第4話 ブチ殺してやる

 とはいえ、現状は窮地に追い込まれている。このままだと、ゼントム国のどこかにシニミが現れ、倒せなかったら俺は死ぬ。どうしようかと考えようとしていると、望遠鏡から声が聞こえた。


『千道。少しだけ、叫んでも?』


「どうぞ。俺しか聞こえてないので」


 そう言って、テレスコメモリーを机の上に置く。解体された箱を見ているのか、しばらくは黙っていた。しかし突然、凄まじい憤慨が溢れ出てきた。思わず両耳を塞いだが、それも貫通したくらいに。


『絶対に許さねぇぞナイトメアァァァァ! このクソボケ悪夢が!! 英雄を凌駕しようとしたが、封印されてザマァねぇなぁ!? おれがここから脱出したら、英雄の分の百億倍以上は苦しみ悶えさせてやる! 内臓引きずり出して、全身の骨を粉々にして、血と脂を根こそぎ取って、チンポコぶっ潰してブチ殺してやる!!』


 別に、俺に言っている訳ではない。全ての元凶にぶつけている。分かってはいるが、あまりの恐ろしさに身震いした。姿は見えないが、周りが震撼する力を持ち合わせている。彼が出てきた際には、本当に悪夢を一刀両断してしまいそうだ。


『すみません、千道。奴のことを思い出すと、どうもイラついてしまって』


「い、いえ……大丈夫ですよ、全然……」


『どうして涙目になっていやがるんですか。この呪いに打ち勝ったら、奴をギャフンと言わせられる。そう考えたら、気分が軽くなると思いますよ』


「は、はい……」


 呪いに震えるよりも、勇者さんの気迫に押し潰されそうだとは、口が裂けても言えなかった。両目が見える状態になると、周囲がよく見えて目が眩む。長年にわたり片目生活をしているので、慣れるのに時間がかかりそうだ。


 まずは、文章の解読からだ。後半部分は俺の命に関することだと理解したので、前半を読み解いていく。「二度空回転」というのは、単純に二日後のことだろう。昨日は、三月三十一日だった。つまり、四月二日の夜にシニミが「降臨」する。


『ここまでは簡単ですね。南の頂点というのは、ルージャ山ですかね?』


「俺もそう思います。早速行ってみましょう!」


 家から出て、DVCのワープポイントまで走る。正団員証明書のおかげで、歩かずにルージャ山の麓まで飛んでいけた。これは非常に便利だ。パペ住宅街の人たちと挨拶したら、両眼があることに驚かれた。「諸事情によりこうなった」と押し通して、登山を開始する。

 とはいえ、今の時間だと依頼も来る。倒木を撤去したり大岩を退けたりと、魔力を使って粉々にする。お礼の品は、降りた時に渡すと言われた。山の中では、シニミがいなくなった代わりに、爺さん婆さんと擦れ違う。シャルバナとチカラノコをお裾分けしてもらったので、今日の朝ご飯は丸焼きに決定した。


 四十分もすれば、頂上に着いた。前回は二週間以上もかかったから、記録に自分でも驚いている。相変わらず、美しいゼントム国の景色が広がっている。木の枝を集め、石を叩いて火を起こす。食材を串に刺して、芯まで焼けるのを待つ。

 朝の運動をしたので、すぐに平らげてしまった。俺の様子を見かねたのか、他の登山者が食材を分けてくれた。お礼を言って、一緒に食べると結構心が踊った。


「スエナリ! お前、もう有名人だぞ!」

「そうなんですか!?」

「ルージャ山を綺麗にしたって、新聞で読んだぞ!」


 満面の笑みを浮かべた男性から、記事を見せてもらう。そこには、確かに俺が映っていた。証明写真のような、真正面ではなかった。

 危険地帯を解除し、下山して住民に迎えられた時のことだった。見るからに傷だらけだが、中々良い笑顔をしていた。いつの間に撮られたのかは、誰も知らないだろう。


「それに、ゼントム国をせわしなく歩くソフィスタなんて、お前以外にいないからな! 何かあったら、よろしくなー!」


 男性は、これから仕事に行くらしい。スーツのまま山登りをするとは、度胸がある。この国は小さいからか、依頼の数も少ない。加えて、危険地帯も無くなったので、後回しにされる確率が高くなる一方だ。

 誰も気にかけてないと、また不幸が訪れた時に動けない。ならばせめて、俺だけでも見ていようと誓った。茶寓さんの交渉が上手く行っても、これだけは変わらない。


『さて、千道の腹も八分目くらいになったところで。文章の意味を考えましょうか』


「悪魔の手先……これって、何かの比喩ですかね?」


『ここから見える景色の中に、それらしき形をした部分……とかじゃねぇですか?』


 勇者さんの言う通り、崖から町中を見渡す。今日は晴れているので、見晴らしが良い。手と言われて思い浮かぶのは、鋭い形状だった。並んでいたら、尚更そう見えるだろう。

 ソフィスタ本拠地が、この国の中心に建てられている。そこから西側に目を向けると、手のような形が見えた。木がたくさん立っているので、森になっているようだ。他にも探してみたが、候補にはならなかった。


『あそこは……ソーリヒ森ですね。とくに何もねぇですよ。イノシシとかクマが、元気よく歩き回っているくらいです』


「そうなんですね。襲われないように用心しないと……」


 確定した訳ではないが、行ってみることにした。その前に、他の依頼を片付ける。下山したら、整備のお礼の品をもらった。鶏糞一袋だったので、家の玄関の前に置いといた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る