その恰好も、どこからどう見ても『聖女』じゃないですもん。ま、普通に見て成金令嬢。もしくは舞台なんかで流行している『悪役令嬢』役ってとこじゃないすか? でもこの間、言い間違われた『呪い祓いの悪魔』より、今日の『札束聖女』ならまだマシなんでは? 少なくとも『聖女』って言葉が入っていますし」
「誰が『悪魔』だっ! 誰が『成金』だっ! 誰が『悪役令嬢』だあああああああっ!」
「そりゃ当然『呪い祓いの聖女』でいらっしゃいますユディート様のコトでーっす」
そう、教会から正式に認定された、ユディートの聖女名は『呪い祓いの聖女』なのである。
だが、その名で呼ぶものはほとんどいない。
まあ、それも仕方のないことだとラルフは思っている。
まるで咲き誇る薔薇のようなドレープに、宝石で彩られた豪奢で赤い色のドレス。
螺旋状にぐるんぐるんと巻かれている長い金色の髪。
キツイ目線に派手な化粧。
そして、手にしている分厚い札束。
こんなユディートを『聖女』だと思う者はいるだろうか?
いや、居ない。
いるわけはない。
手にした札束から『成金』と、そして真っ赤なドレスとキツイ目線から『悪役令嬢』と呼ばれることもあるほどだ。
「毎日毎日、朝から晩まで神に祈り、そして、『呪い』を受けた者たちの、その『呪い』を祓ってやっているってのにっ! その『呪い祓い』を行うために、何故だか派手なドレスや札束が必要なだけなのにいいいいいっ!」
ユディートの叫びと「ダンダンダンダンっ!」という地団太が、荘厳な礼拝堂の中に響きわたり続ける。
「札束を持って、何らかの『呪い』を受けた者の頬を叩く『聖女』なんて、ユディート様だけっすよ! よっ! 『悪役成金聖女』サマっ! 派手なドレスと札束がお似合いでっす‼」
「うっさいラルフっ! わたしだって修道服とか白い服とか、可憐で清楚ないかにも聖女っぽい格好がしたかったわっ!」
しかしそれではユディートの『聖力』は発揮されないのだ。
(どういうことよ神様。ふざけてんの⁉)
朝に夕に、神に祈る時にユディートは常に思う。
(ホント、何考えてんだ神様……と、文句の一つや二つや三つは言いたいところだけど、わたしに『聖力』を授けてくださったことには感謝しているのよね)
生まれたばかりの赤子の頃、ユディートは教会の前に捨てられた。
そのまま孤児院に預けられ、十六歳になって成人した後は、捨てられた教会で下働きをした。掃除、洗濯、食事の準備。神に祈りを捧げに来る信者たちの案内……。
そんな毎日を繰り返していたユディートに転機が訪れたのは十七歳の時。
とある高貴なご令嬢が、暴漢に襲われて、侍女と一緒にユディートの居る教会へと逃げてきたのだ。
そして、ご令嬢の身代わりになるために、ユディートはそのご令嬢の派手なドレスを着させられた。
だが、ご令嬢が逃げる前に、暴漢がやってきてしまい、仕方がなくユディートはご令嬢を背に庇いながら、侍女と共に教会の中を逃げ惑った。
逃げ場がなくなり「もう駄目」とご令嬢と侍女は目を覆ったが、ユディートは諦めなかった。
まずは侍女が手にしていた鞄を掴み取り、それを暴漢に投げつけた。
鞄の留め金が壊れ、中から出て来た宝石や札束が床に飛び散った。
ユディートはその札束や宝石も手に掴み、それを暴漢たちに次々と投げつけたのだ。
だがそんなもので、暴漢たちが怯むわけはない。
「ご令嬢、逃げてっ!」
