第3話 顔に変な物でも

 目を開けると、見慣れた天井が視界に入って来た。無理矢理修復されているが、どこか歪で不安になる。軋んだ木の板で作られている、薄汚いこれは。間違いなく、俺の家である。

 頭がくらくらしたので、手で押さえながら起き上がる。ベッドではなく、床の上で寝てしまったらしい。さっきまで夜中だったのに、窓から光が差し込んでいる。


「えぇーっと……さっきまで、何をしていたんだっけ……あ、そうだ。公園で拾った箱を開けたんだった。そこから、光に包まれて……うーん、妙に思い出せない」


『千道』


 一人で悩んでいると、手元に転がっている望遠鏡から声がした。両手で拾い、勇者さんと目を合わせる――実際には見えていないが、そのつもりで――。寝起きの割には冴えているのか、隙間に入っている埃に気づけた。


「おはようございます、で……合ってますかね? 俺、何が起きたのか覚えていないんです」


『色々話しますが、まずは鏡を見て来やがれください』


「鏡? もしかして、顔に変な物でもついていますか?」


『見れば分かります。さぁ、依頼が来る前に早く』


 催促されたので、洗面所まで歩いて行く。一度割れてしまったので、新しく全身鏡を買った。布巾で汚れを拭き取ってから、改めて自分自身を見つめ――発狂した。


「ぎゃああああああああっっっっ!! !!」


 洗面所から飛び出し、ドタドタと廊下の壁に身体をぶつけながら部屋に戻る。慌ててテレスコメモリーを拾い、頭を殴る。勇者さんに『落ち着きやがれください』と言われたが、さすがに動転せざるを得ない。

 叩いた場所から痛みが走るので、夢ではないとは理解した。しかしやはり、今の俺の恰好は、自分で信じられる訳が無い。


 灰色の服装なのだが、ソフィスタの制服ではなかった。ネクタイではなく黒いリボンで、中心には青い石がはめ込んである。丈が長いジャケットの上襟と下襟は黒く、その上には刺繡で白い星や横線が縫い付けてある。ボタンは右側に寄っており、両腰からは薄くて黒い布がひらひらと伸びている。

 ズボンは無地の灰色で、引きずらない長さで丁度良い。少しだけ踵が上がっていて、黒い靴まで履いていた。足の甲の部分には、白い模様が付けられている。


 ここまで説明したが、俺にとって服装はどうでも良かった。小綺麗な服を着ている、としか思えなかった。それくらい、衝撃的なことが起こっていたのだ。自分の右目に、震える手を持って来る。触り心地は、左と全く一緒だった。硬い眼帯はどこにも無く、代わりに……


「右目がある!! !! !!」


 妙に景色が広がって見えるのは、正しく両目が機能しているからだ。どんな原理でそうなったのかは不明だが、失ったはずの眼球がはめ込んである。さらに言えば、忌々しい呪いの色すらも消えていた。周りも、まっさらな肌色になっている。


「ええええええっ、これ、本物ですよね!? くり抜けない!!」


『ハサミを突っ込もうとしねぇでください。……恐らく、あの箱が原因ですよ』


「箱って、俺が開いた奴ですか?」


 勇者さんの話によると。光に包まれた俺は、中に入って行くかのように姿を消した。どうしようかと悩んだ矢先、割と早く俺が帰って来た。何度か呼びかけたが、全く目を開ける気配が無かった。けれど目立った傷は無く、息はしているので問題ないと判断した。


 原因の正方形に目を向けると、立体から平面へと変わっていた。俺が出てきたと同時に、解体されたようだ。表面には、文字が書かれているのに気が付いたので、勇者さんと読む。



 二度空回転の後――南の頂点から――手先の影の中に――夜にて降臨――長針一周――右足のつま先に毒草――鋭利込めて八両断



 俺からすれば、ちんぷんかんぷんだった。しばらく眺めていると、望遠鏡が揺れた。慌てて掴んで、落ち着かせる。勇者さんは、箱の正体がようやく分かったらしい。


『しまった……この箱は、禁止魔道具の一種だ。千道は今、呪いにかかっていやがるんです。その姿が、何よりの証拠。クソッ、何で気が付かなかった……!』


 この箱は、『ショーダウン』というらしい。違法の素材を使い、シニミを詰め込む。開けた者に何らかの呪いをかけ、文章の通りにシニミが解き放たれる。それだけではなく、開封者の命にも関わっているのが難点である。


『この文章の最後……「長針一周」って、時計の針ですよね? つまり、シニミが登場してから一時間後。君の右足に毒が仕込まれます。そして、身体を八等分されちまう、と書いていやがる』


 もう一度読んでみたら、確かにそうとしか思えなかった。パンドラの箱を開いた俺は、悪夢によって殺されかけ始めている。とはいえ、開こうと言ったのは自分なので、自業自得とも言える。


「公園なんかに置いていたら、何も知らない子供が被害に遭う可能性もあったでしょう。俺が開けて良かったです。その分、大変なことになってしまいましたが……」


『……別に、千道だけが責任を負う必要はねぇですよ。どうせ、ナイトメアのせいなんで。前はよく、英雄が開けては呪われてました。その都度、おれや団長たちが巻き込まれて……ふふっ』


 珍しく思い出し笑いをしている。勇者さんは、英雄さんの所作を大切に覚えているようだ。そして、開ける度に俺と同じことを言っていたらしい。誰かが被害に遭う前に、自分が被った方が良いと。


――――――――


 千道の姿

https://kakuyomu.jp/users/henavelro/news/16818093086729920484

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