甘さでぼかして
赤羽千秋
第1話
寮生活は、僕に考えることをやめさせてくれない。この生活が始まってから、僕は意外と性格が悪いことに気付いた。それと、何が正しいのかが、分からなくなってしまった。
僕は各階に二十人が住む、学校内でも大所帯の寮に所属している。人数が多い分、それだけ価値観が違う人が居る。
隣の部屋に住む、同クラスの藤岡とは性質の相性がいいのか、食堂や風呂に行くときは大体一緒で、それなりに仲が良い。
今日は、日用品の買い出しのため少し遠い町まで、電車で訪れていた。
薬局や雑貨屋を回り、一通り買い物を終えると、僕たちは当然のようにケーキが美味しいと評判の良い、喫茶店に入った。
「期末テストが終わったから、満喫しないとね」
自慢するつもりもないけれど、僕たちの通う学校は県でもかなり偏差値が高いほうで、留年する人が出る位には、勉強が難しい。当然テスト前の二週間は勉強詰めであった。
「うん。近所のあのお店、新作出したらしい」
「今度行こうね」
ケーキが好きなのは、僕の趣味だ。だが藤岡も甘いものは嫌いではないようで、よく付き合ってくれる。嬉しいものだ。
「ご注文はお決まりですか」
水とおしぼりが運ばれてきた。水のポットには切られたレモンが浮いていた。
「自分はメロンプリンと、オレンジジュースを、お願いします」
「僕はこの、ケーキプレートCとオレンジジュースで」
店員は複唱して確認した後、キッチンのほうへ戻った。
「ちょっと、相談いい?」
話を切り出したのは、僕だ。何か嫌なことがあれば中学生の頃は、母親に相談していたが、寮に入ってからはあまり連絡を取る暇がなく、相談できていなかった。友人に相談を投げかけたことが無かったので、少し緊張した。
「もちろん。俺にも一緒に考えさせてよ」
柔らかく微笑んだ。回答を示すスタンスでは無いところに、好感が持てる。
「ありがとう。少し愚痴みたいになるかもしれないけれど…」
その愚痴は、同階で同クラスの佐々木が溢していたもので、入学してから数週間の頃に聞いて、夏休みが近づいた今も未だ個人的に引き摺っている。案外、面倒くさい性格なのかもしれない、僕は。
「小テストでカンニングしてる人が居るらしいんだ。それで、自分は真面目に勉強してるからそれで自分たちと同じ、高得点を取るとか、許せないよねって」
「糸井はどう思ったのさ」
話の聞き方が上手い奴だと感じた。僕にその返しは出来ない。
「僕は………カンニングの善悪は監督者の先生が決めることだし、同意を求められても困るというか、……って思った」
「……難しいね。君のは道理な意見だと思う。だけど、佐々木くんが言うことも分からなくは無いな」
「そう、佐々木の主張も理解できなくはない、……けど」
言いかけたところで、頼んでいたものが運ばれてきた。ケーキプレートCは、店長の気まぐれでケーキの種類が変わるらしく、メニューはお皿が黒塗りされ、『UNKNOWN』と描かれている程だった。
届いたのは、五〇×五〇×七〇位のサイズの、桃のタルト、ラズベリーと苺のショートケーキが乗っていた。値段が五百円の割に豪華で驚いた。
藤岡の、メロンプリンも中々美味しそうだ。マスクメロンが瑞々しく、マスカットも乗っていて、爽やかな印象を与えていた。
「まずは、食べようか」
「そうだね」
フォークを差し込んで、弾力のあるスポンジを切って皿へ進む。苺の層とラズベリーの層が重なっている。苺の酸っぱさとラズベリーの甘酸っぱさが喧嘩することなく、クリームと馴染んで程よい甘みを作り出している。これは絶品と言われるわけだ。
「ふふ、おいしそう」
顔に出ていたのか、藤岡にそう言われると少し照れ臭かった。オレンジジュースは小さく切られたオレンジの身が入っている、珍しいものである。水分で少しふやけた身の食感が面白くて、美味しい。
「…ところで、佐々木くんに同意を求められたんだよね? 返事はどうしたの?」
「そうなんだ、としか」
「そう言うしかないね。……うーん、難しいなぁ……」
ケーキを頬張った。知らないうちに、最後の一口を食べてしまったようだ。
「じ、自分が振ったのに、本当に申し訳ないんだけど……」
藤岡が首を傾げた。
「なんか、これ食べてたらどうでも良くなっちゃった」
「…ふっ、あははは!」
おそらく、またあとで思い出して、どうしようかと僕は悩むだろう。だけれど、僕には結局解決できないことだし、過去は変えることができない。
端から、相談して解決しようという気はなかったし、他人に吐き出したかったという僕の些細な悪意みたいなものなのだ。藤原には悪いことをした気がする。
「うん、どうでもいいのがいいよ。俺はそう思う」
「そっ、か。…そうだね」
「俺は、建設的な意見を言えなかったけれど、答えは無理に決める必要は無いって気がしたよ。……あと、言ってくれて嬉しかった。俺が頼られてるみたいで」
「僕、気が楽になった。今日は、ありがとう」
藤岡との距離がまた、少し縮めることができただろうか。藤岡が、安心して付き合える友人に、僕はなっていけるのだろうか。
オレンジジュースを飲み干した。皿には、ケーキを倒して付着してしまったクリームだけが残っている。暗めの照明でも、その影が見えた。
店を後にして、電車に乗り学校へ戻った。部屋で日記を開いて今日のことを記していく。今度は、藤岡が食べていたプリンにしよう、なんて思いながら。
結局何が正しいのかは、判らず仕舞いだった。しかし、考えて悩むのは、割と嫌いじゃないとに、気が付いた。
甘さでぼかして 赤羽千秋 @yu396
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