投げるものがなくなったユディートは、暴漢に向かい、体当たりをした。
すると……ユディートの体が恐ろしいほどに光り輝き、暴漢たちの目を焼いたのだ。
その後の話は冗長になるので割愛させていただく。
が、結果として、派手なドレスに札束という小道具があれば、ユディートはかなり強力な『神聖力』を発揮できるようになってしまったのだ。
結界は張れる。
怪我も治せる。
浄化だって簡単だ。
特に顕著だったのが『呪い』を解く力だった。
ただし……派手なドレスを着て、手に札束を持ち、更に「さあ、跪きなさいっ!」と叫びながら、相手の頬を叩かなくてはならないのだが。
(なんなのよ、このわたしの『神聖力』は。ねえ、神様。アンタ、絶対にふざけているでしょう⁉)
祭壇に向かい、問いかけてはみるが、答えはない。
そんなこんなで、ユディートは正式に『聖女』として認定されたのだった。
近隣諸国を見回しても『呪い』を解けるようなものは、ユディートの他にはいない。派手なドレスと札束との相乗効果で、面白半分にユディートの名は伝わっていった。そう、近隣諸国にまで。
「まあいいじゃないっすか。名より実を取りましょうや。ユディート様がその『聖女』の力を振るえば振るうほど、この教会にお金が入るってもんです。おかげで食事も具の無い薄いスープから肉入りになりました。ありがたや聖女様。ありがたや神聖力」
白い助祭服を着て、その首からU字形に折り返したストラと呼ばれる紫色の長い帯を左肩から右腰にかけて斜め掛けにしているラルフが、手を組み合わせて祭壇に向かい祈るように頭を垂れた。
そこにステンドクラスを通して礼拝堂内に差し込んできた日の光が、色鮮やかに降り注ぐ。
そのラルフの姿だけ見れば、教会の単なる下っ端である助祭ではなく、神の言葉を伝える高位の聖職者のようだった。
実に神々しく且つ清らかな様子。
ただし、台詞と態度はまったく一致していない。
怒りも忘れてユディートは呆れてしまった。
「ラルフ、アンタねぇ……。ホント外見詐欺だわよね。この似非キヨラカ系イケメンめ」
ラフルはニカッと笑って答えた。
「あざーっす!」
返答の軽さにユディートは頭を抱えたくなった。
まあ、ユディートだって腹を空かせるよりは、お腹がいっぱいの方が良いのだが。
「ということで、今日の糧のためにがんばりましょ~。それじゃ、次のお客さんをご案内しまーっす。 さっきの騎士様のように、国境を守っている時に魔物に呪われた正義のヒーローではなく、非常に油ギッシュなおっさんです。てっかてかです。地位は男爵だそうですよ。ちなみに愛人を囲うだけでは満足できず、王都にあるいくつもの娼館の、常連でもあるそうです」
「油……ぎっしゅ? って、なにそれ?」
ユディートの問いかけに、ラルフは厳かに答えた。
「見ればわかります」
ユディートは言葉の意味が分からず、考えてしまった。
ラルフが軽い足取りで礼拝堂の扉の前まで歩き、そしてその扉を開く。
「次の方、どうぞ~」
入ってきたのは着ている服だけは高級感のある、中年男。
だが、でっぷりとした腹によって、服のボタンははち切れる寸前だった。
そして薄くなり、地肌が見え始めた頭部や額、鼻の頭は、確かに皮脂でテカテカに光っていた。
(な、なるほど。油ギッシュね……)
言い得て妙だとユディートが感心している間に、中年男はでっぷりとしたお腹を揺らしながら、ユディートの前までやってきた。そうして遠慮なく、じろじろと、ユディートのことを嘗め回すようにして見る。
「何だこの女は。酒場の浮かれ女か? 儂は『呪いを祓う魔女』に用があるのだぞっ!」
濁声を発する中年男に、ラルフはにこやかに対応する。
「はい、男爵様。こちらの赤いドレスの方が『呪いを祓う聖女』ユディート様でお間違えないですよ」
「本当に、儂にかけられた呪いが、こんな女に祓えるのか?」
「ええ。効果は抜群です。男爵様と入れ違いに、騎士様がいらっしゃいましたよね。彼も、今、まさにこの『呪いを祓う聖女』によって呪いが解かれたのです」
「ふん、ならばさっさと儂の呪いを解いてみるがいいっ!」
ふんぞり返る中年男爵に、ユディートは後ずさった。
ただし、中年男爵の服のボタンが飛び散るのを恐れたのではない。
「何なのよ……この《もげろ、ハゲろ、くたばれ……》は……」
ユディートの頬が、ひくひくと引き攣った。
男爵の体の周りに取り巻く暗雲のような強力な呪詛。
それは幽鬼のようにゆらゆらと、汚泥のようにべっとりと、男爵に憑りつきながら、《もげろ、ハゲろ、くたばれ……》を延々と繰り返している。
「き、貴様には……この呪詛が聞こえるのかっ⁉ 妻の声で響きわたるこのおぞましい呪詛がっ! 儂以外には、息子達にも執事にも……誰にも聞こえなかったというのに……っ!」
男爵は驚きに目を瞠った。
同時にラルフが敬虔な助祭の仮面を脱ぎ捨てて、素で爆笑した。
「アッハッハッハ。モゲろですかっ! そりゃあ、男爵様の奥様にとってはねえ、いっそモゲてほしいですよねえ、そこ」
ラルフが、そこと、中年男爵の股間を指さした。
そんな場所を凝視したくもないユディートは、さりげなく、中年男爵の股間から視線を逸らす。
(あー……奥様の気持ちも分かるわよねえ。確かにそんなものモゲればいい)
だけど 『呪い』を祓わないと教会にお金は入らない。
ううう、こんな女の敵の『呪い』を解くのは業腹だが、仕方がない。これも仕事だ……と、ユディートは札束を構える。
「それでは男爵様。まずはあなた様にかけらえた暗雲のような『呪い』は見えておりますね? 呪詛の声も聞こえていますか?」
「ああ。妻の声で《もげろ、ハゲろ、くたばれ……》と聞こえとるわっ! 実に忌々しいっ!」
「……聞こえるのは《もげろ、ハゲろ、くたばれ……》の三つだけですか?」
「そうだ。いいからさっさと呪いを解け」
「いいえ、どの呪いを解くかによって、料金が異なりますので」
「は? 料金だと?」
「はい。《もげろ》の呪いだけを解くのなら、銀貨一枚。《もげろ、ハゲろ》の二つであれば銀貨二枚。《もげろ、ハゲろ、くたばれ》の三つとも解くのであれば、銀貨三枚。前払いでお願いします」
男爵はユディートを睨みながらも、銀貨を三枚、投げて寄越した。
床に落ちたそれをラルフが丁寧に確認する。偽物とか混じり物とかではなくて、きちんとした銀貨であると、ラルフがユディートに頷いた。
「それでは男爵サマにかけられた《もげろ、ハゲろ、くたばれ》の、三つの呪いを解かさせていただきます」
ユディートは手にした札束を、思い切り振りかぶり、「おーほほほ」と高笑いをする。
そうして、「平伏しなさいっ!」と叫びながら、男爵の頬をその札束で思いっきり張り倒す。
すっぱーん、すっぱーん、すっぱーん……と、三回。
ついでにおまけでもう一回すっぱーんっ!
切れ味鋭い音が懺悔室に響く。同時に男爵を覆っていた黒い暗雲が霧散する。
《もげろ、ハゲろ、くたばれ》の三つの『呪い』は解かれた。
「お、おおおおお……っ! 体が軽いっつ! 暗雲ももう見えないっ! ははははははリザベルめっ! あいつとは離縁だっ! これで俺は自由に愛人の元へ行ける」
浮かれながら男爵は懺悔室から出て行った。男爵の両頬は腫れている。だが、気分はすっきり爽快なのだろう。
「うんうん、ヨカッタネ~」
ラルフが手にした銀貨でちゃりちゃりと音を立てながら、言った。
「ユディート様、あっさりと『呪い』を解いちゃいましたねえ。女の敵とか叫んでぶつくさ言うと思っていたのに」
「だって、あれ。『呪い』は……三つだけじゃなかったし」
「あー、そうですねぇ」
他を圧倒する強大な《もげろ、ハゲろ、くたばれ》の三つの呪いは解いた。
だけど、男爵の背中……というか、背後には、小さい呪いがまだまだ無数にあったのだ。
「あれ、そのうち大きく育つでしょうねえ……」
ぐふふとラルフが笑う。
ホントにやめなさいよその笑い方。ホント残念な美青年ね……と、ユディートは言いたくなったが、やめた。
「まだ呪いとしては小さいですが、《水虫になれ》《小さくなれ》《こけろ》……ぐっふっふ。どのくらいで育つかな~」
楽しそうなラルフにユディートは「明日には立派に育つわよ。ついでに成長促進も願っておいたから。無料奉仕って聖女っぽいわね!」と告げた。
《水虫になれ》《小さくなれ》《こけろ》……その他もろもろ。
男爵様の奥方様とは違う、別の声が幾重にも重なっている。男爵様は色々な人から呪われているらしい。
「ひゃっはっはー。ひでえ! ナイス! それで聖女様、おまけに一回殴ったんだ」
「ひどいの? それともナイスなの? それからそのアホみたいな笑い方、やめなさいっていつも言ってるでしょ」
せっかくの美形が台無しだ。この嗤い方さえなければ……と、ユディートは常々思う。だけど。
(恥ずかしながら、わたしの初恋はこのラルフなのよね……。ああ、わたしも趣味が悪い……)
教会で育ったユディートが十歳の時に拾ってきたラルフ。
(最初は汚れまくっていたけど、綺麗に洗ったら、出て来たのはホント地上に舞い降りた天使様のような可愛らしい少年だった。思わず両手を合わせて拝んでしまったのよね~)
「天使様、天使様」
そんなふうにユディートが呼びかけていたら「天使ではないです」と言われ、「じゃあ名前は?」と聞いたら「……わかりません」と言われてしまった。
だから、その天使様と見まごうばかりの美少年にユディートが「ラルフ」と名前を付けた。
美少年は順当に美青年に育って今に至る。きっと年老いたら美老人になるだろう。……阿呆みたいな笑い方さえしなければ。
(そんな老人になるまでずっと、ラルフはわたしのそばにいてくれるのだろうか?)
ふとそんなことを思い、ユディートは溜息を吐く。
(ま、無理だよね。 こんな美形の従者、どっかの成金令嬢に持って行かれそうだもの。それ、わたし、見たくないなあ……。なーんて現在進行形で恋をしているんだから、わたしも終わってる)
ユディートは「はあ……」と、もう一つ溜息を吐いた。
「あー、ホントこんな毎日辞めたいわ……」
ラルフがどこかの誰かに見初められて、どこか遠くに連れ去られる前に。
自分から離れた方が、傷は浅くないかな……などと思っていたユディート。
ついうっかり、思いが声に出ていたらしい。
「あれ? 辞めたいんですか? ユディート様のことだから、楽しんで札束で頬を叩いていると思っていたのに」
驚いたように、ラルフが聞いてきた。
「……ラルフ、アンタね、わたしをなんだと思っているのよ。そんなの楽しむはずないじゃない。苦痛よ。わたしはもっと別の生き方がしたいのよ……」
「へー? どんな、ですか?」
「……笑われるから、言わない」
「笑いませんよ」
絶対に笑われると、ユディートはそっぽを向いた。
が、ラルフはしつこかった。
仕方なく、ユディートは言った。
「……可愛くて、清楚な、お嫁さん……」
美青年のラルフに似合うような、可愛くて清楚になりたかった。悪役令嬢っぽい派手顔じゃなくて。
(もしもわたしのこの外見が聖女っぽかったら。
ラルフのお嫁さんって、言えたかもしれないのに。
だけど、天使様の横に悪役成金令嬢顔の女なんて似合わないわよね)
三度目のため息をつきかけたユディートに、ラルフは言った。
「可愛くて、清楚になるのは無理ですよ。だって、ユディート様、どこからどう見てもド派手顔」
「知っとるわっ!」
ムカッとして反論するユディート。
「だけど、最後のお嫁さんにはなれますよ。お婿さんにはこの俺なんてどうです? お似合いのカップルでしょ」
「ほへ?」
さらっと言われた言葉の意味が、ユディートには理解不能だった。
「クソ汚くて、ぼろくずみたいだった俺を拾ってくれて、綺麗にしてくれて、しかも『天使様』なんて呼んでくれたユディート様を、俺はずっと好きだったんですよ。愛しているから結婚してください」
(……えーと?
なんだこれ?
やっぱり神様がふざけているのか……?)
ユディートが、ぽかんとしたままどれくらいの時間が経ったのだろう。
呆けたままでいたら、ラルフがポリポリと頭を掻きながら、言った。
「俺の一世一代の告白の返事は?」
「ほへ?」
「へ・ん・じっ!」
「ほへ……」
(えと? 何をどう言えば?)
「あーっ! もうっ! 『はい』ってそれだけ言ってくれればいいんですよ『はい』ってっ!」
「ほへぇ……?」
「ここまで言ってもアンタ呆けてんのか……。やっぱり実力行使するしかねえか……」
実力行使とは何ぞや? と呆けているうちに、着ていたドレスを剥かれてしまった。放り投げられて、床に広がる赤のドレス。
「ほへぇぇぇぇええっ⁉」
「ユディート様、アンタ、『ほへぇ』しか言えなくなったんですか?」
くっくっく、と悪役顔で嗤いながら、ラルフはユディートを床に押し倒した。
天使の顔はどこ行った? などとユディートが呆けているうちに、ラルフはユディートの唇をふさいでしまう。
ふんわりと、柔らかな感触に、
「ほ、ほげえええええええええっ!?」
と、ユディートは叫びをあげた。
あまりの色気のなさに、ラルフが悪人顔で「くっくっく」と笑う。
「色気も欠片もないですね、ユディート様。しかも今度は『ほげえ』って何ですか?」
笑いつつ、それでもラルフは止まらない。
唇を、ユディートの首筋に這わせて、さらに右の手で、柔らかなはずの胸に、そっと手を添えた。
「ほんげええええええっ!」
「じゃ、いただきまーっす」
ユディートが叫んでいる間に、ラルフはユディートの頭のてっぺんから足の先までを、堪能した……。
「こ、ここ……懺悔室、なのに……」
神様に罪を告白する場所で、この狼藉。
「とか言いつつも、ユディート様、抵抗しなかったどころかオレの背中に手まで回していたんだから、合意ですよねー」
「ご、合意、して、いない。わたし、叫んでいただけ……」
ううう、腰が痛い……と、ユディートは突っ伏したまま。
「こうでもしないとアンタ、俺の気持ちに一生気が付かないでしょう? 懺悔はしても良いけれど、後悔はしないし、させませんから」
「う……っ!」
「というわけで、懺悔室を出て、聖堂に向かいましょう。大丈夫、ユディート様のだーい好きな、清楚で白いドレスを用意してありますからねっ!」
「清楚で白いドレスって……それ、ウエディングドレスって言わない?」
「言いますねっ! さ、神父様の了承も取っています。アンタの『悪役聖女』生活ももう終わりです。これからは俺のお嫁さんとして、大事にしてあげますからねっ! さっきの客みたいに愛人なんて作りませんよ。俺はユディート様に一途ですから」
いつの間にそんな許可を取ったのか、とか。
順番が逆じゃないか、とか。
ちゃんと求婚してから押し倒せ、とか。
言いたいことはいろいろと飲み込んで。
清楚で可憐な乙女らしく。
ユディートはラルフに
「はい」
とだけ、呟いた。
終わり
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます